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 ほんのり切ない空気を完全にぶち壊したのはもちろん、食いしん坊のちびっ子妖精だ。

「でりしゃす〜」

 のほほんとした声に、ふとテーブルの上を見て、ソーセージの減りっぷりに俺は顔を引き攣らせた。

 お前ってやつは……。
 鬼原課長の恋を応援するっぽいことを言って張り切っていたのに、今の話よりソーセージを優先するのか。

 しかも、誰も手をつけていないはずの極太のソーセージが皿の上からちびちびと消えて、もうほとんどなくなりかけていることに、課長も黒褌の兄貴もまだ気付いていないとはいえ、遠慮だとか危機感というものがなさ過ぎだろう。

「おいしい〜。こんなにおいしいソーセージ食べたことない! いちろーも食べればいいのに〜」

 大きな目を輝かせて自分の身体の何倍もデカいソーセージにかぶりつくちびっ子妖精の身体をひょいとつまみ上げて皿から離れた所に置き、“食べ過ぎだぞ”と目だけで叱ってやると、アニキは柔らかそうな頬をぷくっと膨らませて「いちろーのけちっ!」と、小さな羽根を羽ばたかせて遺憾の意を伝えてきた。

 ――が、食い意地の張ったちびっ子妖精は、他のテーブルの上にもたくさんの美味そうな料理が並んでいることに気付き、すぐに機嫌を直してふらふらと他の褌兄貴達が談笑している席の方へと飛んでいき、あっちでちびちび、こっちでちびちびとつまみ食いを始めてしまう。
 本当に、どうしようもない奴だ。

 あのやんちゃ坊主を大人しくさせることは無理だと悟った俺は、とりあえずアニキのことは放っておこうと決めて、すぐ隣に立つ鬼原課長の、仮面で隠された顔を見上げた。

「どうして、報われないって分かってるのに……その、ハムスターに似てる部下さんのことが、好きなんですか」

 課長が俺のことをそういった意味で好きになるなんて、まだ半分信じられないまま、素朴な疑問を口にした瞬間。
 ジョッキに口をつけていた鬼原課長は盛大にむせ返って、俺と課長の薬指をつなぐ目には見えない六尺褌は爆発する勢いで一気に太くなった。

「恐いもの知らずだな、ハムケツの坊やは」
「おい、笑うな、恭輔」
「そこまで動揺するお前を見て笑わねえのは無理だろうが」

 動揺する鬼原課長の様子を楽しげに眺めながら黒褌の兄貴が笑うのを見て、俺は、もしかしたら聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれないと今さらながらに気付いてしまった。

 俺は一方的に鬼原課長のことを知っているけど、課長から見れば今の俺は、褌バーで初めて出会ったハムスター覆面の怪しい褌男だ。
 初対面の相手にいきなりこんな踏み込んだ失礼な質問をされたら、誰だって動揺するだろう。

「あの、すみません、俺……っ」
「――いや、大丈夫だ」

 何とか落ち着きを取り戻したらしい鬼原課長は、改めてビールを一口飲んでから、深く息を吐いてポツリと呟いた。

「どうして、か。……気付いたら、いつもそいつを目で追って、そいつのことばかり考えるようになっていたから、どうして好きになったかなんてきっかけは今さら思い出せないな」

 う……うわぁあ。
 鼓膜をくすぐる低い声が切なくて、左手の薬指に、甘酸っぱい温もりが伝わってくる。

 自分のことをこんな風に聞かされるなんて、恥ずかしくて……しかも、課長はまさか相手が俺だとは思わずに話しているんだと思うと、羞恥と申し訳ない気持ちとでいっぱいいっぱいになって、何だかもう全裸で床の上をゴロゴロと転がってしまいたい気分だ。

「特に顔が可愛いとか、甘え上手で性格が可愛いとか、そういうことではないんだが」
「えっ?」
「むしろ、要領は悪いし、叱ればあからさまにビビって落ち込むし……良くも悪くも今時の若者で、部下としては手のかかる奴というか」
「……」

 鬼原課長……俺のことを好きだというのは、やっぱり何かの誤解なのでは。
 そりゃ、俺は顔だって別に可愛いとか格好良いとかいうほどじゃないし、仕事のデキの悪さに関しては言い訳のしようもないけど、せめてもう少しこう、良いことを言ってくれたっていいじゃないですか。

 恋愛的な意味で好かれても困るとは思いつつ、褒め言葉の一つも出てこない状況に落ち込みかけた心は、次のひとことで跳ね上がった。

「それでも……どうしてだろうな。要領が悪いのに一人で苦戦している不器用な姿も、名前を呼んだだけで叱られるかもしれないと怯えて涙目になる顔も、俺にとっては、可愛くて仕方ない」
「そ、そんな」
「構い過ぎて、懐いてもらうどころかすっかり怯えられてしまった」




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