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君の焦りを知らない (1/2)


 島に着いた。
 俺はマルコの所属する一番隊で、マルコと一緒に島へ降りるのは買出しを兼ねた二日目ということになった。
 俺は別に不要だったが、俺の私物も買わなくてはならないらしい。白ひげが直接ベリーをくれた。
 この年になって小遣いを貰うとは思わなかった。

「ナマエ、まずは何が見たいんだよい?」

「そうだな……ああそうだ、服を見よう」

 てくてくと歩きながら問われて、そう答える。
 それじゃあ二日目にな、と約束をして、マルコはマルコの仕事へと向かっていってしまった。
 今日は四番隊の半分が降りているから、俺の仕事はサッチの手伝いだ。
 マルコを見送った後で足を厨房へ向けて、そのまま俺も歩き出す。

「よう、ナマエ!」

 途中で声を掛けられて見やると、笑顔を浮かべたクルーが、なぜかたくさんの荷物を持ってそこに立っていた。
 俺が何度か親切にしてもらった、知っている顔の彼だ。

「どうしたんだ? 大荷物だな、部屋の引越しか? 手伝おうか」

 俺をこの船へ連れてきた時のマルコより多い荷物に、俺は目を丸くする。
 俺の言葉に、まぁ引越しっちゃー引越しだな、と笑って、彼は俺の前で笑顔を浮かべた。

「俺ァ、この島で船を降りるんだ」

 ナースの誰々と結婚するんだと続いた言葉に、俺はぱちりと瞬きをした。







「ナマエ、どうかしたかい」

 島について二日目。
 白ひげからの小遣いを手にマルコと一緒に船を降りた俺へ、町へ向けて歩きながらマルコが尋ねる。
 それを聞いて視線を向けると、昨日からぼうっとしているとマルコが言った。

「そうか?」

「……自覚がねェのかい?」

 聞きつつ、俺を見やるマルコは少しばかり不安そうだ。
 伺うようなその視線を受け止めて、足を動かしながら俺は尋ねた。

「マルコ、今度船から降りる奴がいるって知ってたか」

「ん? ああ、5番隊のあいつかねい。オヤジ付きのナースと一緒に降りるっつってた」

「多分それだな」

 どうやらあのクルーは5番隊だったらしい。
 俺は頷き、彼の顔を思い浮かべた。
 とても幸せそうな顔をしていたあの海賊は、きっとこれからはこの島で幸せに暮らしていくんだろう。
 明日までは船にいるそうだから、今日は送別会の宴会だろうか。
 親切にしてもらったことだし、何か贈り物をしたいと思ったのだが、新婚夫婦に贈るものがまったく思い浮かばない。
 何にしようか、と昨日から考え込んでいる事に思考を向けたところで、ぱしん、と何かに腕を掴まれた。
 視線を向ければ、俺の横を歩いているマルコが、どうしてかその手で俺の腕を掴んでいた。

「マルコ?」

 どうしたのかと思って呼びかければ、俺を見たその目が、何かを探るようにその視線を注いでくる。

「ナマエ、降りたくなったのか?」

「ん?」

「誰か、一緒に降りたいナースがいるのかよい」

 何故ナース限定なのだろうか。
 俺は首を傾げて、マルコの視線を受け止めた。
 どうしてマルコがこんなに不安そうな顔をしているのかがよく分からない。
 白ひげにマルコの話を聞いてから、俺はもう白ひげ海賊団を辞めようと思えなくなっていた。
 あんなに小さかったマルコが、こんなに大きくなるまで俺の事を忘れていなかったと、忘れないようにしていたのだと聞かされて、さっさと背中を向けていくことなどできるだろうか。
 けれども、俺はただの足手まといだ。
 戦えもしない俺はそのうち船を降ろされるんだろうと思っているが、そうなるまでは、マルコと一緒にいるつもりだった。
 置いていかれるのは寂しいだろうが、マルコが死なない事は漫画を読んでいた俺が一番良く知っているのだから、心配だってしていない。
 それに、もしもこのまま俺が知る漫画の時間軸まで船に乗っていられるなら、ある程度の事は捻じ曲げてしまおうとだって思っている。
 あの未来が来ても、マルコが死なない事は知っている。
 そして、大切な相手を亡くして悲しむだろうことも知っているからだ。

「何の話かがよくわからないんだが」

 とりあえず言葉を零しつつ、俺はマルコを見つめた。
 俺の言葉に、マルコの眉間に皺が寄る。ついでに言えば俺の腕を掴んでいる掌に、だんだんと力が入ってきた。
 逃がすまいとするようなそれは、シャンクスの時ほどではないがなかなかに痛い。

「マルコ」

 あまり機嫌がよくなさそうなマルコを呼んで、何だよい、と短く返事を寄越すのにささやきを落とす。

「餞別に何を渡そうか、昨日から悩んでるのに決まらないんだ。マルコだったらどんなものがいいと思う?」

 昨日からずっと俺の頭を占めている問題を口にすると、マルコが目を丸くした。
 それから掌の力を抜いて、ちらり、とその視線がずいぶんと後ろにある船を見やる。
 歩きながら、俺も合わせてそちらを見やってみた。
 結構離れたのに、白鯨はとても目立っている。

「……あいつに何を渡すか、悩んでただけかい?」

「ん? ああ、まぁそうだな。新婚夫婦にプレゼントなんて、した事がないからなぁ」

 『向こう』でも時々結婚式には出席したが、俺は出資だけで、大体友人代表が何を贈るか決めて贈っていた。
 コーヒーミルだの電気ポットだのといった無難なものだったが、海賊だったあのクルーにはあまり似合わないので参考にならない。
 俺の言葉に、何だか気が抜けたように、マルコががくりと肩を落とした。

「……あの野郎、人騒がせだよい」

 そして何となくその怒りが下船するクルーに向かっている気がするのは、果たして俺の気のせいだろうか。
 マルコの様子に少しばかり首を傾げてから、町に入ってから決めるか、と告げた俺に、マルコは『よい』と頷いた。







 町に入って、どうにか目的の買い物を済ませる。
 その後もあちこちを回り、毎回二人で同じ店に入っていたのだが、マルコが買いたいものがあるという店は少し裏の通りにあるらしく、そちらは危ないから大通りで待っているようにと俺はマルコから言い渡された。
 弱いもの扱いされた気がするが、弱者としての自覚がある一般人の俺は、それに頷いて大通りでマルコを待つ事にした。
 それがどうしてか、今は五人のがらの悪そうな男性に絡まれている。
 人生と言うのはままならないものだ。

「お前、不死鳥マルコの知り合いだろ? あの野郎の首をいただくために、少し囮になってもらおうか」

 にやにや笑った彼らの代表格であるらしい初老の男性が、そう言って手に持っている剣で肩を叩く。
 しっかりと俺は取り囲まれていて、逃げようにも逃げられない。
 困った。
 俺は、片手に荷物を抱えたまま、少しだけ後退した。
 真後ろにある壁に背中をつけて、俺の退路を立つべく佇む五人を眺める。
 俺が人質になったら、マルコは多分助けに来るだろう。
 そうして俺を殺されたくなかったらとか言われて無抵抗を命じられ、それに従ってしまいそうな気が、ひしひしとする。
 さらには海楼石の拘束を受けて、攻撃を受けてぼろぼろに傷付くなんてこともありえそうだ。
 こういう場合の定番を想像してみて、あまりの気分の悪さに眉を寄せる。
 それは嫌だ。
 しかし、逃げようにも退路が無い。
 小さくため息を吐いてから、俺は軽く両手を上げて、自分が荷物以外には何も持っていないことを相手へ示した。

「了解した。俺は痛い事は苦手なんだ、穏便に済ませてくれないか」

「は、何だ兄ちゃん、仲間を売るか。海賊らしいなァ」

 にやりと笑ってそう言われて、少々の不愉快を感じたが、今は仕方が無い。
 おい、と声を掛けられて、五人のうちの一人が、片手にロープを持って近寄ってきた。
 それによって、綺麗に作られていた円が崩れる。
 近寄ってきたのが裏路地のそばに立っていた男だから、大通りをそのまま逃げる事は難しいだろうが、裏路地に駆け込むことは可能そうだ。

「抵抗するなよ?」

 言いながら男がロープを近づけてきたので、頷いた俺はそのまま持っていた袋をすばやく振り回した。
 がちゃん、と盛大な音を立てて、近づいてきた男の頭に袋が当たる。音からして、中に入れてあった皿は確実に割れただろう。贈り物だったのにもったいない事をした。
 けれども中身を確認するなんてことは出来る筈も無く、袋を放り出した俺はすぐにその場から駆け出した。
 勢いがつきすぎて横に倒れた男のそばを掛けて、手を伸ばしてきたほかの連中から離れ、裏路地へと入り込む。
 マルコがいる店がどこかは分からないが、とりあえずは彼らを撒かないことにはどうにもならない。




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