- ナノ -
TOP小説メモレス

いじめっこ三人 (1/2)
※主人公はトリップ系ロジャー海賊団クルー
※若ニューゲート・ロジャー・レイリー



 グララララと、大地を揺るがすように笑う。
 俺が惚れた相手は、そんな男だった。

「お! 見ろ、モビーディックだ」

 声を上げた船長が、彼方を指差す。
 それを聞いた数人が同じほうを見やり、思い思いに声を零した。
 歓迎するようなものが多いのは、この船の上の人間が好戦的だからだろうか。
 しかしどちらかと言えばこれは『殺し合い』を楽しむ殺伐とした雰囲気ではなくて、喧嘩を仕掛けるのを楽しむ悪餓鬼の集団にも見える。
 俺も同じように彼方を見やって、今にも歌いだしそうな船首にわずかに目を細めた。
 オーロ・ジャクソン号よりも大きな海賊船の上で、その誇りが風を孕んで揺れている。
 間違いなく、あれは『白ひげ』の船だ。

「よかったなァ、ナマエ!」

 にかりと笑って振り返った船長の言葉に、びくりと体が震えた。
 慌ててそちらへ顔を向けて、何を急に、と声を漏らす。
 しかしこちらを見やって笑っている船長の表情は変わらず、そのことに少しだけ焦りを感じた。
 たぶん顔だって赤くなっているだろう、そんな俺の横を通り抜けて、船長が副船長に声をかける。

「レイリー、この間のダイアルを試さねえか」

「ガープにぶち込んでやると言ってなかったか?」

「ニューゲートも驚かせてェんだ、おれは」

 そんな風に言い放った船長に、副船長がため息を零している。
 この間のダイアルというのは、あのものすごく苦しかった空島で『拾った』と言っていたリジェクトダイアルのことだろうか。
 あれこれと試しては海へぶっ放していたのを思い出した俺の視界で、副船長が仕方がないと言いたげに肩をすくめる。
 たぶん許可は出るのだろうと判断して、俺もまた、わいわいがやがやと騒がしく海戦の準備を始めた仲間たちに混ざることにした。







 海賊と海賊の小競り合いは、大体が決着がうやむやのうちに終了する。
 実力の差がけた違いならその限りではないかもしれないが、ひとまずロジャー海賊団と白ひげ海賊団は『そう』だった。
 どこから聞きつけてきたのだか、突然現れた海軍に邪魔をされたのだから仕方ない。
 放られる砲弾は大きいほうの的に当たりやすく、能力を使った『白ひげ』によって引き起こされた津波を乗り切るのは大変だった。
 うやむやのうちに終了した海戦の後は、それなりに打撃を受けた船の修理と物資の調達だ。
 俺達が訪れたのは、いくつかの島が集まって形成されている一国だった。

「お前に任せた」

 初めて来た島に興奮し駆けていってしまったバギーとシャンクスにため息を零して、副船長からメモを預かった俺は、いつもの通り買い出しに出た。
 そう、確かに買い出しをしていたはずなのだ。

「どうした、そんなに縮こまりやがって」

 低い声が面白がるように言葉を寄越して、いやその、と声を漏らす。
 それからちらりと視線を向けると、俺のすぐ近くに座っている大きな体の海賊が、のどにこもった笑い声を零した。
 その名にふさわしい白ひげをたくわえた海賊を見やってから、どういうことなのだろうかと周囲を見回す。
 夕暮れ時のこの時刻、酒場がにぎわい始めるのは問題ないのだろうが、あちこちに見たことのある顔があり、そしてその場の人間のほとんどが俺の知っているマークを身に着けていた。
 間違いなく、この酒場にいる客のほとんどが『白ひげ』海賊団だ。

『なんだ、お前らもこの島にいるのかよい』

 街角で俺と遭遇した特徴的な頭の海賊は、そんな風に言ったあと、俺をここまで引っ張ってきてすぐにどこかへ行ってしまった。
 荷物を持っていたので、買い出しの途中だったんだろう。
 だったら俺も買い出しの途中だったと気付いてほしい。
 そうでなくても、どうして俺がここに連れてこられたのか、まるで分からない。
 俺はロジャー海賊団の人間で、ついさっきだって『白ひげ』海賊団とは喧嘩を繰り広げていたはずなのだ。

「おい」

「あ、ハイ」

 声を掛けられてそらしていた視線を戻した俺は、『白ひげ』の二つ名を持つ海賊が手元のジョッキをこちらへ向けているのを見た。
 中身が空のそれに、すぐさまテーブルの上に乱雑に置かれていた酒を捕まえて注ぐ。
 なみなみと入ったそれに満足そうに笑い、相手は俺が注いだ酒を口にした。
 さっきから、ほとんどこのやり取りである。
 クルーたちを家族として扱う『白ひげ』ならば、酌をしたがる人間だって数多く存在するはずなのに、どうしてか俺と彼の周りには妙に人がいない。
 だとすれば俺しか酒を注ぐ人間がいないのだから仕方がないかもしれないが、自然な様子で俺が注いだ酒を飲む相手に、あの、と思わず声を掛けた。

「それ、俺が入れたんですけど」

 もちろん何かを仕込んだりしたわけではないが、あまりにも無防備じゃないだろうか。
 目の前で入れたって、何かをしないとは限らない。
 いつだったか、目の前で仕掛けられたいたずらに気付かずに呷った酒にタバスコが入っていて思わず噴き出した身の上としては、とても気になる。
 しかし俺の言葉に、『白ひげ』は面白がるように片眉を動かした。

「なんだァ? 何かしかけやがったってのか?」

「いや、そんなことは」

「ならいいじゃねェか」

 豪胆にもほどがある発言とともに、『白ひげ』が手元のジョッキを空にする。
 またも飲み干されたそれに、次はどの酒を入れるべきかとテーブルの上へ視線を向けた俺は、酒瓶と自分の間を遮るように置かれた空のジョッキにびくりと体を震わせた。
 慌てて視線を戻せば、ジョッキから手を離した『白ひげ』が、こちらをじっと見つめている。
 俺の内側を覗き込むようなそれに思わず身を引くと、俺をさらに覗き込んでから、目の前の口が言葉を零す。

「ナマエ、つったかァ」

「え」

 そうして放たれた自分の名前に、俺は目を見開いた。
 ロジャー海賊団において間違いなく下っ端の、そしてシャンクスやバギーほど目立つこともない俺の名前を、どうして敵船の船長が知っているのだろうか。
 困惑して見つめた先で、あってたみてェだなァ、と『白ひげ』が笑う。
 楽しそうに目を細める相手にどことなく顔が熱くなったのを感じつつ、俺はごまかすように口を動かした。

「ど、どうして……」

「ロジャーが呼んでたじゃねェか」

 それは、一体いつのことだろう。ひとまず、今日のことではないはずだ。
 ダイアルの衝撃に巻き込まれたりしないよう、今日の俺はいつもよりさらにロジャーから距離をとっていたし、関係のないところで名前を出されるとも思えない。

「テメェから名乗りにこねェから、確かめるのが遅くなっちまった」

 あっていたようで何よりだと満足そうな声を零した『白ひげ』に、何の話だろうかと首を傾げた。
 俺のそれを見て、『白ひげ』が言葉を続ける。

「いつもこっちを見てたじゃねェか、ナマエ?」

 おれに用があったんだろうと、そんな風に寄越された言葉に、俺は思わず目の前の海賊から顔ごと目を逸らした。
 そうして見やった酒場は、先ほど見たのと同じく賑わっている。
 まるで自分が『白ひげ』の一員であるかと勘違いしてしまいそうなくらいに、和気あいあいとした雰囲気だ。
 そういえば、先ほどより少し人数が増えている気がする。
 買い出しに行っていたクルーが合流しているのだろうか。
 しかしそれはまずいだろう、確かに大きな酒場だが、『白ひげ』が全員入るとは到底思えない。

「おい」

 間違いなく現実逃避をしていた俺の頭が、寄越された声とともにがしりとつかまれる。
 そうして無理やり首をひねられ、俺は元の場所へ視線を戻すことになった。
 俺の頭なんて一つかみだろう大きな掌を使って、俺を無理やり動かした『白ひげ』が、こちらを見て笑っている。

「何かねェのか?」

 尋ねているはずなのにどうしてか、まるで『白ひげ』はその答えを知っているような顔をしていた。
 しかし、そんな筈がない。
 俺がその姿に視線を奪われていたのは、俺が敵船の船長に焦がれてしまったからだ。
 男同士でそんな感情を持つなんて間違ってるし、憧れめいた感情なのではないかとひとしきり悩みはしたが、どうにもならなかった。
 なんとなくどうしてか船長や副船長に知られているような気はするが、彼らだって俺に決定的なことを聞いてはこないから、たった一言だって漏らした覚えもない。
 ただ一度だけ『白ひげに行くか』と問われた時だって、俺は首を横に振った。
 近くに行って叶わない想いを抑えておける自信もなかったし、わけもわからない場所へ放り出された俺を助けてくれた恩を、俺はまだ返せていないからだ。
 ロジャーは『そうか』とそれに笑って、それっきり同じ問いはしてこなかった。

「……な、なにも?」

 こちらを見つめる相手に、恐る恐るごまかしを口にする。
 それを聞いて笑みを深めた『白ひげ』が、それから俺の頭を解放した。
 そしてその代わりのように、つかんだ酒瓶がその親指で栓を抜かれる。

「なら、吐くまで飲ませてやろうじゃねェか」

 楽しそうに言葉を紡がれ、ええと、と声を漏らした。
 差し出されて思わず受け取った酒瓶からは、もはや消毒液のにおいがする。
 こんなものを飲んだら間違いなく胃がひっくり返りそうだが、『白ひげ』の求めている吐くものは俺の胃液ではないはずだ。
 大体、『好きな相手』の前でそんな無様は晒せない。
 どうしよう、困ったと冷や汗をかきつつ酒瓶を握ってみるが、瓶は消えてなくならない。




戻る | 小説ページTOPへ