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100万打記念企画
※サッチと何気にトリップ系クルー



「あっはっはー、サッチ隊長のそう言うところ好きですよ」

 とても楽しそうに聞こえて来た声音に、ああまたか、とハルタがちらりと視線を向けた。
 見やった先ではいつもの通り、ナマエとサッチが並んでいる。

「えー、『そういうところ』だけかよ」

 しっかりとリーゼントを整えたサッチがわざとらしく口を尖らせると、ああすみません言葉のアヤでした、などと言ったナマエがにっこりとほほ笑みを向ける。

「サッチ隊長のこと、ぜーんぶ大好きでっす」

「やだーおれ愛されてるー」

 寄越された言葉に盛大に喜んで見せるサッチもまた、にやけ顔である。
 二人が顔を合わせればいつも交わされている応酬に、ハルタは肩を竦めた。
 この二人のこのやり取りは、ナマエが海を漂流していたところを拾われ、『白ひげ海賊団』へ入団してサッチと親しくなってから、かなりの頻度で行われているものだった。
 あまりにも大っぴらすぎて、またナマエとサッチがふざけてるなと生暖かく見守られることも多い。
 いつだったかはイゾウが乱入してあわや三角関係かと思いきやナマエの優柔不断さが露呈してサッチからの三行半、去っていくサッチを未練がましく呼びながら悲しみにくれるナマエを優しく抱きしめるイゾウと言った大変面倒くさそうな愁嘆場が繰り広げられていた。もちろん全てはその場限りのことである。
 ハルタも一、二回つついたことがあるが、ナマエとサッチは大概それを受け入れて面白おかしく話を広げてしまう。
 それはそれで面白いのかもしれないが、どうせ今のように後ろから現れたマルコに背中を蹴飛ばされて終了するのが目に見えているので、あえてそちらへ近付こうとは思わなかった。

「おい、そこの馬鹿二人」

「あだっ!」

「わっ!」

 足裏で押しやるように蹴飛ばされて、サッチがたたらを踏み、ついでナマエが堪え切れず壁に縋り付く。
 それから二人そろって後ろを振り向き、何するんだよと異口同音に足の主に非難の声を上げた。

「通路を塞いで馬鹿やってるひまがあんなら手伝えよい」

 それを意に介した様子もなく口を動かして、マルコが両手で抱えていた箱三つをナマエの方へ向けて放る。
 放たれたそれを慌てて受け止めたナマエが、手に触れた箱の重さに体を傾がせて、サッチがそれをすぐさま支えた。

「うわ、重……!」

「大丈夫かナマエ、半分持つから寄越せ、ほら」

「そこの倉庫まで運んどけよい」

 優しげに言いながら箱を二つ受け持ったサッチを気にもせず、マルコがそんな指示を飛ばす。

「何だよマルコ、お前やんねーの? ナマエにだけさせんなよ」

「お前も巻き込んでやってるだろい。おれは忙しいんだ、さっさとしろよい」

 言葉と共に犬を追い払う仕草をしたマルコに、オヤジに言いつけてやる、だなんて子供のようなふざけたことを言いながら、サッチがナマエを促した。
 両手で箱の一つを抱えたまま、はいと答えたナマエが足を動かして、二人そろってマルコが示した倉庫のある通路へと消えていく。
 その様子を見送ってから、ハルタは何となくマルコの方へと近寄った。
 それに気付いたマルコが、ちらりとハルタを見やってから、軽くため息を零す。

「まったく、うるせェ奴らだよい」

「あの二人、倉庫でも二人でああやってずっと騒いでるのかなァ」

 二人そろって消えていった通路の方を見やってから、ハルタはそんな風に呟いて軽く笑った。
 誰が見ていてもお構いなしにふざけているナマエとサッチのことだ。二人きりではさらに騒がしいに違いない。
 しかしハルタのその言葉に、いや、とマルコが返事をする。

「あいつらは、二人にしてたほうが静かだよい」

「え?」

 きっぱりとしたその言葉に、ハルタがぱちりと瞬きをする。
 不思議そうな目をマルコへ向けると、それを見返したマルコが軽く肩を竦めた。

「何なら見てこいよい。こっそりな」

 そそのかすような一番隊隊長の言葉に、ええと、うん、とハルタは一つ頷いた。







 マルコの指定した倉庫は、あれこれと色々なものが置かれており、開いた扉から覗き込んでも、二人の姿は殆ど見えなかった。
 そしてしんと静まり返った室内に、頭を倉庫の内側へ入れたまま、あれ、とハルタが声も無く首を傾げる。
 不思議そうなその目が凝らされて、やがて倉庫の隅で荷物を片付けているナマエとサッチの体の一部がその視界に入り込んだ。
 棚の向こう側で黙々と作業をしている二人の手が、ハルタの見ている前でふとした拍子に触れ合う。
 それと同時にぱっと熱いものに触れたようにお互いが手を引いて、奇妙な沈黙がその場に落ちた。

「す……すみません」

「や、おれこそ悪かったな」

 ぼそぼそとそんな会話が聞こえて、ハルタの戸惑いは更に顕著なものになった。
 あれは本当に、いつも騒がしいナマエとサッチだろうか。
 いつもなら、手と手が触れ合った途端にお互い手を握り合い、騒がしくも何だかんだと馬鹿なことを言っている筈である。
 まるで別人のようだ、と部屋を覗き込んで考えているハルタにも気付かずに、少しだけ間に距離を開けたナマエが、せっせと手を動かしながらやがて口を開いたようだった。

「あの……」

「な、何だよ」

 小さな声を聞き洩らさなかったサッチが問いかけると、またしても少しばかりの沈黙が落ちて、何でもないです、と少しばかり焦ったような声がナマエの方から漏れてくる。
 そうか、と相槌を打つサッチはそれを言及せず、またしても二人は静かに荷物を片付け始めた。
 いくつかの戸棚に分けてしまっているらしく、少し身を屈めたナマエの頭が隙間から覗いて、その耳まで赤くなっているのをハルタは視認する。
 サッチの顔は見えないが、その場に流れる微妙な雰囲気からすると、どんな顔をしているかだなんて想像に難くない。

「………………」

 むず、と痒くなった首裏を軽く押さえ、どうにか沈黙を守りながら、ハルタはそっと倉庫から距離をとった。







「何あれ」

 意味が分からないんだけど、とマルコの部屋を訪れたハルタへ、見た通りだろいと返事をしたのは書類を片付けているマルコだ。
 その手がくるりとペンを回して、お前は知らなかったろうけどよい、とその口が言葉を零す。

「おれが何度、サッチに、『真剣に好きだと言えねェ』だなんて酒の席での愚痴を聞かされてることか」

 せっかくの酒が変な味になる、と呟くマルコに、本気ってこと?、とハルタが呟く。
 ハルタの知っているナマエとサッチは、いつだって顔を合わせれば悪ふざけをしている二人だ。
 しかしまるでマルコの言葉と倉庫でのあの二人の様子は、それが『悪ふざけ』ではないのだと言っているかのようだ。
 これだけの大所帯だ、『そういう』家族だってもちろん一部には存在するし、例えば古なじみのサッチや新入りのナマエがそうだったとしても、ハルタの中での彼らに対する感情に変化のある筈がない。
 しかしそれでもにわかには信じがたく、ハルタは少しばかり眉を寄せた。

「…………ナマエはどうなのさ」

「見つめ合うと素直になれねェだのなんだのと言ってた覚えはあるねい」

 問いにあっさりと返事をしつつ、マルコの手が書類の上にサインを書き込む。
 そうして、ほら、と差し出されたそれを受け取ってから、ぱらりと中身を確認して、ハルタは未だ困惑顔のままで呟いた。

「……それ、相思相愛なんじゃん。待ってよ、本当にくっついてないのあの二人?」

 あれだけ大っぴらに『好き』だのなんだのと繰り広げているナマエとサッチを思い出し、ひょっとしていつもただイチャついてるだけなんじゃないのと続いたハルタの言葉に、しかしマルコが首を横に振る。
 きっぱりとしたその否定に、ええええ、とハルタの口からは小さく声が漏れた。
 あれだけ分かりやすくて、くっついていないだなんて全く意味が分からない。
 道理で倉庫の雰囲気がむず痒かったわけだと、何も無い筈の首裏を軽く掻いてから、ハルタの口からはやがてため息が漏れた。

「……何か、すごく面倒くさいことに気付いちゃってヤだ。いっそおれがくっつけようかな」

「好きにしろ。オヤジには迷惑かけんなよい」

 他人事のように呟き、最後にくぎを刺したマルコに、分かってるよとハルタが頷く。
 その日よりハルタの『作戦』が開始されたが、何もかもを茶化してしまおうとする二人をくっつけるのは至難の技であり、ナマエとサッチが名実ともに『くっつく』まで、それから半年以上の時間を要することとなった。



end


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