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君に会うために (2/3)



「マルコ?」

「…………一つめは、『忘れたことなんてねェ』」

 呼びかける俺を無視して、マルコが言葉を紡ぐ。
 その目がもう一度じろりとこちらを睨み付けて、すぐに外された。

「二つめは、『ナマエの好きにすりゃあいい』」

 とてつもなくいやそうに言葉を紡いだマルコの腕が、ふるりと震える。
 そうして、数回の深呼吸をしてから、マルコはさらに言葉を述べた。

「三つめは……『おれがやらなくて誰がやるんだ』、だよい」

 俺と同じ答え方で放たれたその言葉は、どうしてだか『白ひげ』に向けたものというよりは、俺へ聞かせるためのように聞こえた。
 目を丸くした俺の前で、ややおいて『そうか』と頷いた『白ひげ』が、どん、と壁を叩く。
 一撃でとんでもない音がした船室に『おじさん』のほうが跳び上がって、その次に聞こえた随分な人数の足音に、俺とマルコも慌てて扉の方を見やった。
 見やった先で扉が押し開かれ、どたどたと何人もの『家族』達が部屋へと入ってくる。
 なぜだかその殆どが武器を持っていて、まるで今から海軍支部でも攻め落としに行きそうな殺気立った顔をしていた。
 思わず俺の首に腕を回したままのマルコに両手を回して、入口側から反対側へ移動させようと身を捩る。
 何してんだよいと唸ったマルコがついに俺の首を解放して、ついでに俺の両腕を引きはがした。

「航路は決まったか」

「ああ、話にあった島のエターナルポースはもうすぐ届く」

 どこそこの海賊団からと傘下の名前を出した『兄貴分』の一人に、『白ひげ』が頷く。
 その様子に視線を向けると、こちらを見やった『白ひげ』の口元に、獰猛な笑みが浮かんだ。

「『いつ』の話なんざ関係ねェ、『家族』が『もてなし』を受けたってんなら、その分の『礼』をしてやるのも『家族』の仕事だ」

 低く唸るその声に、おお、と何人もの『兄貴分』達から声が上がる。
 怖いくらい殺気立った『家族』達の様子に、どうやらあの商人はひどい目に遭わされるらしい、ということを俺はようやく理解した。







 それから、『白ひげ』達の行動はとても早かった。
 魚人によって届けられたエターナルポースで偉大なる航路を横断し、気付けば知っているようで知らない島まで辿りついていた。
 そこにそびえていた『人間屋』の大きな建物は、もう存在しない。
 マルコの代わりなのかもともと見世物も生業としていたのか、何人もの人間がひどい目に遭わされていた建物は、『白ひげ』の拳一つで崩壊してしまった。
 天竜人とやらにも伝手があるという『人間屋』の脅し文句はグラララと一笑に付され、半殺しの目にあった『人間屋』に最後の一撃をくれてやったのはマルコだ。
 『白ひげ海賊団』の大立ち回りに海軍もやってきていたが、『白ひげ』は『人間屋』の商品をすべて強奪して、今はもはや偉大なる航路の大海原にいる。
 人数が増えたせいで食事は日に二回になってしまったが、それだってちゃんと適量が配られていた。
 それでもほとんど毎日どこからか食料が運ばれてくるので、こんなに大人数の収容は傘下の多い『白ひげ』だからできたことなのかもしれない。
 船医やナース達の看護も経て、さらってきた連中はこれからいくつかの島で降ろしていくらしい。
 何人かは『家族』になるらしいという話も聞いた。

「おじさんも次の島?」

「…………ああ」

 ひょいと覗き込んだ小さな一室で、ひっそりと荷物をまとめていた相手に気付いてそう問うと、ちらりとこちらを見た『おじさん』がその目を伏せた。
 基本的にこの部屋に閉じ込められている『おじさん』だが、持っている荷物のほとんどは俺や他のクルーからの差し入れだ。
 もう少し入るならと思って物を持ち込んだのだが、鞄はすでにいっぱいいっぱいだった。
 負担になるかな、と持ってきたものを後ろに隠しつつ、俺が入るととたんに狭くなるだろう部屋の中を覗き込みながら言葉を放つ。

「島に降りたら、また『海賊』になるのか?」

「……いいや、もうこの歳だ、適当に仕事でも見つけるさ」

 略奪はするなと釘差されてっからなァ、と唸った『おじさん』が軽く笑う。
 少し歯の抜けたその笑みを見やって、そうか、と俺は一つ頷いた。
 確かに、『白ひげ』が人を島に降ろすなら、そこは十中八九『白ひげ海賊団』の縄張りだ。
 そんなところで略奪行為なんて行えば、すぐさま『白ひげ』に通報されてしまうだろう。
 『白ひげ海賊団』はよその海賊すら更生させてしまうらしい、となんとなく感心したところで、小さな鞄をきちんと閉じた『おじさん』が、その目をちらりとこちらへ向けた。

「……おい、ナマエ」

「うん?」

 名前を呼ばれて、すぐに返事をする。
 俺のそれを聞いてから、一度深呼吸をした後で、俺の目の前の海賊が呟いた。

「…………悪かったな、いろいろと」

 ぽつりと落ちた言葉に、少しだけ目を丸くする。
 まさか謝られるとは思わなかった。
 そんな思いが顔に出てしまったのか、こちらの表情をうかがった『おじさん』が、おい、と低い声を出した。

「なんだその顔は」

「ああ、いや……はは」

「チッ」

 最後は舌打ちまでこぼして、つんとそっぽを向かれてしまう。
 その様子に軽く笑ってから、俺は後ろに隠してあったものをひょいと取り出した。
 まあ、鞄には入らないだろうが、手に持って降りてもらえばいいだろう。
 そんなにかさばる物でもない。
 俺の差し出したものに、『おじさん』がちらりと視線を向けてから、少しばかり不思議そうな顔になる。
 なんだそれは、と問いかけてくるその目を見つめ返して、俺はレターセットを軽く動かした。

「許すから、返事書いてくれよな」

 『許す』なんて言い方はおかしい気もするが、謝られたのだから仕方ない。
 手紙書くからさ、と紡いだ俺の前で、『おじさん』はぽかんと口を開けていた。





 


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