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過去話
日記より転載風味※サッチ視点



 もう、ずいぶんと昔の話だ。
 マルコはある日突然いなくなった。
 それはちょうど小さな島に辿り着いた時で、マルコと並んで昼寝をしていたはずのおれを起こした隊長に言われて探して初めて、マルコがいないということをおれは理解したのだ。
 ずっと一緒にいたはずなのに、起こされる二時間くらい前までは確実に一緒にいたはずなのに、マルコは船のどこにもいなかった。
 海へ落ちたのだったらどうしよう。
 マルコは能力者で、海に嫌われている。
 あいつは泳げないのに。
 不安で不安でどうしようもなく、泣きそうになりながらマルコを探して駆け回ったのを覚えている。
 他の船員も同じようにあちこちを駆け回って、その日上陸した島も探し回った。
 けど、どこにもいなかった。
 どうしてマルコがいないのか、どこにいったのか。その足取りすらつかめなかった。
 おれが覚えている限り、隊長たちはとてつもなく疲れた顔をしていたし、オヤジはものすごくぴりぴりしていた。
 自分で船を降りると決められる年齢だったならともかく、マルコはまだあの頃のおれと同じで四歳だったんだから当然だ。
 マルコは自分の意思で船を降りるようなことはない。
 何かに巻き込まれたんだ、というのが隊長達や他のクルーの意見で、おれもそれに賛同した。
 最後まで一緒にいたはずなのに、マルコがどこに居るのかも分からない自分がすごく情けなかった。
 そうして、近隣の無人島や上陸した島を隅から隅まで丹念に探して、それでも見つからなくて、ログが溜まってしまって、次なる島へ向かうべきかをオヤジが決めなくてはいけない、となったときの事だ。
 マルコはひょっこり帰ってきた。
 いつもならマルコと二人で眠る団体部屋の隅っこで、一人で毛布を被って寝ていたおれの上に、どさりと落ちてきたのだ。
 痛くて苦しくてびっくりして、目を開けたおれはさらにびっくりした。
 だっておれの上にはあれだけ探してもいなかったマルコがいて、どうしてか上等な服を着ていて、そしてぼろぼろと泣いているのだ。
 おれが知らない、誰かの名前を呼んでいた。
 すぐそばに落ちてきた見たことも無いコップを拾い上げて、それを見つめて、何度も何度もそいつの名前を呼んでいた。
 どこに隠れていたのかと聞いてもふざけた答えしかくれなかったマルコを、どうにかオヤジの所に連れていこうと団体部屋から引きずりだしたのはおれだ。そこからオヤジの部屋までは、騒ぎを聞いて来たらしい隊長が抱き上げて連れてった。
 結局、マルコがどこにいたのか、おれは教えてもらっていない。
 何人か聞いても分からないと言われたから、クルーのほとんどはそれを知らないのかも知れない。隊長は教えてくれなかった。
 マルコ自身に聞いてもオヤジと約束したから内緒なのだと言われるだけで、オヤジに聞いても笑ってごまかされるだけで。
 あんまりにもマルコが突拍子もなく出てきたもんだから、おれは正直、マルコは違う世界にでも行っていたんじゃないかと疑っていた。
 だってあんなコップも見たことが無かったし、マルコは服ですら上等なものに変わっていた。
 きっとマルコは別の世界に行って、あのおれが知らない名前の誰かと一緒に居たんだろう。
 マルコはよくそいつのことを口に出すようになった。
 黒い髪で、黒っぽい目で、背が高くて、力持ちで、親父くらいじゃないけど手が大きくて、頭を撫でられると気持ちよくて、作ってくれるご飯が美味しくて、将来はマルコの嫁で、物知りで、あんまり笑わないけど優しい。
 マルコが時々言ってくるそいつの情報を要約するとこうだった。
 該当者にまったく心当たりがない。
 大きくなるに連れて口にすることが少なくなったそれに、一部のクルーは小さな子供がよくやるごっこ遊びの範疇だと片付けたようだった。
 同い年のおれにしてみれば、そんなことはありえない。
 マルコはおれと『オヤジと海軍』ごっこすらやってくれない奴だったんだから当然だ。
 実戦に出るようになって、酒を飲むようになってから、おれはよく酔っ払ったマルコにそいつの話をされた。酔うとたがが外れるらしく、おれは顔も見たことの無いそいつのことにずいぶん詳しくなった。
 それは全面的にマルコの主観によるものだとは思うが、他に情報源なんてないので、おれの中のそいつのイメージはマルコが語ったもので象られた。
 魔性のオムライスを再現してみたくて、四番隊に入って隊長から教えを請いつつ何度か作ってみたが、マルコから『これだ』と言われた事はまだ無い。
 一度でいいからそいつに会ってみたいと、おれはずっと思っていた。
 異世界にどうやって行くのかなんて分からない。
 けれどそれでも一度でいいから、会ってみたかった。
 会ったらとっつかまえて、長い間そいつの事を忘れもせず語っては時々あの小さいコップを眺めているマルコにくれてやろうと、ずっと、そう思っていたのだ。





「これからよろしくな、サッチ」

 目の前に立ってそう言った男が、ひょいと手を出してくる。
 それを見つめてから、にんまり笑ったおれはその手をがしりと掴んだ。
 マルコが言うほど大きくない掌を握り締めて、その顔をじっと見る。
 おれの視線を受けても、その目は逸らされなかった。
 こいつがマルコの言っていた奴だと、おれは気付けなかった。
 二日も酒場に通っていて、その酒場の店員がこいつだったのに、何だかものすごく間抜けな気分だ。
 結局こいつを見つけてきたのはマルコだった。
 今まで見たこと無いくらい嬉しそうな顔でおれを部屋から追い出したマルコを思い出し、ほんの少し苦笑いする。
 いつか、おれが見つけてやろうと思っていたのに。

「……よろしくな、ナマエ」

 言いながら引き寄せた男の肩を軽く叩くと、不思議そうな顔をした男は、それでももう一度、『よろしく』と呟いた。


end

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