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賢い子供 (1/2)
※名無しオリキャラ注意
※ほんのりグロテスク注意
※主人公は転生幼児(知識有)



 『生まれ変わり』なんてまるで漫画かアニメの世界みたいだなあと、そう思ったのが確か最初だった。
 外国人の顔だちなのに『日本語』を話す父母を見上げて、変だなあと考えながら少しばかり育った俺が、どうか『この世界』が夢であってくれと願ったのは、俺が生まれ直した島を海賊と呼ばれる生業の荒くれが襲ったからだった。
 あちらこちらで悲鳴が上がって、俺の父親も、恐らくは母親も死んでしまった。
 這う這うの体で逃げ出した俺は本当に小さくて弱くて、けれども『なぶる獲物』を逃がしたくなかった海賊の一人が追いかけてきた。
 中身の年齢を考えれば情けない話だが、目から涙があふれるのを止めることもできなくて、だから大泣きしながら、何度も転んでは起きながら村から海のほうへ続く獣道を逃げて。

「んぶっ!」

 突然目の前に『生えた』障害物に顔からぶつかって、どたりと後ろに尻もちをついた。
 痛む顔を押さえつつ慌てて顔を上げれば、首が痛くなるほど真上からこちらを見下ろす人間がいた。
 真っ赤なスーツを着込んで、肩から白いコートのようなものを掛けた見知らぬはずの相手にわずかな既視感を抱き、わけがわからない俺の真上をごう、と火が燃えるような濁流のような音が頭の上を掠めていく。
 それとともにすぐ後ろで野太い声の悲鳴が上がって、俺は驚いて後ろを振り向いた。
 見やったそこには、じゅうじゅうと焦げている人間の形をした何かがあった。
 その手が取り落としたらしいサーベルだけが無事に大地に転がっていて、それとその何かの大きさから、俺を追いかけてきた海賊のなれの果てだということはなんとなく予想がつく。
 ぼた、ぼたと大地を叩いた赤黒い滴が土を焦がしてじゅうじゅうと音を立てていて、そちらから漂う熱が俺の顔を照らす。

「…………あ……」

 これは、なんだろう。
 戸惑いながら、俺はやがて崩れゆく人間だったものを見つめた。
 海賊を焼いた熱の塊は、まるで溶岩のようにも見える。
 しかし、この島に火山があるという話は聞いていないし、俺にはなに一つの被害もなく、俺を追いかけてきた人間だけを巻き添えにして小規模な噴火が起こるなんて、そんな都合のいい話があるとも思えない。
 わけがわからず、ぱち、と瞬きした俺の耳に、どたばたと駆けてくる何人かの足音が聞こえた。

「サカズキ大将!」

 大きな声が耳を打って、ぱちりと瞬きをする。
 それから恐る恐る後ろを振り向くと、先ほど俺を見下ろしていた赤いスーツの大男に、俺の父親くらいの大きさの数人が駆け寄っていた。
 全員が一律に似たような恰好をしていて、かいへいさんだ、と胸の中だけで紡ぐ。
 海に面したこの島で、俺の理解するところによれば『警察』の生業をしている職業の人間だ。
 海軍、海兵、海賊と聞かされて、昔読んだ漫画に似ているなあなんて思ったことまでを思い出し、びくりと体が震える。
 サカズキ。
 その名前には、なんとなく聞き覚えがある。
 慌てて見上げた顔は漫画の顔と完全に一致しているかも分からなかったが、もとよりとある俳優をモデルにしていたそのキャラクターのことを考えると、それで間違いない気がした。
 そうだ。漫画かアニメのように『前世』の記憶を持って俺が生まれ直したこの世界には、耳慣れない単語があふれていた。
 ベリーという通貨。悪魔の実という名前の不思議な『お宝』。海王類なんていう巨大な生き物。うららかな日差しが降り注ぐ日の多いこの島は春島というらしい。
 生まれてから三年と少し、見た目からして小さな子供でしかない俺を構う父親と母親は全部を当然のことのように語っていて、俺はそれら全部を聞きながら、妙な違和感をずっと抱いてきた。
 だってそれは、フィクションの中にあるべき単語だったのだ。

「……しゃかじゅき」

 知っている名前を口にしたら、舌がもつれて変な呼び方になった。
 俺の小さな声が聞こえたのか、部下らしい数人に短い命令を繰り出していた赤いスーツの大男が、じろりとこちらを見下ろす。
 よく見れば入れ墨まで入っている何ともやくざのような風貌の相手に、びくりと体を震わせた。
 そうだ、この目の前の大男は『サカズキ』だ。
 主人公の敵で、主人公の『兄』を殺して、海軍という派閥のトップに立つ。
 悪は全て皆殺しで、疑わしきも皆殺しで、正しくなければ生きる価値がないとまで言い切る、とんでもない『正義の味方』だ。
 ぶわりと汗がにじんだのは、真後ろから漂う熱気のせいだけじゃないだろう。
 怖い、とそう思うのに体が竦んで動けない俺を見下ろして、帽子の下からのぞくその目がわずかに眇められる。
 むっとした顔は怒っているようにしか見えず、どうしていいか分からないでいる俺の前で、赤いスーツの大男がわずかにその身を屈めた。
 伸びてきた大きな掌が、がし、と俺の頭を捕まえる。
 名前は忘れたがなんとかいう悪魔の実の力を使えば簡単に俺を殺せるだろうその掌に、身動きの一つもとれない俺を見下ろして、少しばかり俺の頭を動かして顔を上向かせた目の前の恐ろしい海兵が、それから舌打ちを零した。

「……衛生兵はおりよるか」

「はっ!」

 低い声に誰かが短く返事をして、さっさと働けと唸った赤いスーツの海兵が俺の頭から手を離す。
 そして屈めていた膝を伸ばして、相手は俺の横をそのまま通り抜けていった。
 困惑しながら見送った俺の目に、今はもうあまりよそでは見ない『日本語』が、正義の二文字を掲げて翻る。

「…………?」

「坊主、大丈夫か?」

 困惑しつつ首を傾げた俺の横で、そんな風に声を掛けながら膝をついた見知らぬ男性が、その手を俺の顔へと伸ばした。
 その手が持っていたガーゼに頬をぬぐわれて、自分の顔が傷にまみれていることに気付く。
 何度も顔面から転んだのだから当然だろう。ひりりと痛むそれに顔をしかめながらもぎゅっと我慢をすると、えらいなあ、と海兵らしいその人が褒めてくれた。
 そのまま手当を受けながら、ほかの数人の海兵たちが歩いていくのを見送る。
 全員がついていく先には、先ほど俺の前から歩み去っていった『正義』がある。

「坊主、親はどこだ?」

 なんとなくそれを見つめていると、俺の手当てをしていた海兵が俺へ向けて言葉を落とした。
 それを受けて視線を戻しつつ、俺は返事を口にする。

「……しゃっき、かいぞくが」

 父親が死んだのは、この目で見た。
 俺の目の前で袈裟斬りにされた俺の母親が、生きている可能性はどのくらいのものだろう。
 逃げなさいと大きな声を放たれて、怯えて逃げた俺はただの卑怯者だった。
 俺の言葉に、どうしてか少しだけ眉を寄せた海兵が、それからそっと言葉を零す。

「……大丈夫だ。サカズキ大将が、仇をとってくれるからな」

 優しく子供をあやすようにそう言われて、俺はぱちりと瞬きをした。







 あの海兵の言葉の通り、どうやら『海軍大将赤犬』と呼ばれるあの海兵は、俺の仇をとってくれたようだった。
 ほとんど皆殺しに近いという話はこっそりと海兵から聞いたもので、俺が実際にこの目で確かめたものではないが、生き残りが俺だけという事実がその凄惨さを物語っているような気がする。
 俺の父親も母親も友達も親戚も死んでいて、すなわち俺は孤児となってしまったのだ。
 その事実を把握したころ、事後処理を終えたらしい海兵たちに連れられて、俺は軍艦に乗せられた。
 どうやらこれから、どこかへ連れていかれるらしい。

「…………」

 訳が分からず、現状を把握しようと神経をとがらせていたせいか物音がするたび驚いてきょろきょろしていたら、俺は数時間でとある一部屋へと移動させられることになった。
 『ここが一番安全だぞ』と言ってくれた海兵も今はおらず、俺が座るには大きすぎるソファに座らされたまま、ちらりと俺以外で部屋に唯一の人間を見やる。
 執務机に座った赤いスーツの海兵は、現在書類仕事中のようだ。
 ぱらぱらと紙をめくって、時々ペンで何かを書いている。
 『一番安全』だというこの部屋は、どうやら『サカズキ大将』の『簡易執務室』であるらしい。何が簡易なのかは分からないが、人のよさそうな海兵が部屋の前で言った名称に相違があるとは思えない。



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