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君の不安を知らない

 白ひげ海賊団入りして、本日で三日目。
 無事出航した船の中で、さて、と俺は一人ベッドに座って考えた。

「……何をしてればいいんだ」

 マルコは俺に何も言わなかった。
 部屋にその姿が無いのは、なかなかに忙しい身分らしいマルコが、朝食後ぱたぱたとどこかへ行ってしまったからだ。
 俺は朝食を食べ終わった後の食器を片付けながらそれを見送って、ようやくなれた道のりをたどって部屋に戻り、そして今に至る。
 昨日と一昨日は、環境に慣れるために必死だった。
 何せこれだけの大所帯なのだ。挨拶をしつつ案内をされているだけで、初日も二日目も終わった。
 しかし、それも三日目となれば話は別だ。
 自分が歩きそうな場所くらいは覚えた。
 それに、漫画の知識がある俺は、現在の隊長格の一部やいずれ隊長になるだろうメンバーの顔くらいなら何となく分かる。
 本編にはそれほど登場しない連中でも、マルコが出てくるところは何度も読み返したのだから。

「……仕方ない、サッチ辺りに聞いてみるか」

 コックコートを着込んで厨房に立っていた誰かさんを脳裏に浮かべて、よし、と一つ頷く。
 もし仕事があるならそれをやればいいし、別に好きにしてていいと言われたら、厨房を手伝うことにしよう。
 異様に皿の詰まれていたシンクは、そう簡単に空にはならないはずだ。
 一年もの間店長の店で働いていたのだ。皿洗いくらい問題なく出来る。
 そう決めれば行動あるのみだと判断して、俺はすくりと立ち上がった。







「サッチ!」

 ばたん、と大きな物音がして、慌てた様子の声がサッチの名前を呼んでいる。
 何だと答えるサッチの声を聞きつつ、俺はせっせと皿を拭いていた。
 結局、仕事がしたいといった俺に回ってきたのは厨房の水仕事だった。
 まぁ、仕事が無かったら手伝おうと思っていたのだから問題はない。
 もうじき昼食の時刻らしく、厨房は朝よりもあわただしくなり始めている。
 ものすごい量の食材が運ばれてくるのだが、これは全部なくなるんだろうか。食料庫には一体どれだけ入っているんだ。

「マルコが大変なんだよ!」

 先ほど駆け込んできてサッチに話しかけているクルーの声が紡いだ名前に、俺はちらりとそちらを見やった。
 サッチの腕を掴んで何事かを訴えているクルーには見覚えがある。
 確か、店長の店でサッチと一緒に歌っていたうるさい奴二名のうちの片方だ。名前は分からない。ということは、多分漫画では出てなかったはずだ。
 しかし、マルコが大変とは一体どういうことだろうか。
 行儀が悪いとは思いつつ、皿を拭きながら耳を澄ます。
 何があったんだと尋ねたサッチに、クルーが答えた。

「すっげェ怖い顔で歩いてんだよ! マジで! お前なんかしたんだろ、早く謝ってこいよ怖い!」

「今日は朝しか会ってねーし何もしてねェよ!」

 ひどい濡れ衣を着せるな、と言いつつ、サッチがびしりとクルーの頭を叩いた。いい音だった。
 怖い顔をしたマルコ、というのが想像つかないが、どうやらマルコの機嫌が悪いらしい。
 大きな平皿を拭きながら、どこかで転んだのだろうかと考えてみて、泣くならともかくそのくらいで機嫌悪くなったりはしないか、と思い直して皿を片付けた。
 さて、後はこの山のようなグラスだ。
 グラスに取り掛かった俺から少し離れたところで、嘘をつくなよとクルーに詰られたサッチが、だから知らねぇよと声を上げている。
 元気そうで何よりだが、サッチはそろそろ仕事に戻らないと、昼食の用意が間に合わないんじゃないだろうか。

「ナマエー、お前心当たりねェか?」

 そんな風に考えていたら、サッチからそう声を掛けられた。
 それを受けて、手を動かしながら視線を向けた俺は首を傾げる。

「さぁ? 俺も、お前と一緒で朝から会ってないな」

 さらりと渡した俺の答えに、どうしてかサッチが呆れたような顔をした。
 そして、失礼なことにその人差し指がこちらを示す。

「原因発見だコレ」

「ナマエ〜お前かよ〜!」

 先ほどからサッチの前で騒いでいたクルーまでもが、俺へ呆れた視線を向けてきた。
 何だ。俺が一体何をした。
 戸惑いつつ拭きおえたグラスを一つ片付けると、ひょいと手から布巾が奪われた。
 視線を向けると、俺と一緒に皿を拭いていた別のクルーが、俺から奪い取った布巾を片手に、とん、ともう片手で俺の肩を叩く。

「マルコを何とかしてこい」

 俺を見つめるその瞳は、どうしてかひどく真剣だった。







 仕事を取上げられて厨房を追い出された俺は、とりあえずマルコを探して船内を歩くことになった。
 時々行き交うクルーにマルコの行方を聞いて、そちらへ向けて歩く。
 しかしマルコはあちこちを歩き回っているらしく、行き違う事が重なった。
 三回話しかけてしまったイゾウには、もう甲板でマルコを待ち伏せていたらどうだとまで言われてしまった。
 確かに、歩くのもだんだん疲れてきたところだったので、その作戦を採用して甲板へ移動する。
 見晴らしのいいそこで、船内の入り口がよく見える場所を探して、その辺りで適当に足を止めた。
 見上げた空は快晴だ。
 次の島は、話によれば秋島らしい。島の影響を受けられるくらいの海域になったら、もっと空が高く見えるかもしれない。
 いい風が吹いていて、風を孕んだ帆が張るのを見上げ、ふうと息を吐いたところで、とてつもなく勢いよく船内の出入り口に当たる扉が開かれた。
 驚いて、甲板にいるほかのクルー達と同様に、俺もそちらを見やる。
 少し肩で息をしながらそこに立っていたのはマルコで、眉間にしわを寄せて少し鋭く目を眇めていたマルコは、その視線を俺へ向けてぱっと表情を和らげた。

「ナマエ!」

 そうして大きな声が俺を呼んで、その足が思い切りこちらへ駆けてくる。
 速度のついたそれに少しばかり眉を寄せた俺は、ぐっと足に力を入れて、少しばかり体を前傾にした。
 短く息を吸い込み、前方からの衝撃に備えて体を強張らせる。
 けれども努力むなしく、激突してきたマルコによってその場に倒された。
 だん、ととても大きく音が鳴る。
 とっさに頭をかばった所為で、頭蓋骨と甲板の間に入った右腕がとても痛い。あと背中も痛い。

「……マルコ、痛い」

「ナマエ、ナマエ、どこに行ってたんだよい?」

 俺の訴えを無視して真上から俺を覗き込んだマルコの顔は、いつものままだ。
 これのどこが『怖い顔』なんだろうと思いつつ、とりあえず俺は左腕でマルコの体を押しやって起き上がった。

「厨房。皿洗いを手伝ってたんだ」

「厨房は四番隊の仕事が主なのにかい? ナマエは一番隊だよい」

「……」

 俺は一番隊になっていたのか。それは知らなかった。
 しかし、そういうのはまず希望を聞いたりはしないんだろうか。
 まあ俺は非戦闘員なので、どこでも大して変わらない気はするが。
 俺の視線を受け止めて、マルコが少しばかり眉を寄せる。

「部屋に戻ったらいねェから、探してたんだ」

「そうか。それは悪かったな」

 あちこちを歩き回っていたのは、俺を探してのことだったようだ。
 簡単に謝罪をしてから軽く頭を撫でてみて、しまった、と動きを止めた。
 頭を撫でるなんて行為、小さな子供にならともかく、今のマルコにはふさわしくないんじゃないだろうか。
 子ども扱いするなと怒るんじゃないかと思いつつ伺ってみると、マルコは大して気にした様子も無く、動きを止めた俺を不思議そうに見ている。

「ナマエ?」

 どうかしたのかと言いたげなその顔を見やり、どうやら考えすぎらしいと判断した俺は、改めてマルコの頭を軽く撫でた。
 セットしてただろう髪は少しばかり崩れたけれども、マルコは怒らず小さく笑う。
 その笑顔はずっと前に見た小さなマルコの見せたそれにそっくりで、やっぱり大きくなったよなぁ、と俺は感慨深くそう思った。







 俺が仕事を探していたと知ったマルコは、それから俺に何がしかの雑用を任せていくようになった。
 本当に小さな仕事しか回ってこないのだが、合間合間にマルコが顔を出しに来るので、もしかしたらマルコが忙しいと言うのは俺の勘違いで、一番隊というのは平常時には暇な部署なのかもしれない。

「……んー……」

「ナマエ、どうかしたかよい?」

「いや、何でもない」

 そう思うと非戦闘員として少々不安が過ぎったが、マルコがいつものように笑っているので、しばらくは忘れておくことにした。




end

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