飴玉ボーダーライン | ナノ

 54

入道雲が、雨になる。

汗だくになってバスケに打ち込んでるうちに夏はどんどん過ぎ去って、俺は青峰っちに負けた。
試合のあとボロボロ泣く俺に麻衣子っちは何も言わなかったけど、無意味にただ名前を呼ぶ俺に、小さく「はい」と返事をくれた。重要なのは、呼ぶ声と答える声がちゃんと届くくらい近くにいてくれたことだと思う。


長かった夏休みも今日で終わる。またすぐにテストに追われるのかと考えると溜め息しか出ない。
そんな中で。


「ねぇ麻衣子っち、これ水道のとこに置きっぱなだったっスよー」

「え、ああすみません、ありがとうございます」


何の変鉄もないスコアブックを渡すと、パッと受け取ってすぐさまどこかへ行ってしまった。―――俺と目も合わせずに。

というかここ数日、明らかに麻衣子っちの様子がおかしい。
さっきみたいに話しかけても、すぐに俺の視界から出ていってしまう。まともに俺の顔すら見てないんじゃないかと思うほど。普通だったらこっちが恥ずかしくなるくらいまっすぐに見つめてきてたのに。

もしかして、と、嫌な予想が頭に浮かぶ。いやでもそんなはずはない。頭を振って自信を持て。だってそんなことになる理由が見つからないんだから。




「嫌われたんじゃないのか?」

「そ、そんなはっきり言わなくてもいいじゃないスか…!」

「それ以外に考えられないだろう。麻衣子ちゃんが理由なく人を避けるなんて考えられない」

「避けられてるなんて言ってな…」

「事実そういうことじゃないか」



森山先輩の言葉がずんとのし掛かる。
考えないようにしてたのに。考えたくなかったのに。

麻衣子っちに嫌われてる、とか。



「麻衣子ちゃんに酷いことしてないだろうな?」

「断じてしてないっスから!なんで俺がわざわざ嫌われるようなことしなきゃいけないんスか!」

「だったら本人に訊いてみるしかないだろう。まぁ俺としてはどうでもいいことだが」

「ちょ、ヒド!!」


けど実際、他の部員の前では麻衣子っちの様子は変わらないわけだから、先輩が言うこともごもっともだ。
今も体育館の入り口付近で笠松先輩と話してる麻衣子っちは普段通り。ちゃんと目を見て話してる。

俺だけが避けられてるみたいな、そんなのがずっと続く?
それだけは嫌だ。








「で、どうして麻衣子っちは俺のこと避けてるんスか?」


部活が終わったあと、誰もいなくなった体育館の隅で、麻衣子っちに訊いてみる。(話があるから残っててほしいという頼みを、多少不安ぎみではあるものの律儀に守ってくれてた。)

気弱になってたらいけないと気を引き締めてるつもりが、たぶん彼女にとって予想以上に恐ろしい印象を与えてるんだろうけど、この際今はそんなことに構ってられない。


「涼太さんを避けるなんてそんなこと…」

「じゃあなんで今も俺のこと見ないんスか?」


壁と俺の腕によって逃げ場を失った麻衣子っちは、それでも頑なに俺から顔を背け続けている。
薄暗くなりかけてしんとした体育館が怖いのか、俺が怖いのか、肩が小さく震えてる。たぶん後者なんだろうけど。
静まり返った広い体育館に、俺の声はよく響いてる。


「もし麻衣子っちが俺のこと嫌いで避けてるんなら、理由を教えてよ。俺何かした?心当たりが全くないんスけど」

「わ、私が涼太さんを嫌うだなんて、決してそんなことありません…!」


慌てて弁解するように、やっと顔を上げる。心底困ったようなこんな表情、今まで見たことない。


「けど実際、ここんとこずっと俺のこと避けてたっスよね?話しかけてもすぐどっか行っちゃうし。他の人には全然そんなじゃないのに」

「………っ、」

「ね、なんで?」


ぐいと顔を近づけてみれば、麻衣子っちは身を捩って俺から逃げようとする。壁にぴったりくっつくだけしかできないみたいだけど。
ここで逃がすわけにはいけない。がっちり壁についた手はそのままに。


「嫌いなら理由を話して。それで納得できたら、俺はもう二度と麻衣子っちに話しかけたりとかしないから」


納得できたら、ね。



「それは困ります!」

「困るって、」

「…涼太さんとお話できなくなるのは、とても嫌です」

「でも、それなら…」


もう何が何だかわからない。今の麻衣子っちが嘘を言ってるとは思えないし、でも避けられてたのも事実。




「私、聞いてしまったんです…」

「何を?」


意を決したように口を開く麻衣子っちに、息を飲む。内心凄くビビってる。


「……試合のあと、涼太さんたちが、ご…合コンに行ったって…」

「え」

「合コンがどんなものなのかは私には想像もできません。でも男女が恋人を募って楽しむ集まりだと聞きました」


…あったなぁそんなこと。
でもあれは不本意なものだったし、結局それがどうこうということは全くなかったはず。


「俺は先輩に無理矢理連れてかれただけなんスけど…、どうして麻衣子っちがそれを気にするんスか?」



純粋にわからない。なんでそれが理由で俺が避けられなきゃいけないのか。



「…別にそれが直接どうこうということはありませんけど、そのようなことよりももっと大事なことがあるのではないかなと思っただけです」

「それは…例えばバスケとか?」

「…ええ」

「けど、一緒に行った先輩たちは避けてなくないスか?むしろ積極的だったのあの人たちなのに」

「それは…」

「なんで俺にだけ?」


少し俯く麻衣子っちの顔は真っ赤で今にも泣き出しそうなほど。
でもここははっきりさせないと。ちゃんと、知りたい。


すぅ、と息を飲む音が聞こえた。


「涼太さんが沢山の方から人気なのは知っています。その理由もよくわかっていますし、だからこそ、涼太さんについてのいい話を聞くととても嬉しくなります。でも…」

「でも?」

「……自分でも、よくわからないんです…。部員の方からご、合コンの話を聞いて、涼太さんがそこにいたのだと考えると、どうしても普通でいられなくなってしまって…」


え?


「なんだかこう、この辺りがおかしいんです。不整脈なのかもしれません…」


この辺り、とは、紛れもない胸元あたり。


「そういうわけで、決して涼太さんのことが嫌いだなんて、そんなことないんです!涼太さんを煩わせてしまってすみませんでした。私が勝手に一人でおかしいだけなので、どうか気にしないでください!きっと不整脈もしばらくしたら治まります。では、これで失礼します。夏休み明けの試験もお互い頑張りましょうね!」

「あ、ちょっと…!」



ぺこりと頭を下げて、足早に行ってしまった。
壁についていた手はいつのまにか空中でだらしなく垂れている。パタパタ遠ざかる足音を聞きながら、脳内でたった今聞いた声を反復しようと試みる。

この辺りがおかしいんです。普通でいられなくなってしまって。

これってつまり……え?


最後に垣間見えたその顔は、確かに赤かった。





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