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 あんなに格好良く登場してここは俺に任せろ的なことを言っていた割に、どうやらアニキはおかっぱ眼鏡の足止めにあっさり失敗したらしい。
 よく見ると、やんちゃなちびっこ妖精はおかっぱ眼鏡の手の中でカチコチに固まって必死に人形のフリをしていた。

 ……いや、最初からあまり期待はしてなかったけど。
 あれだけ大袈裟に登場しておきながら、人形のフリはないだろお前。

 見るからに場違いな不審者の出現に、鬼原課長をめぐる修羅場展開を見守っていた常連の兄貴達も「すごいのが来たな」「キャラが濃いな」とざわめく。

「ごめん、太三郎。俺……やっぱり役に立たなかった」
「だから! その名前で呼ぶなってば!」

 キャンキャンと吠えるクリスさんの言葉を聞き流して近付いてきたおかっぱ眼鏡が鬼原課長と俺の目の前に立った瞬間、俺は素早く手を伸ばしておかっぱ眼鏡の手からアニキを奪い返した。

「あ、そのハイテクフィギュア……」
「俺のです、返してください」

 このうすらデカい男の馬鹿力で握られてアニキが怪我をしたりしなかっただろうかと心配になって、手の中の小さなやんちゃ坊主に視線をやると、まだカチカチに固まって人形のフリを続けながら、アニキは俺だけに聞こえる小さな声で申し訳なさそうに謝ってきた。

「あのね、ワスレール、結構前に買ってずっと使ってなかったやつだから、古くて効かなくなってたみたいなの」
「……」
「計画的にお買いものしなきゃダメだね!」

 本当に、格好良く登場した割にどうしようもないオチだな。

 小さな人形もどきの妖精を手におかっぱ眼鏡と対峙する俺の身体を抱いたまま、鬼原課長は俺とおかっぱ眼鏡、クリスさんの顔を交互に見比べて意外そうに肩眉を跳ね上げた。

「初対面……って訳じゃなさそうだな」
「ええ、まあ……さっきちょっと」
「コイツに何かされたのか」
「いえ、何かされたという訳では」

 多少乱暴な足止めをくらったとはいえ、今それを言えばおかっぱ眼鏡を東京湾に沈めかねない静かな迫力が鬼原課長から漂っていて、俺はふるふると首を振ってアニキを手に乗せたまま大人しく課長の腕の中に収まった。

 ついさっきまで自分も緊張してドキドキしていたから分からなかったけど、アニキのおかげで脱力して落ち着いてみると、密着した肌から鬼原課長の温もりと、鼓動が伝わってくる。
 俺が腕の中にいることで鬼原課長の鼓動が早くなっているのが分かって、身体中をめぐる血液がじわじわと温度を上げていった。

 きっちりと締められた褌に収まった課長の逞しい課長自身も……気のせいか質量と硬度が増して、さっきから尻に当たっているような気がする。

 そんな俺達を他所に、目の前ではクリスさんとおかっぱ眼鏡という何とも不思議な組み合わせが小劇場を繰り広げていた。

「ていうか、別に俺が頼んだ訳じゃないのに何でガキがこんな時間にこんなトコロにいるんだよ馬鹿っ」
「だって、太三郎がこの店にいるときに田中さんが来たら嫌だと思って」
「……今度その名前で呼んだら殴る!」

 クリスさんに怒鳴られて肩を落とすおかっぱ眼鏡は、まるで飼い主に叱られる大型犬だ。
 もっさりとした冴えない外見を差し引いても、ちょっと可愛く思えてしまう。

 しょんぼりとうなだれていたおかっぱ眼鏡青年は分厚い眼鏡越しの目を俺に向けて、何かを決意したように顔を上げ、真っすぐにクリスさんを見つめた。

「太三郎」
「……本当に殴られたいんだね」
「俺……太三郎好みの年上の男には絶対になれないし、金もないから何も買ってあげられないし、一生懸命頑張ってるつもりでもいつも役に立たないけど……」

 搾り出すような真剣な声に、太三郎という呼び方に反応しかけたクリスさんが言葉を飲み込んで、大きな小悪魔の瞳でおかっぱ眼鏡を見上げる。

 腰を抱く腕に力をこめた鬼原課長が、微かに喉を震わせて笑ったのが分かった。

「――あと二十年経ったら、俺も謙二叔父さんみたいになるよ。バイトとかして髪も服も、何とかするし。だから……俺じゃ、駄目?」
「謙二叔父さん!?」

 もしかしたらおかっぱ眼鏡の一世一代の告白だったかもしれない言葉に、間髪入れずツッコミを入れてしまったのはもちろん、クリスさんではなく俺だった。

 このタイミングで割り込むのはルール違反だと分かっていても、声を上げずにはいられなかった。

 だって、謙二叔父さんって何だ。叔父さんって。

 恐る恐る顔を上げて鬼原課長の顔を見上げると、男前上司が相変わらずのポーカーフェイスでサラっと衝撃の事実を口にする。

「謙太は年の離れた兄貴の息子だ」
「え……! じゃあ、本当に、甥っ子さんなんですか!?」
「ああ。その家庭教師がクリスで、兄貴の家に寄ったときに何度か顔を合わせてな」

 つまり、鬼原課長がクリスさんと知り合うきっかけになったのはゲイバーなどではなく、甥っ子であるおかっぱ眼鏡青年だったのだと説明されて、俺は改めて、目の前に立つ残念ファッションの巨漢青年をしげしげと観察した。

「家庭教師って、甥っ子さん今おいくつなんですか」
「来年高校受験だよな、謙太」
「来年高校受験!?」



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