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○●○


 嵐のような激しい快感の波が去った後で。
 ようやく理性を取り戻した雪矢は、頭まですっぽりとタオルケットに包まり、みのむしのような格好でベッドの隅に丸くなっていた。

 何て恥ずかしい言葉の数々を口走ってしまったんだろうという後悔と羞恥の念ももちろんだが、力の抜けた身体を横抱きにされ、連れて行かれたシャワー室で佐竹に行為の後始末を任せてしまったときのことを思い出すと、あまりのいたたまれなさに消えてしまいたくなる。

「身体はどうだ、痛いか?」

 汚れたシーツを洗濯機に入れて戻ってきた佐竹がベッドの端に腰を下ろし、いつまでもタオルケットに隠れたまま出てこない雪矢に声をかけてきたが、問いかけに答えるだけの気力は既に雪矢には残っていなかった。

「雪矢」

 あれだけ意地の悪い言葉で雪矢を泣かせたくせに、タオルケット越しに背中を撫でる手も、雪矢を気遣って名前を呼ぶ声も、優しくて温かい。

 甘いバリトンで呼ばれただけで、収まったはずの熱が再びじんわりと身体の奥に生まれたような気がして、雪矢はタオルケットの端をギュッと握り締めて口を開いた。

「……佐竹さんって、本当にねちっこくてエロオヤジみたいですね」

 完全に脱力して動けない雪矢を気遣い後処理を一人でこなした佐竹に対して、ねちっこいエロオヤジというのは少し言い過ぎだったかもしれない。
 ただ、このひと言だけは絶対に言ってやろうと行為の最中から決めていたのだ。

 心無いひと言で男のプライドを打ち砕き、散々泣かされた仕返しをしてやったつもりの雪矢だったが、佐竹は微かに喉を震わせて笑い、タオルケットごと雪矢を抱きしめてきたのだった。

「っ、佐竹さん!」
「仕方ねえだろ。あのエロい身体で誘われりゃ、男なら誰でもエロオヤジになる」
「俺はエロくないですし、誘ってもいません」
「“佐竹さんのおちんちん、好き”はかなりキたぞ」
「そんなこと……!」

 言っていない、とは言えない。

 理性が吹き飛んだ状態だったとはいえ、どうしてそんなことを口走ってしまったのか。
 雪矢は涙目になって、数十分前の自分をひたすら恨んだ。

「もう一回言ってみろ、利子一回分はそれでチャラにしてやるぞ」
「い、言えません、そんなこと!」

 今そんなことを口にすれば、佐竹がその気になってもう一度泣かされる羽目になるのは分かっている。

「馬鹿な奴だな、言えば一回分免除してやるってのに……そんなに俺のコレが気に入ったか」
「やっ……擦りつけないで下さいっ」

 薄いタオルケット越しに、微妙に硬さを取り戻しつつある佐竹の巨大なペニスを押し当てられて、雪矢は悲鳴を上げて逞しい腕の中から逃れようとした。

 密着しているうちに佐竹がその気になってもう一回……などという展開になっては堪らない。

「佐竹さん」
「何だ」

 すっぽりと自分を包み込んでいたタオルケットを顎の下まで下げ、自分を腕の中に閉じ込める男の顔を見上げると、精悍なその顔に一瞬だけ、雪矢が今までに見たことのない甘い笑みが浮かんだような気がした。

 今なら、佐竹にちゃんと話せるかもしれない。

「俺は別に、高田店長が好きとか、そういうことではないですからね」
「ああ?」

 何度か心に引っかかっていたものの言い出せずにいたひと言を口にすると、佐竹の男らしい眉が跳ね上がり、雪矢を見つめる鋭い切れ長の目が僅かに大きく開かれた。

「確かに店長のことは人として好きですし、尊敬してます。どこかに行ったまま連絡がとれないのだって、心配ですけど。それは恋愛感情とはまったく別の話で、そもそも俺は男の人をそういう意味で好きになったことはありません」

 隙のない野性の獣のようなこの男が、珍しく驚いた表情で固まっているところを見ると、どうやら本気で誤解されていたらしい。

 妙に高田に対抗心を燃やし、雪矢の身体を散々弄くり回して泣かせていた佐竹の言動を思い出し、何の根拠もない誤解のせいで自分があんなに恥ずかしいことをされたのかと、雪矢は血色の良い唇を突き出してヤクザ顔の金貸しを睨みつけた。

「だったらお前は……好きでも何でもない野郎の借金のために、俺に抱かれたってのか」
「あの店は俺にとっても大切な店なんです。それに、俺が従わなかったら三上さんを襲うようなことを言っていたじゃないですか」
「あれは単なる脅し文句だ。あんな性悪男には勃たねえし、利子代わりどころかこっちが酷い目に合わされる」
「……ひどい言い様ですね」

 確かに、ふんわり柔らかい雰囲気と綺麗な顔立ちに似合わず食えない性格の三上なら佐竹に黙って襲われるようなことはないだろうし、その後にえげつない仕返しが待っていそうだ。

 利子代わりに身体を差し出して抱かれたという事実は変わらないはずなのに、一つ誤解が解けただけで佐竹との距離が縮まった気がして、雪矢はいつの間にか逞しい腕の中で安心感と心地よさを覚えていた。



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