◎ 39
「…スンマセン、もう一回話してくれません?」
「友達が、できたんです」
頬を赤く染めた麻衣子っちがにっこり笑って俺にそう言った。
言うことを言わなきゃ、でもどう言えばいいんだろうと一人で悶々としながら昼休みに麻衣子っちのところへ向かった。いつも通りの場所でいつも通り猫と戯れる彼女が、いつも以上に嬉しそうな様子に気づいて、理由を訊いてみた。で、さっきの答えが返ってきた。しかも話を聞く限り、どうやら相手は男らしい。
純粋に喜んでいる様子の麻衣子っちの手前、決して口には出せないが、正直かなりショックだ。だってさ、皆が友達になりたがってる麻衣子っちの友達って立場は、俺の独占だったわけで…。
友達は普通何人もいるもんだけどこの子に至ってはちょっと事情が違って――勝手に安心してた。俺は他の奴らより先を行ってるって。
でもいつまでもそのままなはずなかったんだ。
「どんな感じっスか…?」
「優しいです、とっても。係の仕事を手伝ったり、一人でいるときに声を掛けてくださるんです」
「はぁ…」
そっか〜、係の仕事か〜…。同じクラスの特権だよなちくしょう。俺に出来ることと言ったらこうやって一緒に飯食ったりたまに登下校したりするくらいなのに。そいつは麻衣子っちの役に立ってんのか…。
「涼太さん、どうしました?ご気分が優れないようですが…」
「麻衣子っち…その人の名前聞いてもいい?」
「樋口…樋口晃さんです。確かサッカー部に入ってるって言ってました」
サッカー部の樋口…。
なんか聞いたことある気がしないこともない…ような。うちのクラスの女の子の数人が話してなかったっけ。1年だけどサッカー部のスタメンになったヒグチアキラくん。ああその人か。
もしかしたらさ、その樋口も麻衣子っちのこと彼女にしたいとか思ってんじゃね?何人もの男子生徒みたいに、俺みたいに。
だとしたら今の俺の立場は危ういかもしれない。隣とは言えクラス違うから一緒にいられる時間は限られてるし、他の女の子の子の目も考慮しなきゃいけないからあんまり目立つことはできない。(部活見学の時の件然り。)
いつ樋口が麻衣子っちとの仲を俺より深めるか分からない。友達同士の仲に時間とかあんまり関係ないし。
もうこうなったら、
「俺、麻衣子っちのこと――」
「へくしっ」
「っ、……大丈夫っスか?」
言おうと思った。ちゃんと自分の気持ちを自分の言葉でありのままに。でもタイミングがよろしくなかった。
「ん…、今日は朝からこんな調子なんです…」
「風邪?」
「でも熱は無いので…。学校休むと授業遅れちゃうので、体調管理には気を付けているつもりですが…」
「無理しない方がいいっスよ。悪化して長引いたら元も子もないし」
「それもそうですね…。今日はいつもより早く寝ることにします」
そう言いながら微笑む麻衣子っちは心なしか弱々しく見える。なんとなく、さっきのはただのくしゃみじゃない気がする。
「すみません、くしゃみで遮ったと思うんですが、涼太さん何かを言いかけてましたよね?」
「あ、いや…その、別に大したことじゃないんで気にしなくていいっスよ」
一度間を逃してもう一度トライできるほど俺はタフではないらしい。くっそ…、麻衣子っちのせいとかじゃないけど、もう言えねぇ…。
「それより、そんな状態なのに渡り廊下なんか出てきて大丈夫なんスか?」
「くしゃみが少し出ちゃう程度なので心配ありませんよ。それに教室よりここの方が空気いいですもん」
雨は降ってますけどね、と麻衣子っちは笑う。
「キツくなったらすぐに俺に言っ――ってのは無理かもしれないっスけど、保健室行くとかするんスよ」
「大袈裟ですよ涼太さん。でも、心配してくれてありがとうございます」
その笑顔を見てたら、なんか全部がどうでもいい気になってしまう。人の目とか、麻衣子っちが俺に対してどんな気持ちを抱いてるんだろうとか、そういうものが全部全部頭の外に追いやられるみたいになって、身体中で抱き締めたい衝動に駆られてしまうんだ。
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