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 午前の仕事がひと段落したら、お待ちかねのランチタイム。

 社食で過ごす昼休みは、俺にとって大切な癒しの時間だ。



「日替わり定食の回鍋肉セットお願いします!」
「はーい」

 トレーの上に食券を載せて注文すると、おばちゃんの元気な声が返ってくる。

 厨房の奥では背の高い男前料理人が手際よく肉と野菜を炒めて、並べられた皿に次々と美味しそうな回鍋肉を盛りつけていた。

 今日も、北山さんは最高に格好良い。

「柚木ちゃんは今日絶対に回鍋肉だと思ったわ」
「え、何でですか」
「だっていつも北山君が作るメニューを選ぶでしょ。肉でも魚でも」
「うっ! そ、そうかなあ」

 もりもりとご飯をよそいながら笑うおばちゃんの言葉に、俺は思いきりうろたえてしまった。

「柚木ちゃん、北山君のお蕎麦担当時代からのファンだもんねえ」
「ファンだなんて、そんな……」

 確かに、北山さんのことは大好きだけど。

 笑顔のおばちゃんの言葉に深い意味はないと分かっていても、こんな時どう答えればこの流れを自然にかわせるのか。
 どんどん顔が熱くなってきて挙動不審気味に立つしかない俺を助けてくれたのは、絶妙なタイミングでトレーの上にドンと置かれたボリュームたっぷりの出来立て回鍋肉だった。

「あ、北山さん!」
「あら、北山君。ごめんね」
「いえ。……あと二皿、後ろに並べておきます」

 お喋り好きのおばちゃんが出来上がった料理をなかなか取りに来てくれないからか、奥の厨房で鍋を振るっていたはずの北山さんが、いつの間にかお皿を持って来てくれたのだ。

 あまり感情を表に出さず、いつもキリッと凛々しい顔。
 調理用の白衣が大きな身体に映えて、より一層引き立つ精悍な男らしさ。

 隣に並んでいる女子社員グループの視線は当然、長身の男前料理人に釘付けだ。
 注文していた定食のメニューを回鍋肉に変える声まで聞こえる。

 またファンが増えちゃったな……なんて心配する俺の気も知らずに。
 蕎麦コーナーから日替わり定食の担当へと異動した男前料理人は、引き締まった唇の端を微かに上げて笑った。

「残さず食えよ、坊主」
「は、はい!」

 格好良すぎです、北山さん!



 噴き出しそうになる鼻血を堪えて、ホカホカの湯気と食欲を刺激する香りを立ち上らせる回鍋肉定食のトレーをそっと持ち上げ、いつものお気に入り席へ。

 ……と思ったのに。
 日替わり定食コーナーの厨房が見えるカウンターに近い席は既に何組かの女子社員グループで埋まっていて、俺は仕方なく、少し奥の席に腰掛けた。

 女性陣がチラチラと厨房に視線を送っているのが、気になる。
 やっぱりお目当ては北山さんなのかな。

 蕎麦コーナーはオジサンの聖域的な感じで女性社員はあまり利用していなかったし、北山さんは調理用のマスクをつけていることが多かったから女性陣のチェックが甘かったけど、最近はああやって時々マスクを外してカウンター越しに俺に話しかけてきてくれるからか、ファンが急増中だ。

 無駄のない動きで素早く注文をこなしていく男前の姿を「格好イイだろう!」と自慢したい気持ちが半分と、「あまり見ないで!」と隠したい気持ちが半分。

 でも、視線が吸い寄せられてしまう気持ちはよくわかる。

「いただきまーす……」

 あんなにイイ男がどうして、と未だに信じられない気持ちがあってあまり自信を持てずにいるんだけど。

 社員食堂の男前料理人・北山さんは、俺が長い間片想いを続けていた相手であり、どういった訳だかお付き合いを始めることになった恋人なのであった。



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