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手前勝手なぬくもり(1/3)
※『優しい温度』から続くトリップ系男子高校生とジンベエさん
※明確に『貴方がいい』の続き
※ちらっと台詞無しモブ女子が主人公に絡むので注意




「島だァ!」

 弾んだ声が耳に届いて、ジンベエはふとその視線を音の出所へと向けた。
 青い空の下、船の端から進行方向を眺めていた小さな『人間』が、嬉しそうな顔でジンベエへと振り返る。
 つい一か月ほど前、熱を出して倒れたとは思えないほど元気な様子に、ジンベエの目がわずかに細められた。

「ジンベエさん! 島!」

「ああ、ようやっと着きよったのう」

 駆け寄りながら寄越された言葉に頷くと、今度の島は『降りていい島』なのかと『人間』が口にした。
 魚人海賊団に唯一の『人間』であるナマエを船から降ろすのは、ある程度治安のよい島だけであるとジンベエがしばらく前に取り決めたからだ。
 何せ、ナマエはジンベエ達に比べて明らかにひ弱なのだから仕方ない。
 寄越された問いかけに片手で顎を撫でて、そうじゃのう、とジンベエが呟く。

「仲間から離れんのなら良いじゃろう」

 どれだけ目を引くものがあっても勝手にどこかへ行ったりしないように、と子供へ言い含める言葉を零したジンベエに、何それ、とナマエが少しばかり眉を寄せる。

「ジンベエさん、俺のことすっごい子供だと思ってるんでしょ。俺だってさすがに、そんなほいほいどっかに行ったりしないよ」

 もう、と声を漏らして少し頬を膨らませたナマエが、しかしそれからこらえられずに嬉しさをその顔ににじませて綻ばせ、伸ばしたその手でジンベエの服を掴む。

「ジンベエさんにずっとついてくから、大丈夫」

 楽しい島だといいね、と放たれた言葉に、ジンベエは一度瞬きをした。
 そしてそれから、そうじゃのう、と呟いたその目がナマエから逸らされる。

「気安い島民の多い秋島じゃ。この時期なら祭りもやっとるじゃろうし、ナマエも楽しめるじゃろう」

「祭り!」

 放たれたジンベエの言葉に、ナマエが嬉しげに声をあげる。
 さらにわくわくとした様子でそわそわと身を揺らしたナマエが、その目をもう一度船の進行方向へ向けたのをちらりと見やり、ジンベエはこっそりとため息を零した。







『じんべえさんとも、いっしょにいたいよ』

 ふとした拍子に、ジンベエの耳にそんなことを言う弱い声が蘇る。
 時折反芻されるそれは、熱を出したナマエが紡いだ言葉だった。
 熱に浮かされながら『帰りたい』と泣いて、ジンベエの目の前でも涙をこぼしながらそう言って、ジンベエと一緒がいい、と笑ったのだ。
 すでに一か月も経つというのに、時折それを思い出しては眉を寄せて、ジンベエはいろいろな文献や様々な『おかしな島』の話を集めている。
 つい最近は『不思議な島民』の話を耳にして、真偽を確かめるためにクルーの数人へ頼んだ次第だ。
 遣いが船を出てから数日が経つが、帰還の連絡はいまだに無い。

「ジンベエさん、はい」

「ん?」

 佇んでいたジンベエの目の前に、ずい、と丸い何かが寄せられる。
 それに気付いて視線を向けたジンベエは、すぐそばの露店で買い物をしていたナマエが戻ってきたということに気が付いた。
 島へ降りているというのにいつになく軽装のナマエは、その両手に丸い赤飴を突き刺した棒を持っていて、そのうちの一本がジンベエの方へと差し出されている。

「わしにか」

「うん」

 訊ねた先で頷かれ、ジンベエの手が赤い飴を受け取った。
 島の特産品らしい果物を飴で固めた駄菓子が、夕方を過ぎた時刻の最中、街灯代わりに立ち並ぶ出店の提灯の明かりをてかりとはじく。
 ジンベエの予想通り、島は現在祭りを行う季節であったらしい。
 船を降りてすぐにその事実を知ったナマエが、ジンベエの買い付けについて回りながら夕方ごろから始まる出店を見たいと口にしたため、一度船に戻った後、ジンベエは彼と二人で改めて船を降りていた。
 島民たちは気安く、幾度か訪れたことのあるジンベエ達を忌避する人間はいなかったが、さすがに魚人ばかりで固まって歩くと幅をとる。
 島のあちこちで、同じように魚人海賊団の連中が紛れるようにして歩いていることだろう。

「わしにまで逐一買うとったら、すぐに金が無うなるじゃろうに」

 先ほどから、出店で何かを買うたびに、ナマエはそれを二つ買ってくる。
 三つ目までは受け入れていたが、棒に突き刺した飴をくるりと回しつつ、言葉を落としたジンベエの片手が自分の懐へ伸びた。
 しかしその手をすぐにナマエの手が押しとどめ、大丈夫、とジンベエより小さな彼が笑う。

「俺、なんかすごいお小遣いもらっちゃったから」

「小遣い?」

 首を傾げたジンベエに、そう、とナマエが一つ頷く。
 ジンベエの手から離れたその手が飴を抓んだままで組まれ、どうしてかその顔がきりりと引き締まった。

「『いいかナマエ、男ならこのくらい、一日で使い切る気概を見せてこい』」

 わざとらしく声を低くして寄越された声に、アラディンか、とジンベエが笑う。
 魚人海賊団の中には、その体の構造上、シャボンを扱うことの出来ぬ島には簡単に上陸できない者もいる。
 そのうちの筆頭である仲間の顔を思い浮かべたジンベエに、そうそう、とナマエが頷いた。

「でもやっぱり使い切れないから、みんなにもお土産を買ってこうと思うんだ。ジンベエさんだったら、何がいい?」

 言葉の後ろで尋ねられて、ジンベエは軽く顎を撫でた。
 その目が少しばかり屋台を眺めて、そして自分の手元の飴をもう一度見やる。

「やっぱり食べ物?」

 ジンベエの動きを見ていたナマエが訊ねてきたのに、ジンベエは軽く頷いた。
 分かったと頷いたナマエが、ジンベエの傍に佇んだままで、きょろきょろと周囲を見回している。
 もはや祭りを楽しむよりも別の目的が出来てしまっている様子の相手を見やってから、ジンベエは手元の飴をひょいと口へ押し込んだ。
 甘い塊が歯に当たってがりりと砕け、甘いそれが口の中で溶ける。
 わずかに舌を酸味が過るのは、中に入っている果物の仕業だろう。
 早々に渡されたものをかみ砕き、棒まで少しばかり噛んでしまったジンベエが役目を終えたそれを片付けたところで、あ、と傍らから声が上がった。



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