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マルコと一緒に過ごし始めて、20日が経った。
マルコは相変わらず丘の上で海を見張っているが、俺について歩く時間も増えた。
それは朝起きて食料を集めに行くときだったり、食事をしてから海岸を見に行く俺に付き合ったりだったりで様々だ。
どういう心境の変化なのかはわからなかったけど、マルコと話す機会が増えるのは嬉しいことだったから、俺はあまり構わなかった。
いつかはマルコも居なくなるのだ。今のうちにたくさん話しておかないと、次に誰かと会話できるのはいつになるかも分からない。
「ナマエ、これは何だよい?」
そうして今日のマルコは、俺と一緒に海岸を歩いていた。
何度か一緒に歩いているが、今日はじめて気付いたらしいマルコの指が差しているのは、海岸よりも密林側にある土の山だった。
こんもりと盛られたそれを不思議そうに見やるマルコに、俺は答える。
「墓」
「墓? 誰の」
「さァ?」
聞かれても、俺は流れ着いた死体の名前なんて知らないんだから答えられない。
首を傾げた俺を前に、マルコも首を傾げた。
それを見上げながら、口を動かす。
「もしマルコが死んでたら、あの隣に埋める予定だった」
「……ああ、流れ着いた死体の墓っつーことかい」
俺の言葉にマルコが呟いて、それを聞いた俺は何を今更と思いながら頷いた。
言わなけりゃわかんねぇだろい、と呟かれて、どうやらまたもマルコは俺の思考を読んだらしい、と理解する。
「たまに思うけど、マルコ、エスパー?」
「えすぱーって何だよい」
人の心を読むくせに、マルコはエスパーを知らないらしい。
そういえば、ワンピースにはそういう能力は無かったか。
似たのはあった気がするけど、アレは確か思考を読むものじゃなかった。
なんていう名前だっけ。確か。
「見聞色?」
「ん? 何だ、覇気は知ってんのかい」
呟いた俺の声を聞いて、マルコが笑った。
名前だけ知ってる、とそれに答えながらマルコを見上げると、笑ったままのマルコが言葉を紡ぐ。
「言っとくが、ナマエが分かりやすいだけで、覇気を使ってるわけじゃねェよい」
どうやら、俺が何を気にしているのかもバレバレだったらしい。
そんなに分かりやすいだろうか。
表情はあまり動かない人間だと思っていたんだけど。
顔に手を当ててみても、そこにある表情はいつもの物と変わりないように感じる。
戸惑った俺のほうへマルコが両手を伸ばして、その片手が俺の頭を撫でた。
まるで子ども扱いだけど、いちいち拒むことでもないので好きにさせつつ、俺はくるりとマルコに背中を向ける。
「次、西」
「わかったよい」
俺の言葉に返事をして、マルコが俺の後を追いかけてくる足音が聞こえ始めた。
それを聞きながら、俺も足を動かして、砂浜を踏みつける。
ざく、ざくと砂をふみながら、何だか変な感じがするなァ、と俺はぼんやり考えた。
俺が漫画でしか見たことのない単語を、マルコは知っている。
この世界はやっぱりワンピースの世界で、俺の世界じゃない。
だとすれば、やっぱり俺は帰りたかった。
ここは俺の世界じゃない。
だからいつかはちゃんと自分の世界に帰って、いつものように生活をするのだ。
誰もいないあの場所で。
「……マルコ」
「どうかしたかい?」
何となく名前を呼ぶと、後ろからすぐに返事が返ってきた。
ちらりと見やれば、両手を拘束されたままのマルコが、軽く首を傾げて俺を見ている。
たった20日しか一緒にいないのに、ずいぶんと見慣れてしまったその顔を見やり、俺は少しばかり口元を緩めた。
多分笑顔になってるだろうなと思いながら、なんでもない、と言葉を零す。
俺の言葉に、マルコは怪訝そうな顔をした。
探るように寄越された視線から顔を逸らして、俺はまた前方を見やる。
この島へ来て、もう300日以上が過ぎた。
文明なんて無いに等しいこの島での生活は大変だけど、それでも最近は楽しんでいる気がする。
それはきっと、マルコが近くにいるからだ。
マルコと一緒にいる間だけは、元の世界へ帰れなくて構わないかもしれないと、俺はこの島へ来て初めて、そう思った。
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