皇帝は全裸で微笑む・6。
普段から規則正しく禁欲的な軍隊生活を送っているミズキの身体は他人の手で与えられる刺激に何の免疫もなく、理性に反して、カイルの不埒な悪戯に恥ずかしいほど反応してしまう。
「……ん、あぁっ」
皮に包まれたままの敏感な先端部分を指先で刺激され、ミズキは甘い声を零して腰を揺らした。
「この年まで誰の手にも触れられず、剥かれることもなく私を待っていたとは。愛おしいな」
「っ!」
その部分がまだ大人の状態になっていないことはミズキのコンプレックスだった。
敢えて自分で何かをするのもいけないような気がして、誰にも相談できず悶々としていたのだが。
同性の目に触れてこんなに恥ずかしい思いをするくらいなら、躊躇ったりせずに同僚達に聞いて、どうにかしておけばよかった。
カイルのソレはくっきりと先端を露にした猛々しい雄の象徴で、違いが際立ってしまっているだけに余計に屈辱感が大きい。
「やっ、……触っちゃ、駄目……剥かないで、下さい」
「痛いことはしない。気持ちよくしてやるだけだから、力を抜け」
「んん、んッ!」
熱を持った指先は、ゆっくり丁寧にミズキの男の器官の皮を押し下げ、先端を露にしていく。
それまで皮に包まれていた亀頭が直に空気に触れるだけで、敏感なミズキの身体は強い快感に震え、健気に勃起した雄茎からは恥ずかしい汁が溢れて幹を伝い落ちていた。
「あ……あっ、もう」
「ミズキ……」
ねだるように揺れる腰の動きが恥ずかしいだとか、そんなことを考える余裕はない。
優しく丁寧に、自分に快感だけを与え続ける男の手にすべてを委ねて、ミズキは未知の快感に流されていた。
「だ、め……そこ、触られたら……おかしく、あぁあッ!」
美しい銀色の髪が揺れて、アメジストの瞳が熱に潤む。
ほっそりとした両腕を伸ばすと、ミズキが何も言わなくても、男はその望みに応えて優しいキスを落としてくれた。
「んん、う、……ん」
カイルのキスは、気持ち良い。
花嫁にするなどという訳の分からない理由で無理矢理配置を換えられ、何一つとして了承していないまま不埒な真似をされているというのに、不思議と怒りは感じなかった。
クチュクチュと、恥ずかしい蜜に濡れた指先が敏感な先端部分を撫で回し、筋を浮かび上がらせたペニスを根元から先端までリズミカルに扱き上げる。
「あ、あぁ、ん」
「その声を聞きながら何もせずにいるのは……拷問だな」
もう十分好き勝手にしているではないか、という反論は、ひっきりなしに零れ落ちる喘ぎ声に呑まれて口から出ることはなかった。
「カイ、ル……カイル」
逞しい腕をキュッと掴んで限界が近いことを訴えると、雄の器官を巧みに追い上げていた手が更に動きを速め、再び優しいキスが降ってくる。
「ん……もう、出……る、出ます」
「ああ、たっぷり搾り取ってやる」
僅かに浮かんだ汗に褐色の肌を光らせて笑う皇帝の雄の色気に刺激されて、限界まで張り詰めたミズキのペニスがドクン、と大きく脈打つ。
「――や、あ……んッ、あ、あぁあッ!」
追い上げられて精を放つ瞬間。
ミズキはカイルに抱きついて、その顔を甘えるように逞しい胸に埋めていた。
「私の花嫁は、いい声で啼く」
「……陛下にご満足いただけて光栄ですが、私は貴方の花嫁ではありませんし、合意もなくこのような行為に及ばれるのは感心できません」
恨めしげなミズキの視線を気にする様子もなく、北国の皇帝は上機嫌で口元に笑みを浮かべている。
「あれだけ喜んで腰を揺らして、合意ではなかったと言うのか。慎ましやかに皮に包まれていたモノを私が丁寧に」
「許されることなら、今すぐこの場で陛下に決闘を申し込みたいくらいです」
「それは困るな」
恥ずかしくて顔を見せられない、という理由以上に、筋肉に覆われた分厚い胸の感触が心地よくて、離れたくないと思ってしまったのだが。
甘やかされることに慣れないミズキが、カイルに対して抱いている自分の気持ちに気付くのは、もう少し後のことである。
「ミズキ」
射精後の疲労感でぐったりと脱力しているミズキの身体を抱いて、カイルは優しく囁いた。
「私もお前も男同士、花嫁という立場に抵抗があるならそれは撤回する」
「?」
「肩書きなど、些細なことだ。私は小さな騎士に助けられたあの時から、お前ともう一度会って……共に歩むことができたらと思っていたのだ」
「陛下……」
屈強な男に育ってしまった今となっては見る影もないはずなのに、漆黒の髪と金色に輝く美しい瞳の中に、ミズキが淡い初恋を抱き続けていた姫君の面影が見える。
「広大なこの国を治めるには、常に隣で私を支えてくれる片翼が必要だ。その片翼は、お前以外に考えられない」
それは、二度目の真剣なプロポーズだった。
堂々と構え、自信に満ち溢れているように見えるこの男が、ここまで切実に自分を欲している。
きっと、この先の人生で、ここまで真剣にミズキを欲してくれる人に出会うことはないだろう。
「――配置異動の件については、考えておきます」
じわじわと胸を熱くする思いを何とか落ち着かせようと深く息を吸った後で、ミズキの口から出てきたのは、何とも可愛げのない言葉だった。
考えるも何も、ミズキに決定権などないのだから、考えたところでどうにもならない。
それでも、じんわりと赤く色づいているミズキの顔から敏感に何かを感じ取ったらしいカイルが口を開く前に、ミズキは早口で言葉を続けた。
「ところで、陛下」
「うん?」
「そ、そのけったいなモノをしまっていただけますか。陛下のモノがそのような状態では……安心して眠ることができません!」
そう。
散々恥ずかしい思いをしてイカされ、強制的にスッキリさせられたのはミズキだけで、ミズキが射精した後それ以上の行為を強いることがなかったカイルの雄の部分は、未だ熱を持って猛々しく天を向いて勃ち上がったままだったのだ。
何とか気付かない振りをしようと思っても、一糸纏わぬ状態で横になられると、嫌でもソコに目がいってしまう。
「婚礼の儀が終わるまでは何もしないと誓っただろう。安心して眠って良い」
「全裸で股間を勃起させた男が隣に横たわっている状態で、私が安心して眠れるとお思いですか!?」
「そうは言ってもな、同衾時に衣服を纏わないのも、婚礼まで身体をつなげないのも我が国のしきたりだ。惚れた相手が隣で寝ていれば身体が反応してしまう男の生理はお前も分かるだろう」
「……」
何事もないように冗談めかして返されるが、この状況で何もせずにいることがどれだけ辛いことなのか、同じ男としてミズキにも十分分かっていた。
先ほどの不埒な悪戯は別として、それでも無理矢理欲望のままに抱いたりしないだけ、この男は本当にミズキのことを大切に思っているのだろう。
「本当に今夜はもう何もしない。気にせずに眠ることだ」
自分は理性の限界で辛い状況にあるはずなのに、優しくあやすようにミズキに囁きかける男が愛しくてたまらなくなって。
ミズキは僅かに身体を起こすと、精悍な男の顔を引き寄せて、その頬にそっと唇を押し付けた。
「!」
「――おやすみなさい」
それは、遠い昔に受けた、幼いプロポーズへの返事。
美しい異国の姫君は、やたらに逞しい男前の皇帝へと成長してしまったけれど。
初恋の相手を護る騎士になるという夢は、もしかしたら叶うのかもしれない。
「ミズキ」
「私はもう寝ております」
「寝ながら返事を返すのか。器用な奴だ」
羞恥と動揺に顔を染めて、固く目を閉じるミズキの瞼に、静かに唇が落とされる。
恐る恐る目を開けると、もう一度、今度は額にキスが降ってきた。
○●○
実は以前からカイルの一途な想いを知って、相談を受けていたらしいミズキの幼なじみの王子が、窮状を訴える手紙に対して初恋成就を祝福する能天気な返事を送ってきたのは、それから数週間後の話。
今夜も皇帝は全裸で微笑み、何処よりも居心地の良いその腕の中にミズキを誘って、眠りに就くのであった。
end.
(2013.9.1)
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