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まさか生きているとは思わなかった。
波打ち際で倒れていた犯罪者さんは、まだ気絶している。
とりあえず、海水の掛からないあたりまで引きずって運ぶことにした。
濡れた体を乾かしてやろうと日当たりのいい辺りにその体を残してから、俺は水と果物を持ってその場へ戻った。
まだ起きていないそいつの横に置きつつ、しげしげと眺める。
何となく、どこかで見たことがあるような気がした。
けれども、この島が存在する明らかに地球じゃないこの世界に、見たことのある顔なんてあるはずがない。
誰かに似ているんだろうか。
でも、知り合いに金髪のモヒカン男なんていた覚えはない。
母親の『彼氏』にいただろうか。いや、母親は金髪より茶髪が好きだった、気がする。
それに、この顔はどう見ても外国人だ。まあこの世界で言えば俺が異世界人だが、とにかく、日本の人間じゃない事は分かる。
ううん、と悩みつつ首を傾げた俺の前で、ごほ、ごほと急に犯罪者さんが咳き込み始めた。
その手が、手錠を忘れたかのように動いて石造りのそれをがちりと鳴らし、そうしてゆっくりとその眼が開かれる。
覗いたその瞳を見て、綺麗な色をしてるなとぼんやり思った。
「…………んだよい」
とてもだるそうな声がその口から漏れて、俺は目を丸くした。
今この犯罪者さんがしゃべったのは、どう聞いても日本語だ。
この世界では、日本語が共通語なのか。
時々流れ着く物には全部英語が書かれていたから、通じるとしても英語だと思っていた。
戸惑う俺を気にした様子もなく、犯罪者さんはゆっくりと周囲を見回して、それから自分の両手に嵌められた手錠を見て、それから自分が浜から引きずられた後を見た。
そうしてもう一度その眼を俺へ向けて、その口で言葉を零す。
「……お前ェが、助けてくれたのかよい?」
先ほどより少し力の入った声で言われて、俺は首を傾げた。
助けたと言われても、俺はただ波打ち際からここまで引きずってきただけだ。
むしろこの犯罪者さんが死んでいたら下着はともかく身包み剥いでしまうつもりだったのだから、そんな相手に助けたなんて言ってはいけないだろう。
俺の動きを見て、おれをここまで運んだろい、と犯罪者さんが言う。
この『よい』とか『ろい』とかは口癖なんだろうか。変な口癖だ。
そんな少し失礼なことを考えつつ頷くと、犯罪者さんの手ががちゃりと両手にはまっている手錠を鳴らして見せた。
「これは海楼石だ。おれは能力者なんだよい。……海から引き上げてくれて、助かったよい」
かいろうせき。
耳には慣れていないのに、俺はそれを知っている気がする。
果たしてそれは何処だったのか。
それにしても、能力者だなんて、現代日本で使ったらまず間違いなく笑われそうな単語だ。
けれども犯罪者さんは真剣な表情だったので、冗談ではないのだろうな、と俺は思った。
犯罪者さんが俺を見て、少しばかり眉を寄せる。
「……もしかして、しゃべれねェのかい?」
小さく問われて、俺はきょとんと眼を丸くした。
それから、そういえばさっきから一回も声を出して答えていないと気付き、慌てて首を横に振る。
「……ぁ、……っ?」
そうして口を開いて言葉を紡ごうとして、うまく言葉が出てこないことに気がついた。
かすれたような声が、しゅらり、と喉を擦って、それ以上でない。
喉に手を当てて、何度か声を出す努力をしながら、しまった、と眉を寄せる。
ここへ来てもうすぐ300日。
そういえばほとんど話すこともなかった俺の喉は、ついうっかり、言葉の出し方を忘れてしまっているようだった。
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