手前勝手なぬくもり (2/3)
「ジンベエさん、あっち行ってみよう!」
何か目を引く屋台があったのか、そう声をあげたナマエの手が、ジンベエの服を軽く掴んだ。
屋台の立ち並ぶ道の彼方を指さしたナマエに、分かったと答えたジンベエが歩き出すと、ナマエもそれに続く。
ジンベエの歩みはいつもの通り、自分の傍をついてくる人間に合わせた歩みだった。
ジンベエとナマエは種族はもとより体格まで違うのだから、当然ながらその足運びはゆっくりだ。
そんな速度で歩くことにも、ジンベエはすっかり慣れてしまった。
「あれ、ジンベエさんもう飴食べちゃったの?」
ジンベエの傍らで足を動かしながら、ふと気付いたらしいナマエがその視線をジンベエへ向けて声を寄越す。
ちっこかったからのう、とそれに頷いてジンベエが笑うと、ナマエはちらりと手元を見下ろした。
「……いや、小さくないよ」
「ふむ、ナマエにはそう見えるか」
「あ! 俺のこと小さいって言ってる!」
「気のせいじゃ」
そんな風に騒ぎながら、ジンベエはナマエと共に屋台の合間を進んだ。
ナマエが行こうと決めた方向には食料品を扱う店のほかに様々な的屋が並んでいて、何やら魚を模したダートを投げる店の傍で、それを見たナマエが足を止める。
「ジンベエさん、少しやってきてもいい?」
「構わんぞ」
寄越された言葉に頷いたジンベエが、少しばかり屋台から離れた場所で佇んだのは、ジンベエ自身にはその遊戯を行うつもりがないからだ。
ちらちらとジンベエを気にする相手に軽く目くばせをすると、頷いたナマエが的屋の主人へと近付いて、ナマエがベリーと引き換えにダートを受け取り、所定の位置から的を狙う。
ジンベエから見てもおぼつかないと分かる動きで放られた矢は、一つは的の手前に回転しながら落ちて、もう一つは的の少し上を通過した。
悔しそうなナマエにジンベエが軽く笑ったところで、すぐそばでそれを見ていた島民の一人がナマエへ近付く。
着物を着込んだ青い髪の女性は、どうやらナマエの腕前を憐れんで手解いてやっているようだ。
何かを小さな声で話しているのか、離れた場所にいるジンベエの耳にはそれは届かないが、ジンベエ自身が大柄であるがゆえに、多少人垣ができていてもその様子が見えた。
ナマエより多少年上に思える女性の体がナマエに寄り添って、それに気付いたらしいナマエが慌てたように少しばかり身を捩る。それに笑ってわざとらしくもう一度ナマエへ寄り添い直した女性が、ナマエの手に軽く触れる。
明らかにナマエをからかっている様子の相手に、ジンベエは軽く腕を組んだ。
ただ笑って眺めていればいいはずのそれが流せずに、眉間へわずかにしわが寄る。
ジンベエの様子に気付いた雰囲気もないナマエが女性に指南を受けながら放ったダーツの矢は一直線に的を射抜き、的屋の主人が楽しそうに笑いながらカラカラと手元の鐘を鳴らした。
すぐ横の女性に礼を言い、景品を受け取ったナマエが、慌てたように人垣の合間を抜けて戻ってくる。
「お、おまたせ、ジンベエさん!」
少し声が上擦り、わずかに顔も赤いナマエへ『もういいのか』とジンベエが問うと、『もういいよ!』とナマエは慌てたように声をあげた。
焦ったようなそれに少しばかり首を傾げて、ジンベエが組んでいた腕を解く。
「なんじゃ、いい思いをしとったろうに」
「いいくない! 見てたんなら助けてよ、もう!」
不思議そうなジンベエの言葉に声をあげて、ナマエがジンベエの片手を掴んだ。
そのままぐいぐいと引っ張りながら歩き出されて、仕方なくジンベエの足も同じく歩みを再開させる。
片手に飴と景品を持って、片手でジンベエの腕を掴んでいるナマエは、やはり少し困ったような顔のままだ。
どうしたのかと少々考えてから、なるほど、とジンベエは声を漏らした。
「好みと違っとったか」
ただ相手が自分と同じ種族の女性だったからと言って、相手に必ず好意を抱くとは限らない。
そういうことかと納得しかけたジンベエの横で、ナマエの歩みが少しだけ緩む。
それに気付いてジンベエが視線を落とすと、ナマエは少し困った顔をしていた。
「……好みっていうか、その」
「ん?」
「そういうのよくわかんねっていうか」
困り顔のまま、そんなことを言い出すナマエに、ジンベエの目がわずかに丸くなる。
ぱちりと瞬きをしたジンベエに気付いて、ナマエは慌てたようにその顔を逸らした。
「べ、別にあのお姉さんが嫌いってわけじゃないけど!」
焦ったように付け足された言葉に、じり、とジンベエの胸の内を何かが焼く。
腕に触れたナマエの掌よりも熱い、そして何とも嫌な気配のするそれにジンベエは軽く息を吐いて、それからわざとらしく『なるほど』と納得したような声を出した。
「忘れとった。お前さん、まだまだ子供じゃったのう」
「子供扱いした!」
ひどい、と声をあげたナマエがすぐにジンベエを見上げて怒る。
それに笑い声を零したジンベエは、ひとまず傍らの子供の機嫌を取るために、適当な屋台で甘い食べ物を買っていくことにした。
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