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素敵すぎて恥ずかしい (2/2)



「シャンクスっ」

 高い声がシャンクスの名前を呼んで、どす、と小さな重みが足に飛び乗った。
 それを受けて、昼寝をしていたシャンクスが、うう、と小さく唸る。
 ゆらゆらと体を揺すられて目を開けば、じわじわとシャンクスの腹の方まで移動してきていた小さな子供が、シャンクスが目を開いたのに気付いて嬉しそうな顔をした。
 少し日に焼けたその顔は、相変わらずの笑顔だ。
 シャンクスが拾い船に乗せると決めたナマエは、シャンクス達が思っていたよりも早くこの海賊団に順応した。
 時々夜に親を恋しがって泣くこともあるが、シャンクスが慰めればちゃんと泣き止んでくれる。
 今日も少しその目は赤いが、元気そうな顔をしていた。

「シャンクス、おきてー、しまにつくんだよ」

「おー……起きる、起きる」

 ゆらゆらと体を揺らすナマエに返事をしつつ起き上がって、シャンクスが大きく欠伸をした。
 シャンクスの片腕に背中を支えられたナマエが、シャンクスが起き上がったことでその膝の上にひっくり返った体勢のまま、それを見上げて楽しそうに笑う。
 温かなそれを見下ろしたシャンクスの口元にも、穏やかな微笑みが浮かんだ。

「それで、次の島は秋島か」

「うん! ベックマンが、ごはんのおいしいところだっていってた」

「へェ、そいつは楽しみだなァ、ナマエ」

 ルウあたりが大量に買い込みそうだと笑いながら囁けば、うん、とナマエがシャンクスの膝の上であおむけになったまま大きく頷く。

「シャンクスといっしょにいくの、たのしみ!」

 心のままに素直に言葉を放つナマエに、おれもだよ、とシャンクスが優しげに返事をした。







 シャンクスがナマエへ向けた『守る』という言葉に、嘘も偽りも存在しない。
 だからこそシャンクスは、辿り着いた島で『赤髪』に喧嘩を売ってきた馬鹿な海賊がシャンクスと一緒にいたナマエすら標的としたときに、本気でそれを迎撃した。
 こんな年端もいかない子供に刃を向けるならず者には怒りすら感じたし、遊んでほしいなら遊んでやろうと徹底的に抗戦したシャンクスにベックマンや他のクルー達も従い、結局島民からも恐ろしい海賊を見る目で見られてすぐに島を離れることとなってしまった。
 それ自体は構わないことなのだ。
 けれども、酒瓶を片手にはあとため息を零したシャンクスに、仕方ないだろうと傍らで言葉を零したのは愛銃の手入れをしているベックマンだった。

「アンタが悪い」

 きっぱりと断じるその言葉に、お前らだってやったろうに、と呟いたシャンクスがちらりと甲板の端に向ける。
 そこには先ほどいくつか詰まれた樽があって、その陰からシャンクスの方を窺っていた小さな子供が、視線を向けられたことに気付いてびくりと体を震わせて影に隠れてしまった。
 傍らに座っているルウが何かを言っているが、ナマエがそこから出てくる様子もない。

『大丈夫か、ナマエ』

 全部が終わって、抵抗もしたくなくなるだろうくらい徹底的に敵をうちたおした後、尋ねたシャンクスを見上げるナマエの目は丸く大きく見開かれていた。
 初めて出会ったあの時のようなその顔にシャンクスが戸惑ったところで、ぱっと駆け出したナマエはすぐ近くにいたクルーの後ろに隠れてしまったのだ。
 そしてそれから今までの間、シャンクスの傍には近寄ろうともしない。
 ナマエをこの船に置くとシャンクスが決めた後、基本的にはすぐ傍らにいたはずの小さな存在が傍にいないという事実に、はあ、とシャンクスはもう一度ため息を零した。

「怖がられてんのか、おれァ」

「まあ、『遊び足りねェなァ』なんて言って相手を小突き回してちゃあな」

 丁寧に銃を組み立てながら返事をするベックマンの言葉が、シャンクスの胸へと突き刺さった。
 しかし確かにベックマンの言う通り、ナマエには少々刺激の強い場面だったに違いない。
 その見た目の通り平和な島で暮らしていたらしいナマエは、シャンクスや他のクルー達がちょっとした怪我をするだけでとても心配そうな顔をする。
 先日シャンクスが買って与えた鞄には船医から分けて貰ったと言う小さなガーゼと消毒液と傷薬が入っていて、雨の多い海域に入ったからか少々片腕が痛むと話したシャンクスにすらそれを使おうとしていたくらいだ。
 在りし日のナマエを思い浮かべ、そうか、と呟いたシャンクスの手がその口に酒を運ぶ。
 それならもう目の前で盛大に暴れたりはしないようにするが、ナマエが元通りになってくれるのには一体どのくらいの時間が掛かるものだろうか。
 大体、他のクルー達には態度の変わった様子もないのに、シャンクスにだけ距離をとっているのも気にかかる。

「……そんなに怖い顔をしてたってのか」

「それなりに」

 クルーの中でも強面の方に入るだろうベックマンから寄越された返答に、シャンクスはがくりと肩を落とした。







 酒を過ごして寝入ってしまったシャンクスが、ふとその意識を浮上させたのは、何かが体に触れる感触を感じたからだった。
 そっと体を覆っていくそれに、甲板に転がる自分へ誰かが毛布を掛けているのだと気が付く。
 それと共に、傍らを歩くその足音の軽さに、酔いの抜けつつあったシャンクスの頭が一人の名前を弾き出した。

「……ナマエ?」

 ゆるりと目を開けながら名前を呼ぶと、ぴたりと傍らの誰かの動きが止まる。
 硬い板の上で寝た所為で強張っている体をそっと伸ばしながら、寝返りを打ったシャンクスの目が向けられた先には、ぴたりと動きを止めている小さな子供の姿があった。
 寝転ぶシャンクスを見下ろすその顔はどこか強張っていて、明らかに怖がっていると分かるその様子に、シャンクスの中に少しばかりの寂しさが湧き上がる。
 しかし、やったことを無かったことには出来ないのだから、仕方の無いことなのだ。
 どうすりゃいいんだろうなァと小さな彼を見上げながらぼんやり考えたシャンクスの前で、やがてナマエがぺたりと座り込んだ。
 小さな膝を目の前に置かれて、ん? とシャンクスが小さく声を漏らす。

「ナマエ?」

 逃げないのか、とまで考えて名前を呼んだシャンクスの前で、ナマエが自分の鞄を膝の上に置いた。
 小さなそれをそっと開いて、中から小さく切られたガーゼを取り出す。
 船医に習ったのだろう、船医そっくりの動きで取り出した瓶の中身をガーゼに染み込ませたナマエの手が、アルコールの香るそれをシャンクスの頬へとそっと押し当てた。
 撫でるように擦られて、そういやそこにかすり傷を貰っていたっけか、とシャンクスが思い出す。すぐに血も止まったし、傷も浅かったので手当も不要だと、船医にすら無視された傷だ。
 しかしそれが気になるらしいナマエの手が、せっせとシャンクスの怪我を消毒して、それから取り出した傷薬をそこへ塗り付けた。
 独特の匂いがするそれを受け止めながらシャンクスが窺った先で、やがてナマエがその手を降ろす。
 じっとその目がシャンクスの顔を見つめて、それをシャンクスが見上げていると、あのね、と小さな口が言葉を零した。

「シャンクス、かっこよかった」

「…………ん?」

「すっごくつよかった」

 そんな風に言うナマエの目が、きらきらと輝きを増したように見える。
 唐突にほめられて、何の話だろうかと困惑したシャンクスへ向けて、ナマエは更に言葉を続けた。

「たすけてくれたの、ありがと」

「……あー……ああ」

「すごかった」

 何度も『すごい』と繰り返したナマエの顔は、まだ酔いの残るシャンクスの目から見ても、少しばかりの興奮で上気しているように見えた。
 確かに先ほどまで逃げ回られていた筈なのに、一体どういうことだろうか。
 戸惑うシャンクスの前で、ナマエの小さな手が、ぐっと拳を握りしめる。

「ぼくね、シャンクスみたいになる」

 夢見るように呟いたナマエの言葉には、嘘なんて一つも見当たらなかった。
 誰かに言わされたのではなく、心からの発言らしいそれを聞いて、やや置いてそれを理解したシャンクスの口にもようやく笑みが浮かぶ。
 ちゃぷ、と握っていた酒瓶の中身が音を立てたのを聞きながら、それを甲板の上に置き直して起き上がり、座り込んだままでナマエを見下ろした。

「男なら、そこはおれを『超える』って言うもんだろう、ナマエ」

 志は高く持てとばかりに囁いたシャンクスに、ぱちぱちとナマエは不思議そうに瞬きをしている。
 恐らくはよく分かっていないだろうに、それでも『うん、わかった』と素直に言って笑うナマエは、いつもと何も変わらぬナマエだった。


 それから数時間ほど後、『格好良かったシャンクスに見られるのが恥ずかしかった』なんていう訳の分からない可愛らしい理由で避けられていたらしいとシャンクスに教えたのは、それを聞き出していたくせに何も言わなかったクルーの一人である。



end



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