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 翌朝、執務室へといつものように出勤してきた俺を出迎えたのは、凍てついた室内だった。

「……さむっ!」

 どこもかしこも凍りついた室内で、思わず体を抱きしめる。
 何だ。一体何事だ。青雉の馬鹿は一体どこだ。
 きょろきょろと周囲を見回して、仮眠室のドアが開いていることを確認する。大将クラスともなると、仮眠室もついているのだ。
 青雉はあまりそちらは使わず、もっぱらソファに転がっていることが多いけど。
 そろそろと覗き込めば、予想通り青雉がベッドにごろりと横になっていた。
 仮眠室は更に寒い。まったくもって入りたくない。
 小さくため息を吐いて、とりあえずこちらへこれ以上の被害が出ないよう、扉を閉ざそうと手を伸ばす。

「ナマエ」

 けれども名前を呼ばれたので、ぴたりと動きを止めた俺は室内をもう一度見やった。
 眠っていると思っていたけど、青雉はどうやら起きていたらしい。
 ベッドに起き上がった青雉が、こいこいと手招きをするので、仕方なくそちらへ近づく。
 近寄るたびに冷気が増していく気がする。寒い。とにかく寒い。
 あまり会いたくないけど、いっそマグマ人間の赤犬を呼びたいくらいに寒い。

「クザン大将、どうしたんですか? 寝ぼけてアイスタイムでもしました?」

「してねェよ。ほら、ちょっと、こっち座んなさい」

 近づいて聞くと、青雉はそう言いながら自分の隣をぽんぽんと叩いた。
 椅子じゃだめなのか、と部屋の隅にある木作りの椅子を見やり、ああ駄目か、と納得する。しっかり凍り付いている。

「クザン大将?」

 とりあえず傍らに座って、俺は自分の上官を見上げた。
 青雉がちらりとこちらを見やって、細く長くため息を零す。氷結人間の癖に、吐いた息は白くなっていた。

「ナマエ、嘘吐かずに答えて欲しいんだけど」

「はい」

「お前、白ひげ海賊団?」

 ぽつりと寄越された問いに、俺はぴしりと固まった。
 何故、突然そんなことを言うのだろう。
 もしや、俺の素性がばれたのか。
 いや、もしかしたら、昨日マルコと再会したところを見られたのかもしれない。
 ぐるぐると頭の中で思考を回して、ぞわぞわと感じる寒気を拳を握り締める事でどうにかこらえる。
 けれども固まる俺にお構い無しに、どうなのよ、と青雉が答えを催促してきた。
 ついでに言えば更に周囲の気温が下がったような気がして、俺は慌てて口を開く。

「違うと、思ってました」

「……思って、た?」

「俺はただ、助けてもらって、しばらく船へ乗せてもらってただけなので」

 この世界へ初めて来たときのことを思い出す。
 マルコが通りかかってくれなかったら、俺は今頃人身売買されてどこかの奴隷だったに違いない。
 そうでなくてもぼこぼこにされて、もしかしたら死んでいたかもしれない。
 俺の事を助けてくれたマルコは、もはや俺のヒーローだった。

「船員になったってことでしょ?」

「でも、船長からも何も言われなかったし……それに俺、隊長から悪魔の実を強奪したんです」

 マルコもエースも他のみんなも、怖い顔で俺を見ていた。

「きっと殺されると思ったから、逃げましたし」

 マルコたちはともかくティーチにだけは見つかりたくなかったから、俺は必死で逃げたのだ。
 あの別れ方で、船へ戻っても構わないと思われているなんて、どうして思えるだろう。
 俺の言葉に、青雉がぽりぽりと頭を掻く。

「あー……つまりあれか。ボルサリーノが言ってた奴ね。誤解、解けたんだ」

「えっと……はい」

 黄猿はどうやらこの間の話を青雉にしていたらしい。
 こくりと俺が頷くと、青雉が少しだけ体をずらした。
 俺の顔をじとりと見下ろして、けだるげに言葉を落とす。

「それじゃあ、今のお前は海賊なんだ?」

 面倒くさそうな声とは裏腹に、青雉の目はぎらりと光っていた。
 いてつくような冷たさのそれを見上げて、ぞわりと背中が冷える。
 青雉が怖い。
 最初に会ったときよりも怖いその顔を見上げて、けれども俺は、目を逸らさずに頷いた。

「はい」

 だって、マルコは迎えに来てやるとまで言ってくれたのだ。
 ヒーローの言葉を否定することなんて、俺にできるはずも無い。
 俺をじっと見下ろしていた青雉は、それからもう一度ため息を零して、ひょいと立ち上がった。
 その手が俺へと伸ばされそうになって、けれどもすぐに降ろされる。

「……まあ、アレだよね。家族を殺した海軍より、海賊に傾倒するのも仕方ないっちゃあ仕方ない、か」

「え?」

「サカズキには気付かれないようにしなさいや。おれの執務室吹っ飛ばされても困るからさァ」

 面倒そうに呟いて、そのまま青雉は仮眠室を出て行ってしまった。
 それを見送る形になって、俺は軽く首を傾げる。
 何か、青雉に誤解をされている気がするのだけど、どうしてだろうか。
 よくわからないけど、そのおかげで見逃されたようなので追求はしないほうがいいだろう、という結論をつけて、俺も極寒のその場から逃げ出す事にした。

 その日の午後、氷漬けになった執務室の件で、青雉はセンゴクにものすごく怒られていた。



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