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「マルコが不機嫌なんだが、どうしたらいいと思う」

 騒ぎ疲れて眠ってしまった『子供』を抱えつつ、食堂の椅子に座って、俺は目の前のサッチへそう尋ねた。
 先ほどまで俺のこの子供に対する教育方針について物申していたサッチが、は? と不思議そうに声を漏らす。

「『マルコ』が? どう見ても上機嫌だったじゃねェか」

 言い放ったサッチが見つめているのは、『リリカモドキ』が化けた子供の『マルコ』だ。
 そうじゃないと首を横に振ると、やや置いてから思い至ったらしいサッチの口からは、あー、と小さく声が漏れた。

「…………大きい方か」

「ああ」

 言われた言葉に頷けば、なるほどね、と顎を撫でつつ、サッチの手が先ほど淹れたコーヒーを口へ運ぶ。
 マルコはサッチとも仲が良いようだし、俺を避けているときでもサッチのことは拒否していなかったから、もしかしたらサッチなら何か思い当たる節があるのではないだろうか。
 そう思っての俺の問いかけに、サッチがぽつりと答えた。

「そりゃお前、付き合ってる相手に子供扱いされてたら面白くねェんじゃねェの」

「……は?」

 そうして寄越されたその回答に、思わず間抜けな声が漏れた。
 俺のそれを聞いて、え? とサッチも不思議そうな声を出す。
 とても不思議そうにぱちぱちと瞬くその双眸を見据えて、俺は答えた。

「付き合っていないぞ」

 むしろ、どうしてその回答が出てきたのだろうか。
 俺はともかく、マルコが男をそういった風に見ていないことなんて、はたから見ていればよく分かる。
 俺の問いかけに、そうなのか? とサッチが首を傾げると、ついでのようにそのリーゼントが揺れた。

「え、だってお前、あれだけマルコのことを大事にしてるじゃねェか。マルコも、ナマエにべったりだしよ」

「……それは、ただ単に懐いてるだけだろう。この『マルコ』みたいに」

 言われた言葉にそう言い返しながら、眠っているのに俺の服をぎゅうぎゅうと掴んでいる子供を示す。

「あれは、小さい頃の延長線上のものだと思う」

 たった一週間程度しか一緒にいなかったのに、マルコは随分と俺に懐いてくれていた。
 その記憶を持っているこの『マルコ』もそうだが、大人になったマルコも、俺への懐き方はあまり変わらない。
 そうなると俺の相手への対応も変わらないので、ならば確かに俺は、マルコを子供扱いしていたのかもしれない。
 けれどもそれは、マルコが俺へそうせざるを得ない行動を寄越していたからだ。
 そこまで考えてみてから、なるほど、と妙な納得をした。
 俺に飛びつきに来なくなったのは、恐らくそのせいだ。

「……小さい頃の記憶がなくなったら、俺に飛びつきにこなくなったのが証拠だ」

 今思い至ったばかりのそれをサッチへ告げれば、ああ、と納得したような声をサッチが漏らす。
 その手がコーヒーの入ったカップをテーブルへ置いて、なるほどなァ、と呟いたサッチの目が申し訳なさそうに俺を見た。

「他の誰かも、そんな誤解をしているのか?」

 もしもそうなら誤解は解いておかないと、あらぬ噂を立てられたらマルコが困るだろう。
 俺の言葉に、いや、とサッチが首を横に振る。

「他の奴らは、お前の言う通りマルコが懐いてるだけだと思ってると思うぜ。何せ、お前はマルコの『ナマエ』だからな」

「……本当に、マルコは一体どういう話をしていたんだ」

 クルーの大体が俺の名前を知っていた、この船にクルーとして迎えられたあの日を思い浮かべて呟いた俺に、まあ気にすんなよ、とサッチが笑った。
 それから両手がぽんと合わせられて、軽く頭が下げられる。

「ほんと悪かった。イヤだったか?」

「いや……マルコが、誤解で変な噂を立てられたら困るだろうから」

「お前も困るだろ」

 寄越された謝罪に返事をすると、顔を上げたサッチが首を傾げる。
 俺は別に、とそれへ答えれば、おおらかだなお前、言われた。
 別におおらかなんてこともない。
 だって、変な噂が立ったって、それは『誤解』で流れるものじゃないのだ。
 俺がどういう奴かも知らないサッチは、俺を見やって笑っていたので、俺も同じように笑っておいた。




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