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噂のあの子。
 ナマエという名の最近入った新入りは、少し変わっている。
 絡まれているところを気まぐれで助けたマルコに縋りついて、海賊になりたいのだとまで言ったのに、船に乗ってから率先してこなしているのはただの雑用だ。
 敵襲があるとすぐに船内へ引っ込んで隠れてしまう。
 新入りにありがちな、手柄を求めた先走りが全くない。
 むしろ、戦闘には決して寄り付かないし、時々やっている鍛錬も走りこみばかりだ。
 そして、このモビーディックを磨くことにばかり意識を向けている。
 服や雑貨を買出しに行った際、何か他に欲しいものはあるかとマルコが尋ねて、ナマエから返ってきた答えは『モップ』だった。
 どうやら専用のモップが欲しいらしい。
 海賊ならせめて、武器の一つでも強請ってみてはどうなのか。

「そう思うだろい」

「でも買ってやったんだろ?」

 ため息を吐きながら言葉を零したマルコの横で、海に背中を向けて佇んだままのサッチが言った。
 肩を竦めたマルコの視線の先には、何人かのクルーが広い甲板を磨いている姿がある。
 当然ながら、そこには話に出ていた新入りの姿もあった。むしろ、どのクルーよりも楽しげに、率先して甲板を磨いている。
 他のクルーが使っているのとは柄の色が違う少々新しめのモップを見やって、サッチが笑った。

「あいつ、なんか名前付けて呼んでるらしいぜ。何だっけな、モプ、モプ……」

「……思い出すな」

 いつぞやの会話を思い出してげんなりしたマルコの横で、そうか? とサッチは首を傾げる。
 その視線が甲板を磨き走るナマエと他のクルー達へ向けられて、ああそういや、と言葉を放られたマルコが傍らを見やった。

「エースがぶつぶつ言ってたぞ。マルコ、お前どうにかしとけよ」

「エースの機嫌なんておれが知るかよい」

「違う違う、ナマエの話だって」

 言い放ち、まだ甲板を磨き走っている一風変わった新入りを指差して、サッチはマルコへ言った。

「誰かさん、船降りたいんだってよ」

「…………何?」

「いつまでもお世話になってるのも悪いから安全な町に定住したいなァ、だと」

 妙な声音は、エースから又聞きした声真似か。
 僅かに怪訝な顔をしたマルコのほうへその顔を向けて、サッチが肩を竦める。

「なァ、マルコ、あいつもしかして、海賊になったつもりじゃないんじゃねェの?」

 だとしたら、ちゃんとしたところに降ろしてやるのも拾ってきたお前の役目だよな、と言い放って四番隊長が笑う。
 その顔を見やったマルコは、少しばかりその双眸を眇めて、甲板のクルー達を見やった。
 最後の一拭きが終わったらしく、それぞれがモップを担いで甲板を去っていく。
 一番最初に端までたどり着いたはずのナマエは、それを見送りながらどうしてか壁を拭き始めていた。甲板掃除は終わったというのに、まだ掃除を辞めるつもりは無いらしい。
 ナマエという名の新入りは、やはり少し変わっている。

「……オヤジが船に乗ることを認めたんだ。あいつだって、立派に白ひげ海賊団だよい。ちと変わってるけどねい」

 呆れたようにその動きを眺めてから、言い放ったマルコはふいと新入りから顔を逸らした。
 そのまま歩き出していったその背中を見送って、何だ、と呟いたサッチがその視線をもう一度壁を拭いている新入りへ向ける。

「降ろしたくねェんならそう言いやいいのに」

 どこか面白そうに呟いたサッチの視線の先で、青い柄のモップを傍らに、新入りは今日も一生懸命モビーディック号を磨き上げていた。



end

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