旅立ちの朝。
「なぁ、やっぱ今からでも転校やめにしろよ」
早朝の松崎家。
俺の引越しを手伝うために実家に帰って来ていた兄貴が、昨日からもう100回くらい聞いた言葉を繰り返す。
可愛い長男が大手企業に就職を決めて一人暮しを始めたのをきっかけに、両親はかねてから憧れていたイギリスへの移住を決めた。
俺の事はどうでもいいのかと言いたいが、次男なんてそんなモノだ。今更何も言わない。
有無を言わさず全寮制の男子校への転校を決められ、入寮のための引越しの日ですら、両親はイギリスに物件探しに行っていて不在。
あの親に育てられて、俺もよく、屈折せずに育ったもんだ。
それは一重に、兄貴が俺を溺愛してくれていたお陰なのかもしれない。
が、その溺愛ぶりが、ここに来てちょっとウザい。
「落ち着いて考え直せよ、渉」
「兄貴しつこい。今更転校やめて、後どーすんだよ。もう手続とか全部終わってんだから」
そう突っぱねると、兄貴は大きな目をうるうるさせて、本気で泣きそうな顔になった。
「だって!そこ男子校なんだろ!?男子校っつったらお前…多分そこら中で皆相互オナニーとかしまくってんだぞ!弟がそんなトコ行くって言ったら怖ぇじゃん」
「怖ぇのはアンタの妄想だっ!」
まったく。
アホの兄貴の考える事はよく分からない。
世界中の男子校生に謝った方がいいような偏見に、何の疑問も持たないところがまた凄い。
「俺、もう行くから」
「うぅ…渉…ッ。とにかくチンコとケツには気をつけろよ」
「しつけーって!!帰る時ちゃんとカギかけてけよな。親父達、しばらく向こうで物件探ししてるっつってたから」
「渉ぅぅぅっ…」
さめざめと俺の後ろ姿を見送る兄貴を残して、俺は住み慣れた家を離れ、転校先の学校の寮へと向かった。
○●○
…何となく王道設定挑戦企画だったこのお話。
弟の転入先はハッテン場のような高校ではなく、ごく普通の男子校だと思います…。
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