ハルタの受難
※こちらの何気にトリップ系白ひげクルーとサッチ
※サッチ夢なのに基本的にハルタ
「で、次は手っ取り早いかと思ってナマエの方を裸にしてみたんだけどさ」
「何してんだよい」
「サッチがすげェ顔で追いかけてきて、さすがにおれ死んだかなって思った」
「何してんだよい」
言葉を繰り返したマルコが視線を寄越したのを、ハルタは人様の部屋へと持ち込んだ椅子へ腰かけた状態で見返した。
右手はすでに拳を握り、もう片方の手の指を一つ折り曲げる。
「二人だけ閉じ込めてみたんだけど全然動かないし。二人で買い出し行かせてもみたけど外でもアレやってるだけだったし。女に声かけてみてもらった時は、」
「時は?」
「……サッチが女と話して誘われてるのを見たときのナマエの顔死んでたから、さすがに悪かったなって思ってるよ」
サッチが断ってくれてよかったよと言葉を落として、指を三つ折り曲げたハルタの口からため息が漏れた。
「本当に、あいつらどうやったらくっつくの?」
うんざりした様子の声音に、おれが知るかよい、と言葉を投げたマルコの視線がそらされる。
書類に目を戻した仲間を見やって、椅子の上で胡坐をかいたハルタが、そのまま頬杖をつく。
先ほどからハルタの口から漏れているのは、とあるクルー達の話だった。
サッチとナマエという、船内でもわかりやすく悪ふざけをしている『仲の良い』二人が、お互いにお互いを想い合う相思相愛状態なのだということをハルタが知ったのは、今から一か月ほど前のことだ。
普段の悪ふざけは置いておいても、二人きりにしたところを覗き見ただけでお互いに好き合っていることくらいは分かるというのに、どうしてかお互いがお互いにそれを認識していない。
二人きりにしただけで甘酸っぱいことになる二人に首裏のかゆみを思い出して、ハルタの眉間にしわが寄った。
いっそ大体的に言いまわって外堀を埋めてやろうとしてみたが、普段から『好きだ』『おれも好き』と悪ふざけをやり合っているナマエとサッチの話をしてみたところで、ハルタまで悪ふざけをしていると解釈されてしまう。
真剣に話してみればそれでも通じるが、誰かがナマエやサッチに『付き合っているのか』と尋ねれば悪ふざけをした後でなんちゃってと笑い飛ばされてしまうのだから、結局ハルタの話は信用を得ないのだ。
「もういっそオヤジに『お前ら付き合え』って言ってもらうとか」
「オヤジに迷惑かけるなって言っただろい」
「いっ」
左手の指の四本目を折り曲げながら呟いたハルタの頭に、スコンと音を立ててペンが当たる。
なかなかに痛んだそれに顔をしかめつつペンを受け止めたハルタがそれを投げ返すと、一瞥も寄越さずそれを受け取ったマルコがペン先で何かを綴った。
「だってさァ」
「だっても何もねェよい」
もくもくと書類を片付ける一番隊長を見やって口を尖らせたハルタへ、マルコが呆れたように声音を零す。
「いっそ押し倒させてみりゃあどうだよい」
「それもうやった。酒も飲ませてみたのに据え膳も食わないよ」
「酒のませりゃそうなるだろい、ナマエは酒に弱ェんだから」
ハルタが言い返すと、軽く首を傾げたマルコが一枚の紙を持ち上げる。
中身を改め、それをハルタの方へと差し出してきたマルコへ、ハルタも手を伸ばした。
受け取った紙切れは、ここまでハルタの足を運ばせた用件が記された連絡票だ。
買い出しがどうのと書かれたそれを読み込みながら、椅子の上で足を伸ばしたハルタが、どうしようかなァ、と口を動かす。
「最近はサッチがおれのこと警戒してくるし」
「あれだけ構ってりゃそうなるだろうねい」
おれは知らねえよい、と言葉を放った不死鳥マルコは、何とも薄情な男だとハルタは思った。
※
二人を『くっつけて』やろうと決めてから、ハルタは二人の人間が視界に入った時に意識して視線を向けることができるようになった。
今日もまた、視界の端を通ったナマエに気付いてその顔がそちらへと向けられる。
ハルタに背中を向けて歩いているナマエは、ハルタに気付いてはいないようだ。
荷物を運んでいるのか、よろりとその足が歩みを進めている。
ナマエは白ひげ海賊団のクルーだが、他のクルーに比べればそれほど力自慢というわけでもない。
さすがに荷物が多すぎないかと気付いて声を掛けようとしたところで、ハルタのそれを遮るようにひょこりと脇の通路から人影が現れた。
「ナマエ、どうしたんだ? 大荷物だなァ」
「あ、サッチ隊長」
目立つリーゼントの男が声を掛けると、ナマエがその顔をそちらへ向ける。
他の誰に向けるよりも弾んで聞こえるそれに、やっぱりあれで分からないのは変だよなァ、とハルタは思った。
注意してみていて分かったが、サッチがナマエに向ける声音もまた、他に向けるものより幾分優しい。視線だって穏やかで、言われてみれば『好いている』ことが分かるものだった。
お互い想い合っているならさっさと告白の一つでもしろと蹴とばしてやりたいのだが、いかんせん、二人は『好きな相手』の話を振るとハルタにその話をまるでしない。
もはやハルタのしていることが勘付かれているのではないかと疑うところだが、それなら付き合っている筈なのだからそれもあり得ないだろう。
マルコに時間つぶしがてら相談を持ち掛けてみたが、うまい手は見つからなかった。
後のハルタにできることは、できるだけハプニングを起こしてやることくらいだ。
「ねえちょっと、イゾウ!」
だからこそ、わざとらしく明るい声を出したハルタは、ナマエとサッチの向こう側を歩く男へ向けて声を掛けた。
ばたばたと駆けだして、狭い通路の中を直進する。
「おわっ」
「あ、ごめーん」
どし、と途中でサッチの方を突き飛ばしたのは、もちろんわざとである。
わあ、と声をあげたナマエがそれを受け止めたのも、ナマエの手から今まさしくサッチが受け取ろうとしていた荷物が毛布の類であることもきちんと横目で確認した。
そのうえで、姿勢を崩してナマエへ向けて倒れ込んだサッチとナマエの傍から荷物を受け止めて、ひょいと持ち上げる。
「てめェ……またかよハルタ!」
声をあげたサッチの方が、ナマエを押し倒したような恰好で通路の床に座り込んでいた。
ナマエの胸に頭を預けるような姿をしている相手に、ごめんって、と謝罪を述べたハルタが荷物を抱え直す。
「お詫びにコレ片付けとくからさ」
「んなことよりナマエに……いてっ!」
言葉と共にハルタに詰め寄ろうとしたらしいサッチが、その途中で顔をしかめて声をあげた。
そのことに目を丸くしたハルタの前で、慌てて起き上がったナマエがサッチへ視線を向ける。
「サッチ隊長、髪が……」
言葉と共にその手が触れたのは、サッチの髪と、そしてナマエ自身の胸元にあるボタンだった。
よく見れば、サッチのリーゼントの端がわずかにたわんでボタンへと引っかかっている。
「ボ、ボタンの糸ちぎりますから、ちょっと待ってください……!」
「え、ちぎっちゃうの? ナマエ、それこの間サッチからおさがりした奴でしょ」
穴が開くかもしれないのにもったいないことしないでよとハルタが口を挟むと、慌てた様子でボタンを引っ張ろうとしていたナマエが動きを止めた。
とても困ったような顔をしてから、『ほどきます』、とサッチへ言いながら手を動かしているが、いつもなら器用に動くナマエの指先が、今日に限ってぎこちない。
サッチとの距離が近いから動揺しているんだなと把握して、ハルタはにまりと笑みを浮かべた。
「サッチ、もう少しくっつかないと、ナマエがやりづらいんじゃない?」
そんな風に言って、ハルタの足がぐいとサッチの体をナマエの方へと押し付ける。
サッチの方が体を強張らせたが、気にせずぽんぽんとその肩を叩いた。
「じゃあ、ごめんね」
とりあえずここは二人きりにしてやろうと、声を掛けたハルタが荷物と共に踵を返す。
ハルタてめェ待て、とサッチは声をあげているが、ハルタにわざわざ待ってやる義理はない。
気にせずそのまま歩きだし、荷物を倉庫へ持っていこうとしたところで、ハルタの襟がぐいと引っ張られた。
「わっ」
「呼び止めた相手に声もかけねェってのはどういう了見だい」
驚いて声をあげたハルタへ向けて、笑いを含んだ声が落ちる。
それを聞いて視線をそちらへ向けたハルタは、ハルタの襟首をつかんだ男が紅を乗せた唇に笑みを浮かべているのを見た。
何の用だと寄越された問いかけに、ぱちぱちと瞬きをしたハルタは、自分がサッチを突き飛ばす口実に彼の名前を使ったのを思い出した。
しかしながら、たまたまそこにいた相手の名前を呼んだだけで、もちろん用件など何一つない。
「えーっと……忘れちゃったや」
さっきぶつかったショックで、と笑ってそちらへ言葉を向けると、へえ、と声を漏らしたイゾウの目が細められた。
その目がちらりと後方を見やり、そしてそれからすぐにハルタへと戻される。
よくやるよ、と漏れた言葉に、ハルタはにやりと笑みを深めた。
ハルタの画策は、それこそ大っぴらに行われているものだ。
イゾウもそれを黙認している一人だろうと判断して、へへ、と笑い声が漏れる。
それを見て、軽く息を吐いたイゾウの手が、ぽん、とハルタの背中を叩いた。
歩き出すことを促され、ハルタの足がその場から再び歩みを開始する。
今度は隣にイゾウが並び、それに気付いたハルタが自分の抱えている荷物を差し出してみたが、イゾウは片手の掌を晒すことでそれを拒否した。
「いーじゃん、どうせなら持ってくれてもさァ」
「やだね」
「えー」
あまりにもきっぱりした言葉に、ハルタはわざとらしく唇を尖らせた。
それを見て軽く笑ったイゾウが、ある程度歩いたところで少しばかりハルタへとその体を寄せる。
気付いたハルタが視線を向けると、なあ、と声を潜めたイゾウがハルタへ言葉を落とした。
「それで、どっち狙いだ?」
「…………え?」
「最近、あいつらをよく構ってるじゃないか。いるとすぐ反応するし、わざわざからみに行っては怒らせてるし。ちっとガキくせェけどな」
『あいつら』という言葉と共にちらりと後方へ視線を向けたイゾウに、誰のことを言っているのかを理解したハルタの目が瞬きをする。
それを見やり、面白がるような笑みを浮かべたイゾウの口が、そのまま言葉の続きを紡いだ。
「おれはナマエ狙いに賭けてるんだが、どうだ、ちゃんと落とせそうかい?」
何なら手を貸してやろうか、と続いた言葉に、ぱちぱちと目を瞬かせながら沈黙したハルタの頭が、ようやく言葉の意味を理解するのには十数秒かかった。
つまりイゾウは、『ハルタがナマエを狙っている』方に賭けているのである。
その『狙い』がどういう意味だなんてこと、聞くまでもない。
「………………ちがぁああう!!」
どうやらハルタは、『家族』達からとんでもない勘違いをされていたらしい。
それもこれもすべて、あのはっきりしない二人が悪いのだ。
end
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