日盛りの罪科 (1/2)
※短編『月影の罪状』の続き
※トリップ系男子な主人公はキャベンディッシュとハクバのお気に入り
※暴力的な表現がちょろっとあります
『白馬のキャベンディッシュ』は海賊だ。
独自の美学とやらを持っているらしく、誰かさんの基準で言うところの『醜い』行為は行わないが、当然『良い人』だなんてことがあるはずもない。
数えられる罪はどう考えても『悪事』に塗れていて、懸賞金が上がることを喜ぶというナマエにはよく分からない感性を持っている。
「……こわ」
思わずぽつりと呟いてしまったのは、ナマエの見やった先で、武装していた海賊船の帆とその掲げていた誇りが細切れにされたからだった。
悲鳴も上がり怒号も聞こえる。
遠い銃声はお隣の船の上で交わしているもので、びくりと肩をはねさせたナマエは大人しく鉄板で防弾された板の後ろへ顔を引っ込めた。
中々の金額を首に掲げた『賞金首』が乗っていたらしい船が、キャベンディッシュの船に並んだのはつい一時間ほど前のことだ。
時刻は真夜中、相手は夜襲を仕掛けたつもりだったのだろうが、船長が眠っていたというのが一番最初の不運だろう。
ナマエは明日の為の朝食の仕込みの手伝いをしているところであったので、突然の砲撃に驚いてナイフで指を切ってしまった。
『いたた……』
じくじく痛む指に眉を寄せ、零れた血を舐めながら何事かと厨房から顔を出したところでナマエが遭遇したのは、恐らくは『襲撃』を察知して出てきたのだろう船長の姿だった。
その顔には酷薄にも思える笑みが浮かんでいたので、ナマエはそれが『誰』なのかすぐに分かった。
『何ヲシテイル』
同じ筈なのに違う声でそう言葉を紡がれて、朝食の仕込みですと答えたナマエの前で、すん、と何かの匂いを確かめた『ハクバ』の手がナマエへ伸び、傷付いた指の生えている方の手を掴まれた。
ぐいと引っ張られたその後を思い出して、眉を寄せたナマエの手が、ごし、と自分の服に殆ど血の止まっている指を擦り付ける。
「……血が好きだからって、人のものまで舐めなくても」
故郷では夜な夜な辻斬りに励んでいたらしいという誰かさんの顔を思い浮かべ、どちらが起きていようともよく動く舌の感触まで蘇ってしまったナマエの口から、軽くため息が漏れた。
仲間達を引き連れて襲撃者へ応戦しにいった『ハクバ』が帰るのは、あともう少し時間がかかるだろう。
さっさと戻って朝食の支度をしていたいのだが、甲板まで引きずっていかれ、ここで待てと命じられては身動きも取れない。
何せ『ハクバ』と『キャベンディッシュ』はその記憶を共有しているので、命じられたことに逆らえば今度はキャベンディッシュにまで詰られるのだ。昼夜問わず絡まれるのは、さすがに勘弁してほしい。
どうしたものかと考え込んだナマエの耳に、ついには船の破壊が始まったらしい大きな音が聞こえだす。
こちら側からも砲撃を始めたのか、耳が痛むような音が数回聞こえて、両手で軽く耳を押さえてやり過ごそうとしたナマエの上に、ふと影が掛かった。
それに気付いて慌てて屈んだ姿勢のままで顔を上げれば、それとほとんど同時に伸びてきた二つの手が、耳を押さえているナマエの手を掴む。
「船長」
砲撃にまぎれて紡いだナマエの声に、わずかに目元を細めたのは『ハクバ』だった。
相変わらずの笑顔のまま、その両手がぐいとナマエを上へと引き上げ、無理やり鉄板の後ろから立ち上がらせる。
「終ワッタ」
近くなった距離から寄越された言葉を聞き取り、そうですかとナマエは頷いた。
相手側から漂った血の匂いに、わずかに体がすくむ。
見やった『ハクバ』は怪我の一つもしていない。だというのなら、その服のあちこちについている汚れは、つまりはそういうことだろう。
恐ろしい事実から目を逸らすように『ハクバ』越しに見やれば、確かに敵船は殆ど崩壊してしまっているところだった。
砲撃を船体の腹に受け、煙が上がっている。火をつけたのかそれともどこかからか出火したのか、船の端からは火の手すらも上がっている。
まだ敵船の上には仲間達がいるようだが、続々と何かを持ちだしてきているようだ。きっと叩きのめすついでにお宝も頂いてきたんだろう。
喧嘩を売ってきたのは相手側の方だが、それを叩きのめした上に強奪するとは、やはり海賊というのは恐ろしい。
自分も今や『海賊』の身分ではあるものの、そんなことを考えたナマエの片手がぱっと逃がされ、ついで迫った掌がナマエの顔を正面から掴む。
目を塞ぐようにされて、ぱちぱちと瞬きをしたナマエの顔が、ぐいと無理やり動かされた。
「うあっ」
「話ヲ聞ケ」
慌てた声を上げたナマエの耳元で、低い声が言葉を紡ぐ。
どうやら、『ハクバ』が何かを言っていたらしい。
砲撃でまぎれてまるで聞こえなかった。
その事実に慌てて、すみませんと声を上げたナマエの顔から、するりと『ハクバ』の手が移動する。
今度は顎を下から掬うようにされて顔の向きを固定され、仕方なくナマエが『ハクバ』へ視線を戻すと、それを見下ろした『ハクバ』がわずかに眉を動かした。
そうして、ずっと掴まれていたもう片方の手が解放され、パチ、と何かがナマエの腕を拘束する。
「え?」
巻き付いたそれに困惑したナマエが視線だけをそちらへ向けると、ナマエの左手首に何やら装飾品がついていた。
妙に華美なものだ。青い石が、離れた場所にある船の炎を反射しててらりと光る。
どうやら強奪品らしいそれを見つめた先で、低い声がナマエの耳を打つ。
「アイツガウルサイ」
どことなく腹立たしげに寄越された言葉に、自分の手へと向けていたナマエの視線が『ハクバ』へと戻される。
先ほどより更に不満そうな顔をして、オレノ好ミジャナイ、と『ハクバ』が言葉を続けた。
『ハクバ』が『アイツ』と紡ぐ相手は、たいていが同じ体を共有しているもう一人のことだ。
夜も遅いのに起きていたのかと目を丸くしたナマエの前で、『ハクバ』の口からため息が漏れる。
「首輪ハ無カッタ」
「…………ええと」
何か恐ろしいことを言われた気がして、ナマエは少しばかり汗をかいた。
ナマエの腕に巻いたものの代わりに『ハクバ』が首輪を求めているというのなら、それを着けるのはまず間違いなくナマエだ。
人間として、首輪を享受できるかと言えば答えは決まっている。
「……その、お土産ありがとうございます、船長」
笑顔を向けて、ナマエは腕輪嬉しいですと言葉を紡いだ。
ナマエの微笑みを受け止めて、不満顔だった『ハクバ』の唇が、やや置いてからいつものように弧を描く。
相変わらずの恐ろしい顔で、けれどもそれが『喜んでいる』顔だということは、ナマエにも分かった。
この分なら、腕輪と首輪を交換しようだなんて言わないに違いない。
どかんどかんと、もはや相手の船を跡形もなく破壊するつもりらしい砲撃を耳にしながら、ナマエはほっと胸を撫で降ろす。
「選んだのはぼくだぞ、ナマエ」
翌朝、不満顔のキャベンディッシュからそう詰られて、『ハクバ』へ向けたのと同じ言葉と笑顔を向けたのは、いつものことだった。
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