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――ヤクザだ。
店に入ってきた客を見た瞬間、遠山雪矢の頭にはそんな言葉が浮かんだ。
一目で吊しではないと分かる上質なダークスーツを見事に着こなす、大柄でがっしりとした体躯。
自己主張の強いブランドネクタイを嫌味に感じさせない堂々とした風格。
軽く後ろに流して固められた短い黒髪と、太い眉。
やや垂れ気味ではあるが、人懐っこさを感じさせるどころか周りの人間を射抜くような鋭い光を宿した一重の目。
それぞれのパーツが強烈な個性を放っているにも関わらず、それらがバランスよく配置されたその男の顔立ちは精悍な男らしさに溢れ、見る者に危険な雄のフェロモンを感じさせる。
二十四年間平和な人生を過ごしてきた新人カフェスタッフの雪矢は未だかつて本物のヤクザという人種を見たことがなかったが、ドアの前に立つ男は誰の目から見ても“いかにも”な外見で、明らかにカタギの人間とは違う独特の雰囲気を漂わせていた。
「ブレンド」
ぞくり、と背筋を震わせるようなバリトンでオーダーを告げ、ヤクザ風の男がカウンターの中で固まる雪矢の真正面のスツールに腰を掛ける。
「高田はいねぇのか」
呆然と立ち尽くしたまま動けずにいる雪矢にチラリと視線を投げかけて尋ねると、男はおもむろに、シガレットケースから取り出した一本に火をつけた。
「申し訳ありません、ただ今外出中ですが……すぐに戻ると思います」
「そうか」
こんな時に限って店長の高田は食材の買い出しに出てしまっている。
カフェタイムからバータイムに切り替わったばかりのこの時間帯は来客も少なく、店内にはヤクザ風の男と雪矢以外に人はいなかった。
「コーヒーは私がお淹れしてよろしいですか? それとも、高田が戻ってから淹れた方がよろしいでしょうか」
高田の下で研修を積み、ようやくお墨付きをもらって店でコーヒーを淹れることを許された雪矢だが、常連客の中には高田のコーヒーを飲みたがる者も多い。
湯の中にカップを入れて温めながら一応確認してみると、ヤクザ顔の男は太い眉を微かに跳ね上げ、ニヤリと笑って雪矢の顔を見上げた。
「いや、お前が淹れてくれ」
「かしこまりました」
一体、この男は何者なのか。
高田に何の用があって店に訪れたのか。
気になることが多過ぎるうえ、カウンター越しに突き刺さる強い視線を感じて、精一杯普通を装おうとして出した声は、わずかに震えてしまっていた。
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