- ナノ -
TOP小説メモレス

おめでとうのきもち (2/3)




 『拝啓、残暑厳しき折、皆様にはますますご清祥のことと存じます』
 そんな書き出しから始まる妙に堅苦しい文章を見下ろして、つるはその視線を『招待状』を届けに来た子供へ向けた。

「書いたのはアンタで、考えたのはセンゴクかい?」

「つるちゅーじょー、すごい……!」

 つるの言葉にわずかにのけ反り、子供が目を見開いた。
 驚きをその顔に浮かべる相手に、分からないわけないじゃないか、とつるが笑う。
 堅苦しい文面をつづる文字はぎこちなく、書きなれない様子が浮かぶものばかりだ。
 綴りを間違えている箇所はないので、もしかしたら一度センゴクが手本を書いて、それを見ながら書き写したのかもしれない。

「それで、サカズキの誕生祝会だって?」

「そう、よてーだいじょうぶ?」

 広げた手紙の中身を要約して便せんを閉じたつるの言葉に、頷いたナマエが期待に満ちた眼差しをつるへと向けた。
 そわそわと落ち着かぬ様子の相手に、そうだね、と言葉を零したつるの手が引き出しから手帳を取り出す。
 ぱらりとめくり、手紙にあった十六日の日付の予定を確認したつるの目が、ちらりとナマエの方へと向けられた。

「それじゃ、お呼ばれしようかねェ」

「! よかった!」

 つるの言葉に、飛び跳ねんばかりの勢いで喜んだ子供が声をあげる。
 手紙に書いてあった時間と日付、さらには場所を繰り返してくる相手に、さっき読んだよと笑ったつるが手帳を引き出しへといれた。
 そしてそのまま、底からつかみだしたものを片手に持ってナマエを手招く。
 近寄ってきた子供に手を差し出すと、何度もやったやり取りですでに察したらしい子供が、大人しくその両手をつるの方へと差し出した。

「お食べ」

「ありがとう、つるちゅーじょー」

 ころりと転がった飴を見て、子供がそんな風に言葉を放つ。
 落とした飴玉が二つなのは、渡した数が一つであった場合、それが子供の口に入らないことがあるとつるが気付いたからだった。
 別に子供がドジをしているだとか、小さな子供から飴玉を巻き上げるような不届きな海兵がいるだとかそういった話ではなく、子供は時々、手に入れた甘いものを大将赤犬に献上するのだ。
 疲れているときは甘いものがいいんだと主張をして、美味しいから食べてと差し出されたそれをサカズキが断らないのは、断れば子供が萎れた顔をするからだろう。
 『大将』に獲物を届けるのは『犬コロ』としては当然だな、なんて言って笑っていたのは新兵たちの教官だったろうか。
 ポケットへ飴をしまった子供を見やり、つるの手が折り曲げた便せんを封筒へと入れ直した。

「それで、ナマエは何を贈る予定なんだい?」

「うん?」

「誕生日なんだ、プレゼントも用意するんだろう?」

 言葉を投げつつ、つるの頭がいくつかの候補をあげる。
 部下にプレゼントを渡すのなんて久しぶりのことだが、せっかく『お呼ばれ』を受けるのだから、それなりの手土産は持ち込むべきだろう。
 当然、当人が受け取らないような高額なものではなく、ある程度使う予定がある物か、もしくは消え物である方が好ましい。
 できれば他とかぶらぬようにするか、もしくは適当に豪快なプレゼントをしかねないガープや無駄に悩むだろうセンゴクを抱き込んで人数分の金額に相当するものにでもしてしまうか。
 どちらにしても、せっかくなのだから『主催者』とはかぶらないほうが良いだろうと考えてのつるの問いに、どうしてかナマエは難しい顔をした。
 ぎゅっと眉間にしわを寄せたその顔は、どうしてだか今はこの場にいない海軍大将の顔を彷彿とさせる。つくりは似ていないはずなのに、表情が似てくるというのはそれだけ近くにいるという証なのだろうか。

「どうかしたかい」

「……あのね、おれ、おこじゅかいもらってるけど」

 それって『当人』のおかねだよね、と、子供が子供らしくない言葉を口にした。
 放たれたそれに目を丸くしたつるを見上げて、子供が口を尖らせる。

「ことしはからだでなんとかして、らいねんはおかねがんばってかしぇごうっておもうけど、どう?」

 そのくらいしか浮かばないのだと、その顔であらわにした子供を前に、つるは少しだけ考え込んだ。
 年端もゆかぬ子供を雇うような場所など、さすがのマリンフォードにも存在しない。
 しかし間違いなく、子供は『金を稼ぐ』つもりだ。
 ナマエの拾い主がこんな子供に『働け』と無体を強いるような男ではないことくらいはつるにも分かるので、これはナマエの独断だろう。
 ナマエはどうも時々、子供らしくない。

「……それじゃあ、来年の分を貯めるのは、私が働き口を用意してやろうかね」

「ほんと!?」

 少し考えてからのつるの言葉に、ナマエがぱあっと顔を輝かせる。
 いくらかの雑用を与え、報酬に『お駄賃』を渡せばいいだろうと判断して、つるは椅子に座ったままで子供を見下ろした。

「それで、今年の分はどうやって払うんだい?」

 とりあえず、こんな小さな子供に『体で払う』なんて概念を教え込んだ人間については、聞き出さなくてはならないだろう。


 


戻る | 小説ページTOPへ