飴玉ボーダーライン | ナノ

 42




ついこの間お邪魔した家に向かって走った。学校から遠すぎず近すぎずな場所にある彼女の家までずっと走るのはなかなかしんどかったけど、少しでも早く行かなきゃいけないと思った。

家の前までついたところでちょっとしゃがみこんで息を整える。
もし麻衣子っちの家族の誰かがいるならそれでいい。樋口のプリントを渡して、挨拶して帰るだけだ。


すう、深呼吸してインターホンの前に立つ。今は迷ったりしてる場合じゃない。


ピンポーン

インターホンは役目を果たした。が、音が鳴ったすぐ後、中から何やら大きな金属音。まるで何かと何かがぶつかったような――、



「麻衣子っち!大丈夫っスか!?」



気付いた時には玄関のドアに手を掛けていた。勝手に入るなんて、非常識だって分かってる。でもそれでも、心配の方が勝った。
無用心なことに鍵は開いてるし、もう後戻りはできない。



「俺っスよ、涼太っス!!」


靴を脱いで、麻衣子っちの名前を呼びながら上がった。


「麻衣子っち!」


少し入るとそこには探し求めたその姿。でも彼女は廊下に倒れていた。心臓がこれまでにないほど冷えて息を飲んだ。
すぐさま近寄って彼女の肩を支えて上半身を起こすと、真っ赤な顔に潤んだ目が俺を捉える。



「涼太さ…ん?」

「なんでこんなところに、」


言いながら気付いた。俺のせいだ。俺がインターホン押したせいで、麻衣子っちは立たなきゃいけなくなったんだ。



「布団はどこっスか!?」


はやく寝かせなきゃ、頭はそれで一杯だった。
答えが返ってくる前にぐるりと周りを見回す。開いている襖を見つけて、首を伸ばして中を垣間見ると、つい今まで麻衣子っちがいたらしい布団があった。

目を伏せた麻衣子っちの肩と膝裏を腕で支えて、ぐっと立ち上がる。腕の中の麻衣子っちは抵抗ひとつせず俺に身を預けている。…明らかに息苦しそう。

布団まで運んで寝かせて、掛け布団を整える。…すごい熱。



「どうして涼太さんが…?」

「風邪って聞いて、いてもたってもいられなくて。家族に連絡は?」

「ただの風邪ですから…心配かけたくなくて…っ、」


何言ってるんだ。誰にも頼らず、たった一人で。
叱りたくなったけどなんとか堪えた。病人相手に大声出すのはいただけない。



「薬は?ちゃんと飲んだ?」


俺の問いに麻衣子っちは小さく首を横に振った。この調子だと昼も…もしかしたら朝も、食べてないんだろう。


心の中ですいませんと謝りながら冷蔵庫を開けた。一人暮らし同然の生活をしているという麻衣子っちの家の冷蔵庫の中はこざっぱりしていた。

食材はある。でも勝手に使うのはさすがに気が引ける。それに失敗せずに料理できる自信もない。

そう言えば、俺の鞄の中に今日購買で買ったゼリーがあったっけ。本当に何気なく買って、自分で食べるわけでもなく鞄に入れてた。…これってすっごい幸運。むしろ森山先輩風に言うと、運命じゃね?


麻衣子っちが倒れてた廊下に放りっぱなしだった鞄からゼリーを取り出して、彼女のとこに戻った。
俺が部屋に入ったのに気付いた麻衣子っちはふらふらと上体を起こした。



「とりあえず食べて。あんまり冷えてないっスけど」

「でも…」

「いいから」


この期に及んで断ってもらっちゃ困る。遠慮とかそんな余裕ないじゃん、つらそうじゃん。




なんとかゼリーを食べさせた後、薬の在りかを聞いてこっちもちゃんと飲ませた。しばらくすると落ち着いたようで、すうすうと息が整ってきた。
そのまま目を瞑った麻衣子っちを確認して、ほっと一息。

今いるこの部屋は、畳に障子に襖というなんとも日本らしい造り。当然ベッドはなくて、つまり自分で布団敷いたんだ…。
布団の横に座って、麻衣子っちの顔をまじまじと見つめてみた。



これ、俺が来てなかったらどうなってたんだろう。

いや、自惚れとかじゃなくてさ。家族にも、誰にも知らせず、頼らず、ひとりきりで耐えて。

今までずっと、そうやって生きてきたのかも知れない。でも普段はそんなこと全然感じさせなくて。



「好き…」



麻衣子っちの寝顔に向けて呟いた。聞こえてないのは分かってる。だからこそ言えた。寝てる相手に言うなんて自分でも臆病だと思う。それでもいい。

すがるように、吐き出すように。



「麻衣子っちのことが、…好きっス…っ、」



だから、頼ってほしい。





prevnext

back


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -