◎ 41
次の日、麻衣子っちは学校に来なかった。
廊下を通る時にちらっと覗いた隣の教室の中にその姿を見つけられなかった。もしやと思いつつの昼休み。いつもの渡り廊下には彼女の姿どころか猫一匹存在しなかった。麻衣子っちがいる時にしか猫たちは現れないらしい。…恐るべし。
毎日一緒に昼休みを過ごすと決まってるわけじゃない。とは言うものの、それはごくまれに俺の都合で行けなくなったりするからで、麻衣子っちはいつも同じ場所にいる。
「あれ、黄瀬じゃん。どしたの?」
不本意ではあるが仕方がない。
全部の授業が終わったら後、部活に向かうため廊下を通りがかった樋口を捕まえて声をかけた。
「麻衣子っち、今日休みなんスか?」
本当は自分で知りたいけれど、方法がないんだからこの人に訊くしかない。さっき麻衣子っちにメールも電話もしてみたけど、返信はないし繋がらない。
つか、初めて話したけど、なるほどこの樋口って人は感じがいい。ただ向かい合ってるだけなのに明るくて快活なのが伝わってくる。顔立ちもいいし、そりゃモテるだろうな。
ちなみになぜ他でもない樋口に尋ねたのかというと、言わずともがな麻衣子っちが友達になったと言っていたからだ。そして、たぶんクラスで麻衣子っちのことを話してちゃんと通じるのがこの人くらいだろうから。…樋口がどんな奴なのか直接知りたいってのもあったけど。
「ああ、朝のHRで先生が休みって言ってたよ」
「理由は?何か言ってなかったっスか?」
「確か風邪って言ってたっけな…」
憶測が事実に変わった。昨日のくしゃみも咳も、電話での様子も、そういうことだったんだ。
となれば、俺が今からやることはひとつだけだ。
「ありがとうっス!」
「あ、ちょっと待て、」
「?」
今度は踵を返そうとした俺の方が捕まえられた。
「実は麻衣子ちゃんが風邪引いたの、俺のせいかも知れないんだ」
「………は?」
「この前雨降ってただろ?その時俺は麻衣子ちゃんと偶然会って初めて話したんだけど、ぶつかった拍子に麻衣子ちゃんが傘落として、少しだけど雨に濡れちゃったんだよ」
しゅんとした様子の樋口が言っていることは本当だろう。そして悪いと思っていることも確かなよう。
「…見舞い、行くのか?」
「そのつもりっス」
「じゃあこれ、渡しておいてくれないか」
そう言って鞄から取り出されたのは、何枚かのルーズリーフ。頷いて受け取って見てみると、どれも文字で埋まっている。
「今日の授業のノート、授業は一回きりだしな。…字が汚くて悪いって伝えておいてくれ」
これも、同じクラスの友達の特権か…。時間割も授業内容も違う俺にはしたくてもできないことだ。
「きっと麻衣子っちは、樋口のせいだなんて思ってないっスよ。そういう子なんス」
「…サンキュ」
樋口から受け取ったルーズリーフを鞄に仕舞って、次の目的を果たすために足を進めた。
てかルーズリーフとか…、いくら責任感じてたとは言え、倍もノートを取るなんてスゲーなぁ。
次の目的。誰でもいい、バスケ部の誰かに会うことだ。同じクラスの奴はもう既に行ってしまった。誰でもいいとは言え、事情を分かってくれる人だと助かるんだけどな…。
あ、ちょうど森山先輩発見!!
「先輩!!」
「ん…?なんだ黄瀬か」
「ちょ、酷くないスかそれ!?――いやそうじゃなくて!!」
「なんだ、煩いな」
「今から麻衣子っちの見舞いに行きたいんで、部活休ませて欲しいっス」
「麻衣子ちゃんに何かあったのか?」
麻衣子っちのことを知ってる、というか結構な面識ある森山先輩ならほぼ間違いなく分かってくれるだろう。
「風邪引いたらしいんスけど、たぶん家に一人でいるだろうから心配なんス。だから…」
「よし、俺も行こう」
「や、俺一人で充分っス!!」
まさかこう言われるとは…。でもたとえ先輩にでもあの子の家を簡単に、勝手に教えることはできない。
頑なに行くと主張する先輩を必死に止め続けると、さすがに諦めてくれたらしく、「笠松にはちゃんと説明しておく」と言ってくれた。助かった。笠松先輩もきっと分かってくれるだろう。
「風邪で弱ってる麻衣子ちゃんに変な気は起こすなよ」
「なんてこと言うんスか!」
失礼な!
ともかく、学校を飛び出すようにしてあの子の家に向かう。待ってて、もうすぐ行くから。
(「涼太さんの声を聴くだけでも、元気になれる気がするんです」)
はやく、元気に。
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