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ヒーローのたまご (1/3)
※少年とも青年とも言えない辺りのマルコ
※名無しオリキャラたくさん注意



『だいじょうぶだ、マルコ。おまえはぜったいにすごくつよくなるけど、そうなるまではおれがまもってやるから』

 ナマエがそう言ったのは、マルコと初めて出会ったあの日だった。
 傷の癒えたマルコの手を握り、そう囁いたナマエに目を瞬かせたのを、マルコはまだちゃんと覚えている。
 おかしな実を食べた所為で変な能力を手に入れて、見世物にされて化物だと言われた自分にそんなことを言ってくれたのは、後にも先にもナマエだけだった。
 二人そろって『白ひげ海賊団』に仲間入りし、海賊として日々を過ごすようになってから、確かにナマエの言う通り、マルコは随分と強くなった。
 もちろんまだまだ兄貴分達には敵わないが、ナマエと組み手をしても勝つことの方がずっと増えた。
 投げ飛ばされても受け身をとって、『ああ負けちまった』と笑うことの多くなったナマエに、そんな顔されちゃあ勝った気がしない、と笑うことが常になった。

『これからは、おれがお前を守ってやるよい』

『ええ? そうかァ、たよりになるな』

 胸を逸らして宣言したマルコに対しても、ナマエはそんな風に言って年上ぶっていた。
 そう、ナマエはいつだって余裕の滲んだ表情を浮かべているのだ。
 そのナマエが、今、どうしてだか少し困った顔をしている。

「ナマエ……!? ナマエじゃねェか!」

 大声をあげてそう声を紡ぎ、飛びかかってきた相手に気付いたマルコが不審者を撃退しようとしたのを退けたナマエがそれを迎え撃ったのは、ほんの数分前。
 マルコやナマエよりも大きな両腕を、まだまだ『ガキ』だと言われることの多い年齢相応のナマエの体にぐるりと回して、少し不潔な風貌の男がナマエへと抱き付いている。
 大げさにおいおいと泣いている相手にナマエが少しばかり首を傾げて、それでも相手を振り払うことなく、耳に相手が寄越す涙声での何がしかにうんうんと相槌を打っている。
 小さくなったり大きくなったりするその声から漏れ聞こえた話によれば、小さな島の町中でナマエとマルコの方へ飛びかかってきたその男は、どうやらナマエの『父親』であるらしい。
 もちろん、マルコとナマエの『親父』と言えば今はモビーディック号にいるだろうただ一人の偉大なる海の男のことだが、それとは違う。
 しかし急にそんなことを言われても、嘘をつけとマルコは相手を罵りたい気持ちになった。
 まず、見た目がまるで似ていない。確かに男もナマエも黒髪だが、そんな人間はどこにでもいる。
 何より男から漂う雰囲気が、マルコの何かに警鐘を鳴らさせた。
 目の前の相手は油断ならぬ男なのだと、そう感じるからこそいい加減ナマエを引き剥がそうと動いたマルコの腕が、横から伸びてきた手に阻まれる。

「な」

 驚いて傍らを見あげたマルコは、自分の腕を掴んでいる『兄貴分』がふるふると首を横に振ったのを見た。
 それから、おいナマエ、とナマエの方へと声を掛けて、兄貴分が近くの酒場を指差す。

「こんな往来でそんなやりとりをしてちゃあ、島のみなさんに迷惑だろ。おれらは向こうの店に行ってっからよ、お前も親父さんと、そこの店ででも積もる話をつけてくりゃどうだ?」

 言葉を重ねた兄貴分に、あ、とナマエが声を漏らした。
 自分の体に取りすがる相手を支えたまま、その目がきょろりと周囲を見回す。
 確かに、夕暮れ時の町中で、往来でむせび泣く男を抱き留めるだなんて格好は、何とも人目を引きやすい。
 ただでさえマルコ達は数人の兄貴分達と連れ立って歩いているのだから、まるで海賊が一般人を泣かせているかのような光景だ。
 当然ちらちらと道行く人間はマルコやナマエのいる方を見ているわけで、注目を集めていることに今更気付いたらしいナマエが、こそりと自分に抱き着く男へ何かを耳打ちした。
 おう、と涙の混じる声を漏らして少しばかりナマエから体をはなした男が、ぐすりとはなをすする。
 その手はまだしっかりとナマエの腕を掴んでいて、まるで目の前の相手を逃がさないとでも言いたげだった。

「親父さんも、男がそんなに泣くなって。な?」

 とんとん、と男の肩を叩いたマルコ達の兄貴分が、それじゃあ少ししたら迎えに行くからよ、と言葉を放ってナマエを道向かいの店の方へと押しやる。

「あ、分かった、それじゃあ……」

 それに合わせて男を伴って歩き出そうとしてから、ナマエの目がちらりとマルコの方を見やった。
 何かを訴えるようなその眼差しを受けて、やはりざわつく何かを感じたマルコがナマエの方へと足を踏み出すより早く、掴まれたままだった腕が逆方向へ引かれる。

「よいっ」

「お前はこっちだっつーの」

 ほら来い、なんて言葉を紡いだ別の兄貴分が、引き寄せたマルコの口まで塞いで、有無を言わさず引き摺っていく。
 やだよいナマエも一緒よい、なんて言葉が出かかってそれをマルコが飲みこんだのは、自分がそんな駄々を重ねて良いような年齢では無いことくらい分かっているからだ。
 仕方なく酒場へと連れ込まれ、往来に面した窓の傍にマルコが腰を下ろすと、ちょうどナマエが男を伴って向かいの店に入っていくのが見えた。

「なァに見てんだ」

 眉を寄せてその様子を観察していたマルコの視界を、傍らから差し出されたメニューが遮る。
 なんだよい、と声を漏らして視線を戻すと、マルコの隣に座った兄貴分が、マルコの前にメニューを広げ直した。

「しっかし、ナマエの親父なァ」

「この広いグランドラインで再会するたァ、縁もあるもんだ」

 酒を注文しながらそんな会話を交わしている兄貴分達をよそに、む、と眉を寄せたマルコの目が目の前に広がったメニューを睨み付ける。
 酒の名前が半分を占めているが、つまみの所にはこの島の特産品らしいものが使われた料理が一番大きく書かれていて、ナマエはこれが食べたいと言っていたなんてことを思い出すと、マルコの眉間のしわは更に深くなった。
 そんなマルコを放っておいて、数人が料理を注文していく。

「ナマエの奴、どうするかな」

 ざわざわと広がる喧騒の最中、ふと漏れた兄貴分の言葉に、メニューからマルコの視線が逸らされる。
 見やった先では、食前酒のつもりなのか運ばれてきた酒を開けて数人の『兄弟』のグラスに入れてやりながら、マルコ達の兄貴分の一人が軽く口を動かしていた。

「そりゃあお前、いくら親父さんに会えたからって、船を降りたりするか? あのナマエが?」

 マルコが乗ってるのに、と人の名前を引きあいに出され、マルコはじとりと発言者を見やる。

「なに人の名前だしてんだよい」

 唸るようにそう言うと、はははは、と笑い声を零した兄貴分が酒の残った瓶をマルコの方へと放り投げた。
 わびのつもりらしいそれを受け取り、ちゃぷりと中身を揺らしたマルコの横で、更に兄貴分達が言葉を交わす。

「そういや、どうしてあの二人は生き別れたりしてんだ?」

「さァなァ……マルコ、お前なら聞いたことあるか?」

「…………知らねえよい」

 問いかけられた言葉に、マルコは低く声を漏らした。
 本当に、マルコはナマエの『父親』のことなんて何も知らなかった。
 ただの一度だってその名前が出たこともなく、だからきっともはやこの世にはいないのだろうと、そうあたりをつけていた。
 マルコにとっても同じように、ナマエの『父』もあの偉大なる海賊一人だけだと思っていたのだ。
 それが違った、という事実よりも、違うということを知らなかった、という事実がマルコの中の苛立ちを加速させる。
 そしてそれと同時に、やはり先ほどのナマエの目が、ちらちらとマルコの頭の中に浮かんでは消えた。
 ざわりとさざめく不快感が、わずかに背中を冷やす。

「…………」

「おわ、おいこらマルコ、何しようとしてんだお前は」

 掴んだまま睨み付けた酒瓶からミシリと小さく音が漏れ、それとともに入り込んだひびに気付いた傍らの海賊によって酒瓶が奪われる。
 酒は飲むものであって零すものじゃあありません、と言葉を落としながら目の前にグラスが置かれて酒を注がれるのを待たずに、マルコはがたりと立ち上がった。
 大きな音を立てて椅子が倒れたが、喧騒の最中では目立ちもしない。

「おい、マルコ?」

「……ナマエの様子を見てくるよい」

 ほんのついさっき別れたばかりの相手の名前を出したマルコに、何言ってんだ、と傍らの兄貴分が呆れた顔をする。
 マルコを座らせようと伸ばしてきたその手を素早く避けて、マルコはその場からすたすたと歩き出した。
 おいおい、なんて声を漏らした兄貴分の一人が、マルコを追いかけて席を立つ。

「お前なァマルコ、家族水入らずって言葉を知らねえのか」

「おれだってナマエの『家族』だよい」

「そりゃまあそうだけど、そうじゃねェだろ」

 分かってるくせにと呆れた声で言葉を紡ぎつつ、マルコと連れ立って店を出た兄貴分がマルコの腕を掴み、立ち止まらせながらため息を零した。
 腕を振り払おうと身を捩るマルコを掴まえたまま、空いた手で自分の頭を軽く掻いてから、仕方ねェなァ、とその口が動く。

「ちょこっと見るだけだぞ。二人の会話に水を差したら拳骨だからな」

 分かったな、と言葉を寄越され、マルコは一つ頷いた。
 守れる自信はあまりないが、ナマエを知らない誰かに奪われるよりはずっといい。
 そんな考えが顔に滲み出たのか、マルコを見やった兄貴分が、お前な、と呆れた顔で笑う。
 けれどもそれ以上言葉を重ねることなく、マルコと傍らの海賊は、連れ立って向かいの店へと足を向けた。

「えーっと、申し訳ありません、そのお二人でしたら裏口の方から……」

 入り込んだ先の店員に、何やら揉めていらっしゃるようでした、と少しばかり迷惑そうな顔で言われるとは、思いもしなかった。






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