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19


 昨日と同じように帽子をかぶらせて、俺とマルコと子供は三人でモビーディック号を降りて港市場から町中へと入った。
 きょろきょろと興味深そうに周囲を見回した子供が、はっと何かに気付いて俺を振り返る。

「ナマエ、あれ、あれなによい?」

「ん? ああ……」

 言われて指差された方向を見やれば、何やら食べ物を置いている屋台があった。
 どうやら食べ物らしいが、看板に書かれている文字を見てもそれが何なのかは分からない。

「なんだろうな……食べてみるか?」

「よい!」

 尋ねたら大きく頷いたので、俺はマルコに子供を託し、屋台へと直行した。
 どうやら何かの飴細工らしいそれを二つ買って、ついでに飲み物も買ってから戻る。
 さっきと同じ場所で待っていたマルコは、どうしてかその片手で『マルコ』の首根っこを捕まえて宙吊りにしていた。

「どうしたんだ?」

 尋ねながら、買ってきたもののうちの片方を子供に差し出す。
 ありがとよい! と笑顔を浮かべた子供を下へと降ろしてから、マルコがため息を吐いた。

「…………ナマエ、昨日も思ったんだが、ちっと甘やかしすぎじゃねェかよい」

「? そうか?」

 言われた言葉に首を傾げつつ、買ってきたもう片方をマルコへ差し出す。
 そうだよい、とそれへ頷いて、マルコはそれを受け取った。
 そしてそのまま一口なめるより早く、じろりと下を睨み付けて手を動かす。
 他の屋台へ向けて走って行こうとした子供が、伸ばされたマルコの手によって捕まった。
 ぐいともう一度引き寄せられて、やあよい、と『マルコ』が暴れている。

「こら、お前もうろちょろするない。迷子になったらどうするつもりだよい」

「まいごになんかならないよい!」

 言われた子供が、飴細工を片手に頬を膨らませた。
 俺は追いかけて行けばいいかと思って自由にさせていたのだが、マルコとしては気に入らないらしい。
 言ってるうちに迷ってるに決まってんだろい、と『マルコ』へ向けて言い放ち、マルコが子供の頭を掴んだままで尋ねる。

「それとも、置いて行かれてもいいってかよい」

「……やあよい!」

 脅し文句は効果覿面だったらしく、慌てた様子で子供がマルコの足にしがみ付いた。
 先ほど少し舐めた飴細工がマルコの服にくっつきそうになったので、その手を少しばかり捕まえてやめさせておく。
 手に触れた俺に気付いて顔を上げた子供が、口を尖らせて言葉を紡いだ。

「ナマエ、ナマエもまいごだめよい!」

「ああ、わかった。気を付けよう」

 一度たりとも迷子になったことはないのだが、寄越された言葉にはこくりと頷いて応えておく。
 俺の反応を見やってから、どうしてかマルコがまたもため息を零した。







 町の外れまで歩くことにした俺達は、そのまま町の外にある森の近くへ足を運んでいた。

「きれーよい……!」

 背の高い木々に囲まれた一角にある開けた場所で、子供がそんな風に歓声を上げる。
 吹く風に合わせてちらちらと揺れている花達には見覚えがあって、なるほど、と小さく頷いた。

「ここが『リリカモドキ』の群生地か」

 図鑑で見たのと同じ花が、太陽の日差しを浴びて幸せそうに開いている。
 そうみたいだねい、と頷いたマルコの横から子供が駆け出して、とても嬉しそうに土の上に座り込んだ。

「おはなさんいっぱいよい!」

 マルコの記憶を持って擬態している以上、それが『自分』の仲間だとは知らないようだが、それにしても楽しそうだ。
 その手が土に触っては離れているので、どうやらむき出しの土がお気に召したらしい、と把握する。
 町中にあるのは石畳や踏み固められた土だったから、余計嬉しいんだろう。
 大喜びで土に触っている子供をよそに、俺とマルコも群生している花からは少し離れた場所で座り込んだ。

「ここに降りたんだな」

「ああ、まさか町中に降りるわけにもいかねェからねい」

 尋ねた俺の横で、マルコが答える。
 確かに、それもそうだ。
 この花畑は背の高い木々に囲まれているし、町からも近い。マルコが降り立つには絶好の場所だっただろう。

「……あん時、ここに降りてなけりゃ、あいつがおれに擬態することもなかったんだろうねい」

 はしゃぐ『マルコ』を見ていたらそんな風に呟かれて、ちらりと傍らを見る。
 俺と同じように子供を眺めていたマルコは、頬杖をついてぼんやりとしていた。

「…………まあ、済んだことだしな」

 過去には戻れるはずもないのだからそう呟きつつ、後半の言葉は口の中に飲み込む。
 俺には全く迷惑じゃないし、構わないのだが、記憶を借りられて動揺していたマルコにとってはそうも言えないだろう。
 けれども、それももう少し後のことだ。

「……そうだ、マルコ」

「何だよい」

 そこまで考えてから白ひげに言われていたことを思い出して、子供の方を見やってからマルコに声を掛けた。
 マルコが動いた様子はないから、マルコも同じようにはしゃぐ『マルコ』を眺めているようだ。

「白ひげには話したんだが……もし、あの『マルコ』が『リリカモドキ』に戻ったら」

 種が発芽するまでの間限定の擬態は、図鑑によれば数日であるらしい。
 もうあの子供が俺達のそばに現れて三日目だ。そろそろである可能性は高いだろう。
 群生地を見つけたことだし、帰してやるならここがいい。

「ここに植えにこないか?」

 だからそう続けると、マルコが横で少しばかり息をのんだような気がした。
 それに戸惑ってもう一度マルコを見やれば、今度はこちらを見ていたマルコと視線がぶつかる。
 少しばかり眉間に皺を寄せたマルコに、俺は首を傾げた。

「マルコ?」

 どうかしたのか、と呟いた俺に向かって、マルコが呟く。

「…………連れてかねェのかよい?」

 寄越された言葉は、白ひげが落としたものによく似ていた。
 え、と声を漏らしてから、俺はしげしげとマルコを眺める。
 他のクルー達はともかく、マルコは最初から微妙な反応をしていたから、俺の言葉には頷いてくれると思ったのに。

「……これから先も、モビーディック号はグランドラインを進むから、異常気象にも遭遇する可能性があるだろう」

「よい」

「船旅では何が起きるかも分からないから、できたらここに残していった方が、あの子のためじゃないのか?」

 とりあえず説得しようと言葉を紡ぐと、よい、ともう一度頷いてから、マルコが少しばかり目を伏せる。

「…………けど、あいつは『おれ』なんだろい」

 『リリカモドキ』の前で楽しそうに笑っている子供を示しての言葉に、俺はぱちりと瞬いた。

「それに、植物なら食料がいるってわけでもねェ。確かにグランドラインでは何が起きるか分からねえが、そんなのは他の奴らも同じだろい」

 俺へ向けてそう言って、マルコの目がもう一度俺を見つめる。

「……あいつが『おれ』なら、あいつも家族だろい?」

 マルコの落とした声は静かだったが、きちんと俺の方まで届いた。
 しばらくその顔を見つめてから、そうか、と小さく頷く。
 マルコがそう望むなら、その通りにすべきだろう。
 白ひげも言っていたじゃないか。見つけた『宝』は見つけた人間のもの。それが白ひげ海賊団のルールだ。

「……それじゃあ、出航前には土も買って帰るか」

「よい」

 俺の言葉にマルコが頷いたのを見てから、ナマエ、と呼びかけられて子供へ視線を向ける。
 ぴょんと立ち上がった子供が、ぱたぱたと駆けて俺とマルコの方へと近寄ってきた。

「ナマエ、ここきもちいーよい! つちいっぱいよーい!」

「そうか、よかったな」

 服のあちこちを汚しながら笑う『マルコ』へそう言ってやると、子供は更に嬉しそうに笑った。




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