いじめっこ三人 (2/2)
「どうした、飲ませて欲しいってか?」
嬉しいようで嬉しくない申し出とともに大きな手が伸ばされて、思わず目を見開く。
やめてくれとも言わないまま、急性アルコール中毒一直線だった俺を救ったのは、酒場の扉が強く押し開かれた音だった。
「ああ、いたいた」
それと共に聞こえた声に、慌ててそちらを振り返る。
酒場に入ってきた二人組が俺と『白ひげ』のいるほうを見ていて、俺が振り向いたのを見て片方が軽く手を振った。
見慣れたその顔に、なんとなくほっと息を零す。
俺に安堵をもたらした我らがロジャー海賊団の船長が、レイリーとともにこちらへと近寄ってきた。
「よォ、ニューゲート」
明るく笑って声をかけながら、ロジャーが俺と『白ひげ』の間に割り込むように座り込む。
うちのをいじめるなよ、なんて言いながら俺の手から酒を奪い取った船長は、それからそのまま『白ひげ』と酒を飲みかわすことにしたようだった。
『白ひげ』の方もまんざらではないのか、軽く笑ってそれを許容してくれて、俺のすぐそばで海賊団の首領二人の酒盛りが始まる。
「さっきのダイアルはどうだった、驚いたか?」
「まァなァ、ありゃあなんてダイアルだ」
そんな会話を交わす二人はまるで仲の良い友人のようだが、間違いなく敵船同士であるはずだ。相変わらず、海賊というのはよくわからない。
ひとまず解放されたことにほっとしたところで、俺を挟んでロジャーの反対側に座った副船長が、俺を見やりながら軽くため息を零した。
「買い出しの途中で酒盛りとはいい度胸だ、ナマエ」
「え、いや、あの」
なじるような声音に、慌てて視線をレイリーへ向ける。
俺はちゃんと買い出しをしていたはずで、ここへはほとんど拉致されてきたようなものだ。
酒だって一滴も飲んでいない。
けれどもそんな言い訳をする前に、じとりとこちらを見やったレイリーが、それからわずかに口元へ笑みを浮かべる。
どことなく悪い顔に身を引くと、その距離を詰めるように、俺より背のあるレイリーが身を屈めてきた。
顔を近づけられて、小さな声がこちらへ向けて囁きを落とす。
「『白ひげ』とのお愉しみを邪魔して悪かったな?」
「!」
なんともきわどく思える発言に、俺はすぐさま両手を動かした。
しかし、副船長のほうが動きが早く、その口を覆うために動いた俺の両手がそれぞれ捕まる。
「おいおい、乱暴はやめろ」
ぐぐぐ、と両腕に力を入れても気にした様子無く俺を抑え込んで、副船長はとても楽しそうだ。
「お前ら何じゃれてんだよ、おれも混ぜろ」
「ひっ!」
ふとした拍子に俺とレイリーの攻防に気付いたらしい船長が、そんな風に言いながらさわりと人のわきをくすぐった。
手ひどい攻撃に思わず身を竦めて体を丸めると、俺の反応が面白かったらしいロジャーが笑い声を零す。酒の匂いがして、あの恐ろしい匂いの酒を呷っていたのを思い出した。
「あ、ちょ、わ、やめ!」
「おりゃおりゃ」
さらにさわさわと体をくすぐられて、身を捩った俺の体が二人の間から解放されたのは、どうしてか俺の体が真上に引っ張られたからだった。
驚いて身を竦めた俺をよそにレイリーが俺の両腕を手放し、俺の体が空中を移動して、何やら硬さとぬくもりを併せ持ったものの上に乗せられる。
「『うちのをいじめるな』じゃァなかったか?」
どことなくあきれを含んだ声がすぐ近くでして、俺はびくりと体を揺らした。
声の方を見上げて、それから自分の体を見下ろし、ようやく自分が『どこ』に座っているか把握する。
いや、どうして俺が、『白ひげ』の膝に座っているんだ。
まるで意味が分からない。
「おれはいいんだ、『うちの』だからな。なァ、レイリー」
傲慢にもほどがあることを言い放ったロジャーの横で、そうだなとレイリーが頷く。
何言ってるんだとそちらを見やると、馬鹿言ってんじゃねェよ、と『白ひげ』がさらにあきれた声を零した。
「いじめて喜ぶのなんざ、ガキのするこった」
常識的すぎる発言が落ちて、俺はとてつもなく感動した。
どうやら『白ひげ』は、男らしく格好いいだけでなく常識人でもあったらしい。
これは、これだけの人数に慕われるのも分かるというものだ。
きっとさっき俺に『酒』を勧めて困らせていたのだって、俺が特別酒に弱いと知らなかったからに違いない。何せこの世界の海賊たちは、まるで水のように酒を飲む。
ほっと息を吐いたところで、いくら助けてくれたからと言っていつまでも膝の上に座っているのも恥ずかしいような気がしてきて、俺はそろりと腰を浮かせた。
しかし、俺のそれに気付いたかのように、回された片手が俺の体を前から捕まえる。
大きな掌に捕まれて抑え込まれると、それ以上動くことができない。
「……あの、」
どうかしたのか、とちらりと『白ひげ』を見上げると、こちらを見下ろした『白ひげ』が、その口元に改めて笑みを浮かべた。
「どうかしたか?」
「え? いや、助けてくれてありがとうございます、降ろしてくだ」
「却下だ」
「え」
あまりにもきっぱりとした言葉に、俺の口からは間抜けな声が漏れた。
困惑して見つめた先で、グラララ、と笑い声を零した『白ひげ』が言葉を紡ぐ。
「さっきの話を『吐く』んなら、逃がしてやってもいいがなァ」
そんな風に言い放たれて、話題が蒸し返されてしまった事実に目を見開く。
顔が赤いのか青いのか分からないが、間違いなくひどいことになっているだろう俺をよそに、酒を飲む『白ひげ』は楽しそうだ。
「なァおいレイリー、おれらが餓鬼ならあいつはなんだろうなァ?」
肘でレイリーをつついたロジャーがそんな風に言葉を紡いでいたようだったが、俺にはもはやそれにレイリーがなんと返したのかすら聞く余裕がなかったのだった。
end
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