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君に会うために(1/3)
※『にわとりたまご』設定
※『ヒーローのたまご』後
※名無しオリキャラ注意



「あ……っ マ、マルコっ」

 寄越された刺激に涙目になりながら、俺は傍らの相手を見上げた。
 人を床の上に転がしておいて、ほとんど俺の上に馬乗りになっている誰かさんが、何とも悪い顔で笑う。

「なんだよい」

 今にも舌なめずりしそうな顔で尋ねれて、俺は必死になって相手の腕を捕まえた。
 ぐっと力を入れたのに、マルコのほうが力を入れると、俺の腕すら連れたままでその手が動く。
 こんな状況では、力勝負だって万が一にも勝ち目がないことくらいわかってはいたが、俺だって必死だった。
 助けを求めたくても、薄暗い倉庫の中には俺とマルコ以外には誰もいない。

「なあ、やめてくれ……!」

 頼むから、と言葉を零す俺の上で、やだよい、なんて子供みたいな言葉を零したマルコが、ぐいと俺の体をおしやる。
 そのせいでうつぶせになり、逃げを打とうとして体を動かした俺の下半身に、マルコの手が触れた。
 それだけでとんでもなく刺激的だというのに、指先に力まで入れられてはたまらない。

「ひっ」

「…………何やってんだ、お前ら」

 襲い来るだろうとんでもない攻撃に歯を食いしばったところで、頭の上で声がした。
 それに気付いて視線を向けると、俺をこの部屋に置いて出て行った『兄貴分』が、呆れた顔で部屋を覗き込んでいる。
 先ほどとんでもなく叱られた相手だが、その顔に後光が差して見え、俺は身を捩った。

「た、たすけて!」

「なんだよい、人聞きの悪い」

 切羽詰まった声出してんじゃねェよい、なんて唸りつつ、マルコの手が俺の足をもみ込む。
 それだけでとんでもなく痛いのは、つい先ほどまで正座して酷使していた俺の両足が、とんでもなくしびれているからだった。

「前に、こうすると治りが早いって言ってただろい」

 親切ぶった声音で言いながらものすごく悪い顔で両手をわきわきと動かすマルコは、どうやら今日は俺をいじめたくてたまらないらしい。
 血流を押しやるように動きながら俺の足をもんでいるその手によって、じんじんとものすごいしびれが俺を襲っている。
 俺がそれ以上身を捩れないよう片足まで俺の背中に乗せた相手に、じたばたと身もだえると、こちらを見ていた兄貴分がため息を零した。

「びびらせんなよ、こんな時に何やってんだって焦っただろうが」

「へ?」

「よい?」

 押さえつけられた格好のままで顔を向けると、やれやれと首を横に振った兄貴分が俺とマルコを見つめてから、それから親指で通路の向こうを指さした。

「オヤジが呼んでる、歩けるようになったら来い」

 放たれた言葉に、床に押さえつけられたままの俺がちらりと傍らのマルコを見やると、マルコも不思議そうにこちらを見て首を傾げた。







 じんじんしびれる足が少しだけまともな状態になってから、俺はマルコとともにこの船にただ一つの船長室へと足を踏み入れた。
 そこで目を丸くしたのは、いつだって堂々と座っている『白ひげ』の前にしゃがみ込む、縄でぐるぐる巻きの男がいたからだ。
 どこかへ連れていかれたはずのその男は、俺を『さらおう』とした相手だった。

「おじさん」

 後ろから呼びかけると、なんでだかがくりと肩を落とした相手が、ちらりとこちらを見やる。
 見たところ顔には取り押さえられた時にぶつけた分の傷しか見当たらず、尋問とはいえ暴力はふるわれていないらしい、と分かった。
 少しほっとした俺の腕に、何やら激痛が走る。

「いっ」

 慌てて腕をふりほどいて傍らを見ると、どうしてかじろりとマルコが俺を睨み付けていた。
 痛む腕は、今間違いなくマルコにつねられた箇所だ。
 何するんだ、と声を小さく相手をなじると、知らねえよいとマルコがそっぽを向く。
 加害者のくせにとぼける相手にさらに言葉を重ねようとしたところで、とん、と小さいはずなのに大きな音がした。
 それに慌てて視線を向けると、手に持っていた大きなカップを床へ置いた俺達の『オヤジ』が、こちらを見ている。
 どうしてかその目はとても恐ろしい雰囲気を宿していて、俺もマルコもなんとなくそろって背中が伸びてしまった。
 なぜだろうか。
 目の前の『白ひげ』が、とてつもなく怒っている気がする。

「今、そいつの話を聞き終わったところだ」

 地響きを思わせる低い声で言葉を放ち、『白ひげ』は続けた。

「ナマエ、マルコ、テメェらに聞きてえことは三つだけだ」

 三つ、の言葉に合わせて大きな片手が三本の指を伸ばしたまま持ち上げられ、掌側を己の側へ向けたまま、一つ、と呟く声に合わせて『白ひげ』の人差し指が折り曲げられる。

「こいつの『相手』のツラァ、覚えてやがるのか」

 二つ、と続けて中指が折り曲げられ、『白ひげ』の視線がなんとなく俺の方へと注がれたように感じた。

「こいつをどうしてェか」

 尋ねた言葉に、びくりと俺達と『白ひげ』の間に座っている一人が体を揺らす。
 大きかったはずなのに小さく見える背中を少しばかり見やったところで、『白ひげ』の目が俺から俺のすぐ隣へと移された。

「三つ、やったことの落とし前、つけてやる気があるか」

 いびつな拳を握りながらの三つめの問いかけは、俺よりもむしろ、俺の隣に佇むマルコへ向けたものだろう。
 そう判断して、俺はちらりと傍らを見やった。
 マルコのほうは、先ほど背筋を伸ばしたまま、少し怖い顔で『オヤジ』の前に座るおじさんを見つめている。
 その顔を見てから、俺は視線を『白ひげ』へ戻した。

「一つめの俺の答えは、『たぶん覚えてる』」

 『オヤジ』の問う『相手』というのは、つまりは俺をどこかの誰かへ売り払おうとしていたあの奴隷商人のことだろう。
 俺の記憶の中のものだから、答え合わせができるわけじゃない。
 けれども、同じ時期にほんの少しの間を一緒に過ごした『おじさん』の顔を覚えていたのだから、『商品』の手の届く位置に鍵を置いた間抜けな商人の顔くらい、見ればきっと思い出すだろう。
 曖昧じゃねェかと唸る『白ひげ』をよそに、俺は続けた。

「二つめは、『どこかの島に』」

 そう紡いだ俺を、慌てた様子で『おじさん』が振り返る。
 驚いたようなそのまなざしを受け止めて笑うと、どうしてかこちらを見た相手が顔をしかめた。
 何かを言おうとして、それでも何も言わないのは、『黙っていろ』とでも命じられたからだろうか。
 ややおいて、視線で訴えるのを諦めたように、『おじさん』は体の向きを正面へ戻した。

「テメェはそれでいいのか」

 『白ひげ』が重ねた問いに頷いて、視線を『白ひげ』へと戻す。
 だって本当に、そこにいる相手を恨んだことなんてなかった。
 気付けば拾われてしまってそのまま売られたけれども、あの時拾ってもらわなかったらきっと、俺はその辺でのたれ死んでいたはずだ。
 もちろん、手放しで感謝してあがめるつもりもないけど、死んでほしいとも痛めつけられて欲しいとも思わない。

「それで、三つめは」

 言葉を紡ぎながら、ふと思い出したのは、痛いと泣いていた小さな子供だった。
 それでちらりと隣を見やると、いつの間にか目を伏せていたマルコが、その手で小さく拳を握っている。
 海を行く男の手にしては荒れのないきれいな手が、恐ろしいくらい傷付いてきたことを俺は少しだけ知っていた。
 俺が覚えているのだから、当事者だったマルコだって間違いなく覚えているだろう。
 今はもうたくさんの記憶や思い出が積み重なって遠くなっていたはずのそれを、わざわざ思い出させる必要はない。
 だから、少しだけ前に出て、『白ひげ』とマルコの間へ立ち位置を移動する。

「盗んだのは俺だから、俺が」

 そんな風に言葉をつむぐと、俺の後ろで少しだけ息をのむ気配がした。
 こちらを見ている『白ひげ』が、片眉を軽く動かす。
 その手が自分の膝に頬杖をつき、それから低い声が言葉を零した。

「……マルコ、テメェはどうだ」

 促すような囁き声は恐ろしく、やっぱりどことなくいらだっているように聞こえた。
 一体、『おじさん』は『オヤジ』に何を話して聞かせたんだろうか。
 俺をただ拾って売っただけで怒っているとは思えない。
 まさか、『マルコ』の話もしたんだろうか。
 いやしかし、『おじさん』はマルコのことを知らないような口ぶりだった。
 軽く首を傾げた俺の肩が、後ろからがしりと掴まれる。

「わ、うっ」

 驚いて声を零しかけたところで後ろに引っ張られ、ついでに肩をつかんでいた腕が顎の下へと滑り込んで、俺は軽く首を絞められるような恰好になってしまった。
 慌てて片手で腕をつかんで呼吸は確保するものの、人の首を捕まえた相手の腕がほどかれる気配はない。




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