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 物心ついた時には親父がいなかった。
 母親は水商売をやっていて、何人か男を連れて帰ってくる時もあったけど、それはどれも俺の父親じゃなかった。
 男達にも母親にも俺は邪魔だったから、誰か男が来るたび俺は押入れに放り込まれるかベランダに追い出されるかしてた。
 押入れには懐中電灯があって、それをつけて一緒に放り込まれた絵本を読んでいたら良かったから、俺は押入れのほうが好きだった。
 けど、雪が降るような寒い日によりにもよってベランダに放り出されて、その日、俺は他の大人の『好意』で保護された。
 そうして警察に連れて行かれて、そのまま施設に引き渡された。
 一度だけ会った母親は、俺のことをもう要らないと言ったから、俺はそのまま施設で育つ事になった。
 あんな寒い日にベランダでじっとしてたのは後で母親と一緒にいられるからだったのに、結局俺は母親から捨てられたのだ。
 母親が、捨てるのも分別が面倒だからと寄越してきた俺の玩具は、施設に入ってすぐにそこにいた連中に取られた。
 施設育ちだってことで学校でもいじめられたし、何だか施設の『きょうだい』や『せんせい』にも馴染めなくて、はやくこんなところは出て行きたいと、ずっとそんな風に思ってた。
 いじめられながら中学を卒業して、空気のようになれるよう努力しながら高校を出て、そのまま就職して、馬鹿みたいに忙しい工場でばたばたと働いて。
 工場とコンビニとスーパーと家以外を歩くなんてこともなく、毎日毎日毎日毎日。
 休みの日の楽しみはコンビニで見かけて買った漫画や本くらいで、テレビも無い部屋には適当に買って読んでいる本の類が乱雑に積まれていた。
 薄暗い場所で湿った紙のにおいに包まれているのが好きだった。
 でかい地震がきたら片付けるのが面倒だななんて、そんなことを思ったのを覚えてる。


 そして現在、俺の手は、がりがりと木の肌に一本の線を刻んでいた。

「…………」

 終わったらすぐに、無言で木の肌に記した今までの傷を数える。
 296の数を確認して、ふぅ、と小さくため息を吐いた。
 296。
 それは、俺がここにいる日数と同じ数だった。
 ちらりと視線を動かした先にあるのは、深い緑色の葉を豊かに茂らせた木々で作られた森だ。
 吹いた風にざわざわと音を立てるその向こうで、まがまがしい鳥の鳴き声がぎゃわぎゃわと響いている。
 さて、今日もまずは食事の調達だ。
 もう一度口から息を吐いて、俺は無人島生活296日目を始めることにした。




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