飴玉ボーダーライン | ナノ

 64

学校祭の片付けが全て終わり、部活のために体育館に向かっている途中だった。後ろから聞き慣れない声に名前を呼ばれて振り向くと、男子生徒が一人立っていて、急にごめんと謝った。



「悪いんだけど少し、時間もらえないかな?」

「はい…えっと、あの…」

「酷いな、俺のこと知らないなんて。同じバスケ部なのに。…って言っても、俺最近しばらく部活行ってなかったし、仕方ないか」


苦笑するその顔は、確かにどこか見覚えがあった。


「すみません、入部した頃は仕事を覚えるのに精一杯で、部員の皆さんのことすら覚えられなかったものですから…」

「別に責めてなんかないって。ただちょっと話したいことがあってさ」

「私に…ですか?」

「そ。ここじゃ何だから、こっち来てくれない?」


こっち、と示されたのはすぐそばの倉庫で。そんなに人に聞かれたくない話なのかと勘繰るのも失礼だと思って、快く了承した。




「それで、お話って何ですか?」


促されるまま先に中に入って、向き直して尋ねる。

倉庫の中は薄暗い。高い所にある窓と出入り口から入る光がなければきっと真っ暗なんだろう。できることなら、あまり長居はしたくない。


「水谷さんってさ、黄瀬のことが好きなの?」

「…え?」


あまりにも唐突で、一瞬息をするのも忘れるかと思った。

数時間前に涼太さんから伝えられた言葉は今でも完全には消化しきれていない。でも、改めて涼太さんについてしっかりと考えたくて、直接会っていたくて、これから部活に行くつもりだった。


「…どうしてそんなことを訊くんですか…?」

「…やっぱりか」


ポツリと呟いて、その人は出入り口の扉を閉めた。――鍵まで?
そしてじりじりと詰め寄られる距離に、思わず少し後ずさる。扉からの光が入らなくなってより一層薄暗くなった倉庫の中では、その人の表情すらよく伺えない。


「あの、どうして鍵を…」

「水谷さん、顔真っ赤。黄瀬のこと、好きなんだねぇ」


一歩一歩、近寄られる。


「でも黄瀬って本当にそんないい奴かな?アイツ人のこと見下してる感じあるし、かなり遊んでるって噂も多いよ?」

「…涼太さんはとても素晴らしい人です。だからたくさんの人が惹かれるんですよ。それに…噂は噂でしょう?」


私が知っている…私が大好きな涼太さんを悪く言われているようで、気持ちのいい話じゃない。少しむっとして言い返すけれど、伝わった感じはない。


「そーゆーの、ムカつくんだよ」

「っ!!」


衝撃と、背中に鈍い痛み。


「何を…っ!!」


押し倒されたと気付いて必死で逃れようとするも、手首を押さえ付けられて叶わない。


「俺さ、水谷さんが好きなんだよ。ずっと前から好きだった。水谷さんがバスケ部に入る前から、ずっと」


怖い


「でも黄瀬が水谷さんの事好きってわかって、しかも二人が仲いいのに気付いて、苦しかったんだ」


怖くて、内容が頭に入ってこない。


「元々俺は黄瀬が大嫌いだった。いつもスカした顔してて、才能無い奴は見下しててさ。そんな黄瀬と水谷さんがいい関係だなんて、信じたくなかったんだよ」


至近距離で吐き出される言葉に体が震えて、口を挟むことすらできなかった。


「今日も一緒だったんだよね?あの狼。お化け屋敷から出てくるとこを見たんだ。他の奴は気付いてなかったみたいだけど、あの背格好と声で黄瀬だってわかった。しっかり抱き寄せられてたけど、あの後ふたりでどこ行ったの?」

「……っ、」

「まぁいいや。でね、俺、信じたくないけど察したんだ。水谷さんは黄瀬に惹かれてるんだろうって。…実際に今それも確信に変わったわけだけど」


ぐっと近付いたその顔は、笑っている。でもこんな怖い笑顔、見たことがない。

もう一度逃げようとしてみるけれど、ギリギリと手首を絞められて、痛みで顔が歪む。馬乗りのようにされているせいで、足をばたつかせても無意味だ。


「でもね、水谷さんは騙されてるだけなんだよ。黄瀬は君が思ってるような奴じゃないんだ。水谷さんのこと、きっと自分の取り巻きの一人としか思ってない。知ってる?アイツ、束縛されるの大嫌いなんだって。邪魔なんだって。それなのに周りの女にいい顔して、調子に乗ってるにも程があるよ。そんな奴のことが好きだなんて、ありえないよね?」

「…っ、涼太さんは…っ、」

「そうやって君がアイツの名前呼ぶのも、聞きたくない」

「っ!!」


荒い息遣いにゾッとした瞬間、唇を塞がれた。ただ押さえつけるためだけのような口づけ。涼太さんの、包み込むようなものと全然違う。こんなのって…!





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