◎ 53
買い物を終えた俺たちは寄り道することなく麻衣子っちの家へと歩いた。しきりに重い荷物を持つ俺を気遣う彼女に大丈夫だと伝えながら、テツヤ君とも打ち解けられればと声をかける。…が、やはり口下手なのか会話が続かん…。
「今から作りますから、少し待っていてくださいね」
「はいっス!」
到着後袋の中身を全部出したところでの麻衣子っちの言葉に、俺は返事しテツヤ君は深く頷いた。
「じゃあ俺たちは向こうに行ってようか。何かしたいことあるなら付き合うっスよ」
「…絵本よむ」
大人しさに加えて読書好きとは、なかなかの文学青年ぶり。
並んで座って、一人黙々と絵本を読むテツヤ君を覗きこむと、ふいに顔を上げたテツヤ君と目が合った。
「どんな本読んでるんスか?」
す、と差し出された本は有名なキャラクターが活躍する年相応の物語。(ぶっちゃけパンが飛んで話してパンチするあれ。)
試しに俺から申し出て読んであげると、心なしかテツヤ君は嬉しそうだった。
「お兄ちゃんは麻衣子お姉ちゃんのこと好きなの?」
「…え、」
どうしたいきなり。
今全くそんな話じゃなかったよね?ふつうに、絵本読み終わったばっかだよね?
「そりゃあ好きっスけど…なんで今そんなこと…」
「お兄ちゃん僕にきいてきたし…麻衣子お姉ちゃんとお話しててすごく嬉しそうだから…」
俺そんなに顔に出てたりするわけ?こんな小さい子にバレるくらい?
手で顔を覆う俺をよそに、テツヤ君はたどたどしく続ける。
「僕も、麻衣子お姉ちゃんのこと好きだからわかる。麻衣子お姉ちゃんはやさしい、し、ほんとにお母さんみたいだから…」
あーなるほどお母さんみたい、ね。すごくわかるそれ。
――――ほんとの、ってどういうこと?
「……そう言えば、お母さんはどんな人なんスか?お父さんは?」
「…知らない」
「知らないってことはないっしょ、親子なんスから…」
「お仕事がいそがしいから、ほとんどお話しない。保育園のお迎えもいちばん最後だし、帰ってからはすぐごはん食べてお風呂はいって寝るだけだから…」
「寂しくないんスか、それ…」
「…………」
「寂しいなら寂しいって言えばいいんスよ。そしたらもう少し時間作ってくれるかもしれないし、」
「僕が寂しいって言ったら、」
「?」
「お父さんもお母さんも、こまる。お父さんとお母さんがこまるのは…いやだから」
「なんでそこまで…」
「ふたりとも、好きだから…」
消え入りそうな声で、でもきっぱりとそう言ったテツヤ君の表情は見えなかった。
こんな小さな子どもでもいろいろ気を使ったりしてるんだと思うと言葉が見つからなくて、代わりに頭を撫でてみた。
「涼太さんテツ君、ごはんができましたよ」
声にならって振り返ると、すでにいくつもの皿たちが並べられた食卓。
予告通りのハンバーグは見た目も匂いもすごくうまそうで、思わずゴクリとノドを鳴らせてしまった。
俺と麻衣子っちが向かい合わせに座り、麻衣子っちの隣にテツヤ君。
ほんとはテツヤ君と場所替わりたいとか、そんなこと微塵も思ってないし?むしろ二人を見て癒されてるし?
「ハンバーグはあまり作ったことはないんですけど、今日はお二人に食べて頂くということでとくにはりきってみました」
「マジでうまそうなんスけど!頂きます!」
「頂きます」
ぱくり
口に入れたそれは予想通り…いや予想以上にうまい。冗談抜きで。
「…麻衣子っちの料理、マジで最高っス…!」
「ありがとうございます、そう言ってもらえると作った甲斐があるというものです」
お礼とか、その笑顔だけで十分です。どっちかっていうと俺の方が言わないとだし。こんなうまいもの食わせてもらってるとか。
「テツ君はどうです?お口に合いました?」
口いっぱいに頬張っているため、無言で首を大きく縦に振るテツヤ君。気持ち分かる分かる。
「ほんと、こんなうまい料理毎日食えたら、それだけで死ぬほど幸せだと思うんスよね…」
「そんな、そこまで…」
いやもうマジで。
「私としては、毎日誰かの為にごはんを作れて、しかもそれをおいしいと言って頂けたら、これ以上ない幸せです」
誰か、かぁ。
麻衣子っちの料理を食わせてもらう度に思うけど、その幸せ者は一体誰になるんだろう。
「テツ君、そんなに頬張らなくてもごはんは逃げませんから、ゆっくり食べてください」
「あ、俺お茶注ぐっスよ。こっちのコップ使っていいんスか?」
「ええ、お願いします」
3つ並んだコップにお茶を注いで、ふたりにはいどうぞ。
なんだかこうしてると本当に……
「家族みたいですね、私たち」
「っ!」
―――心臓が持ちません。
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