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12




 ハルタの言った通り、その日の夜は宴だった。
 モビーディックの甲板にたくさんの人が集まって、料理や酒を食べて飲んで大騒ぎしている。
 船尾の傍には白ひげも座っていて、周りをたくさんのクルーに囲まれて楽しそうだった。
 わいわい楽しそうなクルーを眺めつつ、俺はとりあえず料理を口へ運ぶ。
 今日も、出されている料理は美味しい。
 もぐもぐと口を動かしていたら、どすりと誰かが隣に座った。

「ナマエ、飲んでるかー?」

 声を掛けながら俺の肩を掴んで抱き寄せてきたのは、顔を酒で真っ赤にしたサッチだった。
 ふわんと漂った酒の匂いに、思わず眉を寄せる。
 頭から酒でも被ったのかと思うほどに酒臭い。

「サッチ隊長、酒臭い」

 唸って肘でその体を押しやると、俺の体を解放したサッチがわざとらしく顔を覆った。

「ひどい! ひどいわナマエ!」

「うるさい」

 真横で騒がれて、ため息を零す。
 さらに酷い酷いと喚かれて、もう一度何か言ってやろうと思ったら、サッチがいるのとは反対側にどすりと誰かが座った。

「ゼハハハハ! もっと言ってやれナマエ」

 声を落とされて、思わず体が硬直する。
 けれども俺の反応など気にした様子も無く、傍らの酔っ払いが俺を挟んで向こう側へ顔を向けた。

「うっわティーチお前ひどい! おれ泣いちゃう!」

「おう、いいぜ泣いてみろ。笑ってやらァ」

 俺の頭越しにそんな会話がされて、俺はとりあえず強張った体から力を抜いた。
 とりあえず、サッチとティーチの間から抜け出そうと、両手に皿を持って膝で後ろへ後退する。
 俺の動きに気付いたサッチが、どこ行くんだよーと口を尖らせながら俺の腕を掴んできたので、軽く腕を振ってそれから逃れた。

「ここにいると酒臭くなるから、向こう行く」

「え、おれそんなに臭い?」

「臭い」

「もう少しオブラートに包んでくれよナマエ……」

 聞かれたことに答えただけなのに、サッチがどうしてかしょんぼりとした。ご自慢のリーゼントまでうなだれているように見える。
 ちょっと可哀想だが、かといってここにい続けたいとも思えなかったので無視して、俺は皿と共に移動した。
 酒を飲んで騒いでいる連中の中で、まだ皿に料理が残っている辺りに移動する。
 俺と一緒に初陣を努めた新人クルー達は殆どが潰されたらしく、顔を真っ赤にして甲板に転がっていた。

「よしナマエ、お前も飲むか!」

「飲むより食べたい」

 新人を潰したらしいクルーが言いながら酒盃を持ってきたのを受け取り、そう言って皿の横に置く。
 俺の酒が飲めないってか、とわざとらしく絡んできたクルーの口に、大皿の端に乗っていたチーズの切れ端を放り込んだ。

「もが」

「酒飲むなら食べないと、駄目」

 本当は飲む前に食べたほうがいいんだろうけど、もうこのクルーはかなり酔っ払っているから仕方ない。
 俺に放り込まれたチーズを適当に噛んで飲み込んだらしいクルーは、つまんねぇと言いつつ俺の横に座った。

「別に飯なんて明日だって食えるだろ? こんなに騒いで酒を飲めるのは宴のときだけなんだぜ!」

「今日のご飯は、今日だけ」

 答えつつ、俺はからあげらしき塊を口に入れた。やっぱり美味しい。
 マルコと一緒にいたあの島では調理器具も無かったから、こうしてちゃんとした料理を食べられるようになったのは実に約一年ぶりだ。
 別に魚や果物だけが嫌だったわけじゃないけど、美味しい食べ物を食べられるのは幸せなことだった。
 俺の言葉に、ふーん、とどうでもよさそうに声を漏らしたクルーが、もう一個食べようとからあげを刺した俺のフォークに横から噛み付く。

「あ」

「ん、うめェ」

 まだ山盛りあるのに、フォークを使うのを面倒くさがるな。
 そんなことを思ってそちらを見やったところで、俺の横に座っているからあげ泥棒を誰かが呼んだ。
 返事をしたそいつは、酒を片手に立ち上がって、呼ばれたほうへと歩いていく。
 何となくそれを視線で追いかけた俺は、クルーを手招きしているのが隊長格が何人か混ざっている塊なことに気がついた。さっき声を掛けたのはイゾウだったようだ。そのとなりにマルコが座っている。
 何だかマルコの機嫌が良くない気がするけど、どうしたんだろう。
 少し考えても分からず、今日は戦闘があったから気が立ってるんだろうか、なんて思いながら、俺はとりあえず食事へ戻ることにした。
 手と口を動かしながら、少しばかり周りを観察してみると、さっきまで俺が座っていた辺りで、まだサッチが騒いでいた。
 さっき少ししょんぼりとさせてしまったから気になっていたが、もう気にした様子はなさそうだ。さすが酔っ払いだ。
 大きく笑って酒を瓶で煽ろうとしたサッチの手が止まったのは、どうやら中身が空っぽだったかららしい。

「あ、ラクヨウ、その瓶くれー」

「ん? おう、いいぜ。ほらよ」

 大きな声でサッチが言うと、斜め向かい辺りに座っていたらしいラクヨウが、サッチに言われるがままに近くにあった酒瓶を放った。
 飛んできたそれを難なく受け取って、サッチがそれを煽る。
 そしてすぐさま噴出して、げほげほと咳き込んだ。

「何だこれ! 酒じゃねェのかよ!」

「ゼハハハハ! ラベルに騙されてやがる!」

「ラベルにこう書いてたら酒だと思うだろ! 誰だァ中身をわざわざスープにしたのは!」

 となりで大笑いをしているティーチに言ってから、サッチが怒鳴っている。
 背中しか見えないが、どうやら睨みを利かせているらしい。
 睨まれたクルーや隊長格の何人かが笑いながら首を横に振って、じゃあ誰だァ! と更にサッチが声を上げたところで、白ひげの近くにいたハルタがぴょんと立ち上がった。

「あ、引っかかったのサッチ?」

 なんとも楽しそうな顔をして、酒を片手にけらけらと笑っている。
 様子から見て、確実に犯人はハルタだ。俺が分かったくらいだから、酔っ払ってはいてもサッチにだって分かったらしく、がたりとサッチが立ち上がった。

「ハルタ、お前かァ!」

「わァ助けてオヤジ、サッチ隊長がいじめる!」

 声を上げて向かってきたサッチに、大して怖がった様子も無くわざとらしい悲鳴を上げたハルタが、すぐ近くにいた白ひげへぴたりと飛びつく。
 クルー達のふざけあう様子に、白ひげがグラララと楽しそうに笑っていた。
 一連の騒ぎを端から眺めていた俺は、ふと思いついて食事の手を止めた。
 ぱちぱちと瞬きをして、少しだけ頭の中で計算をしてみる。
 あとどのくらいで、エースが白ひげ海賊団に入団するのかは分からない。
 ただ分かるのは、サッチが悪魔の実を手に入れてティーチに殺されるのはもう少し先で、その時に俺が何もできなければ、マルコが悲しむような事態が起こってしまうだろうという事実だけだった。
 でも、それなら、前倒しにしてしまったらどうだろうか。

「形は似てる。問題は、色」

 頭の中に思い浮かべた『戦利品』をそう評価して、俺はそっとフォークを降ろす。
 絵の具でも塗ればいいんだろうか。匂いの少ない塗料でもあれば、十分役割は果たしてくれそうだ。
 ベリーはまだ、貰った分が残ってる。次の島へたどり着いたら、探してみればいい。
 悪魔の実の図鑑が伝えるのは、その能力と形までだ。
 ティーチだって、実物を見たことは無いはず。だから、図鑑に似せてしまえば、気付かれる確率は低いだろう。
 幸い、俺の手元には形だけはヤミヤミの実にそっくりな悪魔の実がある。
 だから、ティーチを騙してしまえばいい。
 サッチの代わりにヤミヤミの実の発見者になって、ティーチにそれを知られて攻撃させて、ティーチをこの船から追い出す。
 思い付いたそれは、なんだか素晴らしい作戦のように感じられた。

「…………ん」

 こくり、小さく頷いて、俺は息を吐いた。
 もしも俺がサッチの役割をするのなら、もう少し強くなってからがいい。
 サッチがどうやって殺されたのかを俺は知らないから、どこを攻撃されそうか判断することが出来ないのだ。
 だからできる限り備えて、でもエースが白ひげへ来るよりは早く、ことを起こしてしまったほうがいい。
 俺は一応、この船では新人クルーの扱いだ。
 日は浅くても、家族の扱いを受けているのだとすれば、それを殺そうとしたティーチは追放されるだろう。
 ティーチがここへ残らなければ、それでいい。
 そうしたら、サッチは殺されないしエースは捕まらないし、白ひげは死なない。
 マルコが悲しい思いをすることも、きっと無い。
 自分が望む未来を掴む方法を見出せて、良かった、と口元を緩めてから、俺はとりあえず、明日のためにもしっかり食べることにした。





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