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 それから、俺はマルコと一緒に暮らし始めることにした。
 何せ、マルコは海楼石を付けられた能力者な上、両手を拘束されているのだ。
 食料調達も大変だろうし、せっかく同じ島に話を出来る人間が居ると言うのに、逃すわけがない。
 島の中央には他より少し高く海を全方位見渡せるような丘があったので、マルコをそこへ連れて行って、俺の根城もそこへ移した。
 それから、もう10日以上も経つ。
 大分俺の口も動くようになって、最初の頃みたいに舌をもつれさせることも少なくなった。
 マルコは毎日丘から海を眺めて、時々狼煙を上げながら、昼間は大体座ったり歩いたり走ったりしている。
 海楼石の所為で時々へろへろしているが、俺よりはずいぶんたくましい動きだった。
 体を鈍らせないようにだというその言葉に、俺はワンピースのゾロを思い出した。
 どうやらこの世界はワンピースの世界らしいが、少し聞いてみたところ、マルコはルフィもゾロも知らなかった。
 マルコが世間知らずで新聞なんて読まない類の人間だとは思えないから、もしかすると、俺が知っているワンピースより、この世界は過去なのかもしれない。
 まぁ、元の世界に戻るつもりの俺にとってはどうでもいい話だ。

「マルコ」

 魚と果物を適当に入れた雑な籠を両手で抱えて戻ると、本日の鍛錬らしい腕立てっぽい行動を行っていたマルコが、それを止めて座りながら、今日も大漁だねいと眼を細めた。
 その目の前に魚を落として、うん、と頷く。
 マルコはよく食べるから、俺一人だったら明日の昼くらいまでは食べてるだろうこの量でも、今の一回で終了だ。
 この島へ来て一週間目くらいに拾ったナイフを渡すと、マルコがさくさくと魚をさばき始める。
 両手を拘束されているくせに、この島でサバイバル生活を長くやってきた俺より手際のいいマルコは、多分、こういうことにも慣れているんだろう。
 大きな木の実の皮を寄せ集めて作った器に落とされた魚の内臓その他は、後で海に撒きにいく予定だ。
 そうすれば、明日にはまた寄せられた魚が捕まえられる。
 マルコが魚をさばいている間に小さな火を大きくした俺は、手際よく食べやすくされた魚を細くした木の枝でぐにゃりと曲げながら刺して、それをそのまま火に寄せて立てた。
 何本も何本も立てたが、立て切れなかった魚は他が焼けてからの追加待ちということで、漱いできた大きな葉の上に置いておく。
 マルコが魚をさばき終えたので、汲んでおいた水を差し出すと、マルコがナイフと手を簡単に洗い流した。
 それから、魚が焼けるまでの間、二人並んで果物を食べる事にする。
 今日の果物は、ピンクのバナナみたいな奴だ。皮をむいたら緑なのがまた異様だが、味はバナナなのでこの際見なかったことにする。

「……ナマエは、色々知ってるねい」

 もぐもぐ口を動かす俺の横で、俺をちらりと見てから同じように果物を口へ運んだマルコが、そんな事を言った。
 何の話だろうと思って見やれば、こんな果物が食用だなんて思わねぇだろい、とマルコが笑う。
 どうやら、ピンクで緑なこのバナナもどきは、マルコにとっても異様だったらしい。
 もぐもぐと口を動かして、口の中身を飲み込んでから、俺は答えた。

「お腹が空いたら、目の前にあった」

「……ん?」

「食べたら、大丈夫だった」

 とりあえず、最近マルコのところに持ってくるのは、今まで食べて平気だった果物だけにしている。
 俺の言葉に眼を瞬かせてから、マルコは眉を寄せた。

「……毒があるとか考えなかったのかよい」

「ありそうだな、と思ったのは食べないから」

 俺がこの見たことも無い植物で溢れる島で暮らし始めてから、まず最初に決めたルールだった。
 いつ帰れるのか、ちゃんと帰れるのかも分からない毎日を過ごすのだ。
 死のうなんて思わない。
 死にたくなんてない。
 だから、食べられそうだと思ったものは食べることにした。
 それで万が一食べたものに毒があったなら、それはつまり俺はその毒に当たる運命だったってことだ。
 もしそれで死んでしまったら、それまでのこと。
 図鑑もなく相談する相手もいないここでは、そうとでも思わないと食べ物の開拓ができなかったんだから仕方ない。
 俺の回答に、マルコは少しばかり呆れた顔をした。

「よく今まで生きてたねい」

「ん」

 すごいだろうと頷くと、言ってもいないのに感じ取ったらしいマルコに、何威張ってんだよいとさらに呆れた顔をされた。酷いと思う。
 そのまま、持ってきたバナナっぽい果物を食べ終えて、焼けた魚を食べる。
 俺が一匹を食べる間に三匹を食べるマルコによって、まだ焼かれていなかった魚達も焼かれ、俺達はそのまま食事を終了させた。
 食べ終わった後の魚の骨や屑は、さっきマルコが魚をさばいたときの残りと一緒にしておく。
 もう夕方だ。
 後でこれを撒きに行ったら、今日はもうここでぼんやりしていようか。
 そんなことを思いつつ、俺は周囲を見回した。
 夕日のオレンジに照らされた見渡す限りの大海原には、今日も船影の一つすらない。

「マルコ」

「何だよい?」

 呼びかけると、食べ終わって食休みをしているマルコが、転がったままで俺を見やった。
 食べてすぐ寝たら豚になるぞ。いや、そうやってつけた脂肪を全部筋肉に変えるのか。策士かお前。

「船、来なかった?」

「ああ……今日も一隻も見なかったねい」

 言い放ったマルコに、そ、と頷いた。
 やっぱり、マルコの救助はなかなか来ないようだ。
 俺は視線をマルコへ向けて、そのままマルコの両手を拘束している海楼石の手錠へ向けた。
 俺にピッキングの技術があったら外してやれたかもしれないが、あいにく俺にそっちの才能は無かったようだ。
 鍵穴が汚れているのは、一昨日、さびかけた針金を入手した俺が、それを突っ込んでむちゃくちゃしたからだったりする。頑張る俺を前に、マルコは失礼にも笑っていた。

「船が来たら、ナマエも乗るかい」

 言われて眼を向けると、寝転んだマルコが俺をまっすぐ見上げていた。
 寄越された台詞の意味を考えて、俺は首を横に振る。

「俺は島にいる」

 俺の返事に、マルコが少しばかり目を見開いた。

「……なんでだよい? 帰りたく、ねェのかい」

「帰りたいから、ここにいる」

 マルコへそう言い放ち、俺は手を自分が座り込んでいる大地に乗せた。
 この島は、俺のいた世界と繋がっているのだ。
 だからあの世界に帰るためには、ここにいなくちゃならない。
 ずっとずっと帰りたいと思ってきたのだ。
 いつもの木に刻んだ傷は、もう300を越えてしまった。
 まだ、帰る兆しすらない。
 帰れるのかも分からない。
 けれども俺は、あの世界に帰るのだ。
 俺の言葉に、よくわからねえよい、とマルコが唸った。
 俺が異世界人だとマルコに教えた覚えはないから、そうだよな、と俺は頷く。
 だって、異世界の話なんてされたら、俺だったらまず真っ先に正気を疑う。
 せっかく話せる相手が出来たのに、気が違ってるとは思われたくなかったから、俺はマルコにそれを言わなかった。

「ここにいたら、ナマエは自分の居場所に帰れるのかよい」

「…………多分」

「……絶対じゃねェのかい」

 問われた言葉にもう一度頷くと、のんびりした奴だねい、と呆れたように唸って、マルコの眼が俺から逸らされる。
 それを見送って、俺ももう一度、海を見やった。
 大きな何かが跳ねて海に映った夕日を乱していくのが、遠目にも分かる。あれはやっぱり海王類だろうか。

「…………誰か、待ってる奴がいるのかよい」

 隣からそう聞かれて、俺は少し考えた。
 俺を待っている人。
 心当たりを思い浮かべようとしたけれども、誰の顔も出てこなかった。
 工場は忙しくて誰かと友好を深める余裕すらなかったし、家とコンビニとスーパーと工場を行き来するだけの生活で、誰かに出会うわけもない。
 これだけ長い間無断欠勤をしているのだから、工場の方だって別の誰かを雇ってるだろう。
 小学校中学校といじめられて、高校では空気になることを選んでひたすら過ごしたから、卒業と同時に友達と呼べた奴らとも疎遠になった。
 母親にすら捨てられて、施設を飛び出した俺には、家族すらいない。
 何だか、今更気付いた事実だった。
 そうか。
 あの世界へ帰っても、俺には誰もいないのか。

「ナマエ?」

 返事をしなかった俺を、マルコが呼ぶ。
 海を眺めたまま、その呼びかけに返事をするように、俺は口を動かした。

「……マルコは、はやく帰れるといいな」

 マルコの話を聞く限り、マルコの船にはたくさんの船員がいるらしい。
 家族みたいなものだと言っていたし、きっとマルコのことを心配してるんだろう。
 そう思って紡いだ俺の言葉に、しばらく黙り込んだマルコは、そうだねい、と小さく呟いた。




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