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いじめっこの自然律 (2/2)


 この時期は旅行者が多いらしく、迷子の少女の引き渡しは、随分と簡単に手続きが出来た。
 泣きはらした目でようやく笑顔を見せてくれるようになった少女に手を振ったナマエを伴って、レイリーが集会所を後にしたのは数分前の話だ。

「はい、どうぞ」

 言葉と共に、愛らしい桃色を宿したふわふわの駄菓子がレイリーの方へと差し出される。
 寄越されたそれに眉を寄せつつ、レイリーの手がそれを受け取った。

「……何でわたあめなんだ」

「そこに売ってたんで」

 問いかけるレイリーに、ナマエが傍らを掌で示す。
 レイリーがちらりと向けた視線に気付いてか、様々な色味のわたあめを店頭に並べた店主が人好きのしそうな笑顔を浮かべた。
 軽く会釈して視線を逸らし、レイリーの目が改めてわたあめを見下ろす。
 それなりに名の売れている海賊が噛り付くには可愛らしすぎるそれと同じものを手に持って、ナマエは気にした様子もなくその端を口にいれた。

「たまに食べると旨いですよね、これ」

 しみじみそんなことを言う相手に、そうか、と返事をしつつ仕方なくレイリーもわたあめを口に運ぶ。
 湿った分だけしぼんで溶けていくそれが、甘ったるくレイリーの舌を刺激した。

「バギーとシャンクスにも買ってってやろうかな」

 レイリーと並んで二人で歩き出しながら、ちらりと店を見やったナマエがそんなことを口にする。
 いつだってその二人の名前がでるな、と軽くため息を零してから、レイリーの手が自分の口からわたあめを離した。

「船に戻るのはまだ先だ。しぼんだ物を食わせるつもりか?」

「あ、それもそうですね」

 わたあめはふわふわじゃないと、と言葉を零して頷き、ナマエがもう一口手元の駄菓子に噛り付く。
 あまり大きさのないわたあめをじわじわと減らしながら、口の中身を飲みこんだらしいナマエは、それにしても、と口を動かした。

「いないみたいですねェ、学者」

 呟くナマエに、そのようだな、とレイリーも返事をする。
 学者は今この町にはいない、とはっきりと言ったのは、集会所で少女を預かってくれた年配の女性だった。
 詳しく聞いたところ、どうもその『海流』を調べに船を出しているらしい。
 戻る予定は数日後だと言われたが、数日の間ロジャーが待つとは思えない。
 どうします、と傍らから聞かれて、仕方ないな、とレイリーが呟く。

「次をあたる」

「……あれ? いないんですよね?」

 レイリーの言葉を聞いて、ナマエが怪訝そうな顔をした。
 ちょうどいいのがいるじゃないか、とそれへ返事をしつつ、レイリーの手が港の方を指差す。
 それを追いかけて視線を向けたナマエは、レイリーが指差している帆船たちの群れを見つけて、え、と小さく声を漏らした。

「まさか、あの船の航海士にあたるっていうんじゃあ……」

「それ以外に何があると?」

 恐る恐ると寄越された言葉に、レイリーの口元に笑みが浮かぶ。

「ちょうど近隣の島を回っている商業船が来ているという話だったしな。学者ほど詳しくはないだろうが、発生しやすい場所や時期位は把握しているだろう」

「いやいや、いくらなんでも船乗り相手だと通報されますよ」

 絶対手配書確認してますって、と声を漏らして、自分が賞金首だってわかってますかとナマエが言う。
 ロジャー海賊団において、船長の次に高い金額を首にぶら下げていることくらい、ナマエに言われずとも分かっていることだ。
 そしてそれに伴った実力を誇るレイリーは、分かっているとも、と優しげな声を出した。

「もちろん、穏便に尋ねることにしよう」

「……本気だ……」

 並んで歩きながら、ナマエががくりと肩を落とす。
 その手に握っているわたあめすらうなだれたのを見やって、そう気落ちすることも無いだろう、とレイリーは肩を竦めた。

「それとも、ナマエはその『ノックアップストリーム』とやらに出会うまであてもなく海を彷徨いたいのかね」

 『それで行くぞ!』とロジャーが言った以上、発生する場所を調べきれなければ数撃てば当たると言わんばかりの航海になることは目に見えている。
 クルー達がいたずらに疲弊するのを防ぐためにも、情報は必要なのだ。
 レイリーの言葉に、そりゃそうですけど、ともごもごと呟いてナマエの口からため息が漏れる。
 それから、大きく開いた口がやけくそのようにわたあめへと噛みついて、口いっぱいに頬張ったそれをもぐもぐと噛みしめた。
 レイリーも同じようにもう一口わたあめを口にして、それから少しばかり眉間に皺が寄る。
 それに気付いたナマエが、口の中身をどうにか飲みこんでから、あれ、と小さく声を漏らした。

「レイリーさん、甘いの駄目でしたっけ?」

 きょとんと目を丸くして寄越された言葉に、いや、とレイリーは返事をする。
 事実、穏やかな甘さはレイリーにとって好ましい類の食品だ。
 ナマエがバギーやシャンクスにくれてやる菓子は必ずレイリーの手元にも献上されていて、船の上では一週間に数回はそう言ったものを口にしている。
 ナマエの手作りだと言うそれらは大概クッキーなどの焼き菓子で、材料を節約するためにか甘さは控えめだった。
 ただ、わたあめと言うのは基本的に砂糖の塊であり、『穏やか』とは程遠いのである。
 それが分かっていながらも、もう一口わたあめを齧って、レイリーが呟く。

「ついでに、後で飲み物でも奢ってもらおうか」

「別にいいですけど……」

 無理そうなら俺が残り食べますよ、と寄越されたナマエの言葉は魅力的だったが、レイリーはそれを拒否した。







 レイリーが他船の一般航海士に要求した情報は、『穏便』に言ったためかほぼ満足の行く形で手に入れることが出来た。

「まずは船の強化が必要そうだな」

 心優しい航海士に献上された海図を確認して、レイリーの口がそんな風に言葉を放つ。
 すでにその手元にわたあめは影も形も見当たらず、ゴミも片付けた後だった。
 先ほど航海士から海図と共に渡されたエターナルポースを鞄へ仕舞いつつ、ええ……とナマエが歯切れの悪い声を零す。

「本気でやるんですか」

「ロジャーが言ったんだ、当然だ」

「なんでみんな船長の言うこと聞いちゃうんですか……」

 きっぱりとしたレイリーの言葉に、ナマエが肩を落としている。
 お前だって同じだろう、と傍らを見やってレイリーが口を動かした。
 レイリーとナマエが乗るオーロ・ジャクソン号は、ロジャー海賊団の船だ。
 一味にその名を冠している船長のロジャーは、人をひきつけてやまないはた迷惑な男だった。
 彼が『行く』と決めたなら、レイリーにそれを阻止する術はない。
 太陽のように笑って無茶を言う男の顔を思い出し、それから今朝のやり取りを思い出して、それに、とレイリーは呟いた。

「お前が口を滑らせたんじゃないか」

「無理やり聞き出したくせに、また酷ェことを」

 俺は黙ってようとしましたよ、とナマエが横で口を尖らせている。
 子供のようなその顔を見やって、それもまた悪い、とレイリーが呟いた。
 街を抜けるべく裏路地につま先を向けたレイリーを追いながら、え、とナマエがすぐ後ろで声を漏らす。
 どうせまた間抜けな顔をしているのだろうと把握して、レイリーは振り返りもせずに言葉を紡いだ。

「お前がおれに隠しごとをするだなんて、許すはずがないだろうに」

 漂流していたナマエを拾ったのはロジャーだが、一番その面倒を見ているのはレイリーだった。
 ロジャーの顔を知り、その右腕であるレイリーの顔を知っていた彼は駆け出しの賞金稼ぎだったのかもしれないが、今は海賊なのだからそんな過去は些末なことだ。
 バギーやシャンクス達を構って笑い、船での作業にせいを出して楽しげな顔をするナマエを構い、時に足蹴にするのはレイリーの大事な日課である。
 今更船を降りようとするなんて許しはしないし、嘘の下手なナマエの隠しごとなど、丸裸にしてやるに決まっている。
 触れてほしくはないらしい故郷のことも、折りを見て聞き出してやるつもりでいるのだ。
 背中を向けたままのレイリーの後ろで、躊躇うようにしながら足を速めたナマエが、狭い路地でレイリーの隣に並ぶ。

「……レイリーさん、横暴って言われたことないですか?」

「おや、実に心外だ」

 自分を見やる男の顔をちらりと見やって、レイリーは大げさに嘆くふりをした。



end



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