「…〜〜ッや、ばっ…」

センパイが監督と話しに行ってしまった後、俺は我慢できずにその場にしゃがみこんでしまった。
未だに火照る顔を、両手で覆う。


どうしよう、すごく嬉しい。

みょうじセンパイから一緒に帰ろう、なんて言われるなんて


「(夢みたいっス……)」

しゃがんだままセンパイのさっきの言葉を脳内で絶賛リピート中。たまんない。

「…ホント、見てると面白いよなお前ら」

「!」

頭上からの聞き慣れた声に顔を上げれば、ニヤニヤした青峰っちの姿。

「何スか?冷やかしっスか、青峰っち」

「まーな」

「………」


俺のみょうじセンパイへの想いを知っているのは青峰っちだけだ。

俺がみょうじセンパイに恋をして少し経ったころ、青峰っちに「お前、なまえのこと好きなんだろ」と言われた。野性の感だろうか。図星だった。
今まで誰にも相談することが出来なかった分、気づいたら青峰っちにたくさん話していた。青峰っちは軽蔑も、嫌悪の表情を浮かべることなく黙って俺の話を聞いてくれた。
それがとても嬉しかった。それからはなんだかんだで(見た目に反して)優しい青峰っちは色々相談に乗ってくれたのだ。告白しろ、と俺を後押ししてくれたのも青峰っちだ。

だから、青峰っちには感謝している。

ニヤニヤしてる青峰っちは完全に面白がってるように見える。けど、実は心配して来てくれたのだと勝手に思うことにした。

「…面白いってなんスか」

「そのままの意味だよ。
で、お前となまえ、付き合ってどんくらい経ったんだっけ」

「…」


青峰っちが普通にセンパイの名前を呼んでいることに、イラッとする。

「(独占欲…、強すぎっスよ、俺…)」

そんなのずっと前からなのに。
センパイは優しくて面倒見がよくて、ムードメーカーで。みんなに懐かれている。青峰っちはもちろん、みんなセンパイのことを名前で呼ぶ。
名前で呼んでないのは、俺だけ。
付き合ってるのは俺なのに、俺はセンパイのこと名前で呼んだことがない。というか、呼べない。ドキドキしすぎて。
…その前に、付き合い始めてから今まででほとんどが事務的な会話だから、名前を呼ぶことすらなかった。

それでも青峰っちの付き合って、という言葉に顔がニヤけてしまう。

俺とセンパイが、付き合ってる。
その形だけでも、俺には夢のようだから。

「(幸せっス……)」

「(こいつ重症だ…)ニヤニヤしてねえで早く答えろよ」

「に、ニヤニヤって…。
一週間くらいっスけど…」
「……一週間か…」

そう神妙に呟いて、青峰っちは徐にしゃがんでいる俺の隣に同じようにしゃがむ。

そして再びニヤニヤしながら一言。

「どこまでいったんだ?」


「……………はっ?!」


な、な、っなにを言ってるんだこいつは!!!


「な、ななな、どこまでいったって、なんスか!」
「なんスかって言葉通りだろ。キスとかしたのかって聞いて、

………その様子だと、まだ何もしてねえみてえだな…」

はあ、とため息をつきながら青峰っちはそう言った。

「…うるさいっス」

顔が、熱い。
氷が一瞬で溶けそうなくらい熱い。
きっと俺、顔から湯気が出てる。

「当たり前じゃないっスか…。付き合いだしたの、合宿が始まってからすぐっスよ…?なにかできるほうがおかしいっス」

「………ま、それもそーだな」

センパイとはなにもしていない。お互いの連絡先は交換したけど、それだけだ。メールしようとは何度も思ったけどどんなことを送ればいいのか皆目見当つかないし、その前に送る勇気もない。合宿中も簡単な会話しかしなかったし、最終日はセンパイが用があるとかで早く帰ってしまったから、一緒に帰れなかった。そもそも俺にセンパイに一緒に帰ろうと言うだけの勇気があるのかどうかも疑問だ。

そんな旨のことを青峰っちに話したら、青峰っちは呆れていた。

「お前……、なんでも良いからモーションくらいかけろよ。慣れてんだろ、モデル(笑)だし」
「モデル関係ないっスよ!さっき言ったじゃないっすか…。駄目なんすよ、ドキドキしてできないって」
「行動力という名の勇気がなくてできないの間違いだろ」
「う、…そうとも言うっス」
…青峰っちの言う通りだ。
俺には、行動力という名の勇気がない。
そんな俺とセンパイが、キス…、している所なんて、想像ができない。

…いや、想像はできる。というか妄想だ。
実際にしていた。何度センパイをオカズにして夜を過ごしたことか…ってそんなことはいいっス。

妄想ではいくらでもできた。
だけど現実は、想像がつかない。
センパイは俺と付き合ってくれてるけど、きっとそれは俺への同情とか、ただの興味からだ。
もしかしたら、キスもせず、手も繋がず、名前すら呼び合うことすらせずに別れてしまうかもしれない。

そんなの、

「(そんなの、悲しすぎるっス…)」



「…。
……とりあえず、てめえがヘタレだってことは分かった」
「…自分でもそう思うっスよ、心底」

青峰っちがはあ、とため息をつきながら言う。

「…黄瀬」
「なんスか」
「てめえが思ってるほど、現実は厳しくないと思うぜ」
「…はあ?」

ぼそり、とそう言う青峰っちの視線の先には、センパイの姿。
赤司っちと談笑している。監督との話は終わったらしい。

…楽しそうだ。

「厳しくないなんて、嘘っスよ。
………嘘だ」

「…ま、てめえがそう思ってんならそのままで終わるだろうけどな。
…おいヘタレ」
「い゛っ!?った!何するんスか!」

べし、と青峰っちに頭を叩かれる。地味に痛い。


「今までずっと好きだったんだろーが。だったらその分をなまえにぶつけるくらいしろよ。やりもしねえまま諦めんな。言っただろ、てめえが思ってるほど現実は厳しくない」

「青峰っち…」

じろ、と睨まれながらそう言われた。けど、その言葉は俺にとってとても温かくて、有り難く聞こえた。青峰っちに後光が差して見えるほど。

「…………俺、頑張ってみる。」

「おう。」

相変わらず楽しそうに談笑を続けるセンパイを見ながら、俺は自然とそう口にしていた。





参ろうか、参ろうぞ

(いざその先へ)



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