ガルディア(2/3)
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二頭身の不思議な黒頭巾は『タナカさん』というらしい。
真っ先に『田中さん』と文字を当ててしまったが、どう見ても日本人ではないのでありえないだろう。あと『さん』も名前なのかは疑問が残るところだ。
「オーロトータスか、こいつは珍しいな」
そして、『タナカさん』が俺を連れて行った先で俺を受け取った人間が、俺を見下ろしてそんな風な言葉を口にした。
そいつも大きかったが少なくとも二頭身ではなかったので、『タナカさん』とやらの見た目がますます不思議だ。
「オーロトータスですか」
「大方どこぞの海賊船のペットだろう。チップに替えるつもりだったかもしれないが」
管理ができないとは甘いな、なんて言いながら動いた手が軽く俺の甲羅を撫でた。
継ぎ目に触れているのか、案外気持ちいい感触に目を細める。
「それでは持ち主を?」
「ふむ……」
言葉と共に視線を寄越されたのを感じて、細めていた目を開いて顔をあげる。
俺を見下ろした人間の耳元で、星の飾りがちかりと輝いて揺れた。
あちこちに金を付けているし、金が好きな人間なんだろうか。
俺の腹がある程度満たされていなかったら、ちょっと咬みついてしまっていたかもしれない。
口に満ちた唾液をごくりと飲み込んだ俺を見て、俺を自分の膝に乗せた人間が少しばかり目を丸くする。
その唇に笑みが浮かんで、俺から離れた両手が俺の視線を掌握するかのように大げさな動きで自分の右手から指輪を抜いた。
そしてそのまま差し出されたそれは、誰がどう見ても黄金だ。俺の嗅覚も、純金だということを俺へ伝えてきている。
わざわざ俺に差し出してくるということは、食べてもいいんだろうか。
俺から見える十本の指のうち、指輪は九本の指についていた。あと八個もあるから一つくらいならくれてやってもいいとか、そんな気前のいいことを言うんだろうか。
なんという金持ちだという気持ちと、そしてそれ以上に食欲をそそられて、俺はぱくりと黄金の指輪に噛みついた。
口に広がったその味わいに、思わず体が硬直する。
俺の様子を眺めて、身動きの取れなくなった俺の頭を軽く撫でてからまた俺の甲羅に指を触れさせた人間が、その視線を『タナカさん』へと向けた。
「この数日のうちに上がってきた海賊にめぼしい奴はいるか?」
「はい、恐らくですが、昨日報告した賞金首かと」
「なるほど。そろそろ連中もハメる頃合だ、わざわざ『チップ』を落としていたと親切に教えてやる必要もないだろう。金で出来た亀ならば、この船にも相応しい」
「それでは、飼育道具の用意を」
「そうだな。名前は……ナマエにするか」
機嫌よく言葉を零した人間に、『タナカさん』が分かりましたと口にする。
何やら俺自身を交えないところで俺の処遇が決まったような気がしたが、今はそんなことは些細なことだった。
だって今まで、こんなにうまいものを食べたことがない。
ゆっくりと口の中身を噛みしめれば、その分口の中にうまみが広がり、ふるりと体が震えた。
「うまいか? ナマエ」
歌うような呼びかけに、カメと鳴くことすらもできやしない。
どうやらその日、俺は『テゾーロ』という名前だった人間の飼い亀になったようだった。
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