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爽やかな朝のオフィスに相応しくない、この怪しい雰囲気は何だろう。
至近距離で大竹君に顔を覗き込まれて、心拍数が急上昇を始めていた。

「お…大竹君?」
「…さっき“俺の事なんか嫌いなんだろう”って泣いてる伊坂サン見て、軽く勃っちゃったかも」
「…っ」

囁くような掠れ声でそう言われて、さっき泣いたばかりの目がまた涙目になる。
顔が熱い。
多分、大竹君から見た俺の顔は真っ赤に染まっているだろう。

「全然、嫌いじゃねぇっスよ。…つーか、伊坂サン…」
「なな何だよ?」
「伊坂サンも俺の事、結構好きでしょ」
「はっ!?」

礼儀を知らない無礼者の俺の部下は、返事も待たずにギリギリまで近付けた顔をグッと前に出して、少し乾いたその唇を俺の唇の上に重ねてきた。

驚いて後ろに下がろうとする頭をガッシリ掴まれ逃げ場を失って。
抗議の声を上げようとしたところで、ザラついた舌を咥内に侵入させられた。

「んーっ、んんーっ!」

――これは悪夢だ。
残業続きで疲れた俺は、朝っぱらから会社の中で部下とベロチューする夢をみているだけなんだ。

「…っはぁ!」

散々口の中を味わい尽くされた後でやっと自由になって、とりあえず大竹君の頭をグーでがっつり殴りつけてやる。

いつもなら怖くてとてもこんな事は出来ないけれど、夢なんだからこのくらいしてもいいだろう!と思っての行動だったんだけど…。
頭を殴った手がじんわり痛くて、残念ながらこの状況が夢ではない事を実感させられただけだった。

「いってぇ…」
「きゅっ、急にキスなんかするからだ!」
「だって、するっつったら伊坂サン逃げるじゃねぇかよ」
「当たり前だろ!」

殴られながらも何故か嬉しそうな大竹君は、まるで子供にするようにポンポンと俺の頭を叩いてニヤッと笑った。

「今ので今日の分の残業代、前払い。…明日はもっとすげぇヤツもらうんで」
「馬鹿かっ!残業代はちゃんと会社から支給されるだろ!」

というか…“もっとすげぇヤツ”って何…?
もっとディープなキスって事か、それともまさかそれ以上の何かなのか。

嫌な予感がしてとても聞けないけれど、それでも明日、また大竹君に残業命令を出すだろう。


怖いと思っていた大竹君の目が、笑うと意外に優しくなる事を、この時俺は初めて知った。




end.


(2008.6.7)





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