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おにっこ天使 (1/2)
※主人公は転生トリップ系幼児



『生まれ変わったら何になりたい?』

 子供の頃に友達とやったそんな言葉遊びに、俺は何と答えたんだったろうか。
 犬とか猫とかライオンとか、それとも人間、ああそう言えば妹が親父とお袋に随分と構われて羨ましかったから『赤ちゃん』だとか言ったような気もする。
 しかし今の俺の気持ちとしては、生まれ変わるならせめて虫に生まれたかった。

「……はあ」

 目の前で蝶の羽を運んでいく蟻の行列を眺めて、小さくため息を零す。
 腹が減った、なんて感覚はもはや遠のいてしまっているが、体にはもう力が入らない。頭も痛いし、軽くめまいもする。
 少し短めだったがまあまあだった人生を過ごして、死んだ筈の俺が生まれ変わって、そろそろ三年くらいだろうか。
 多くを語りたくない程度にはハードモードだった俺の人生は、どうやらここで飢え死にというバッドエンドを迎えるようだ。
 せめて小さな虫だったなら目の前の蟻でも襲って飢えをしのぐことが出来たかもしれないが、今の俺の飢えを蟻が満たせるとは思えない。
 ついでに言えば、何とも我儘なことだとは分かっているが、出来れば虫は食べたくない。
 見やった前方は青海原が広がっているが、ここで死んだら波に始末をつけてもらえるだろうか。それとも潮風でいい感じに腐ってしまうのか。
 どちらにしてもこの場から移動できるわけもなく、へろりとその場に倒れ込む。
 投げ出した俺の腕が蟻の行列の傍へ行き、近くに突如現れた障害物に興味津々の数匹が近寄ってくる。
 結構離れた場所に行ってしまった蝶の羽を見やり、あんなふうに運ばれる可能性もあるのか、とどこか他人事で考えたところで、かろん、と何やら物音がした。
 木製の何かが石畳を叩くようなそれに、ぴくりと体が揺れる。
 けれども起き上がることは到底できず、何だろうかと目だけを動かして見やると、かろかろと音を鳴らして近寄ってきた何かが、俺のすぐそばで動きを止めた。
 真上から影が落ちてきて、ふわ、と海の匂いが漂う。
 青空を背中にこちらを見下ろす相手を見上げて、あれ、と俺はわずかに目を瞬かせた。

「…………おに?」

 上向きにそびえる大きな牙が二本、その唇からはみ出したとてつもなく大きな何かが、俺を見下ろしていた。
 肌の色は青くて、到底人間には見えない。
 どこかで見たことのある顔な気もするけど、誰だったろうか。まるで思い出せないが、絵本か何かで見たのかもしれない。
 なるほど、死神というのはこういう姿なのか。
 そんなことまで考えた俺の真上で、どうしてだか青白い肌の誰かさんが目を瞬かせ、それからその眉間に皺を寄せる。

「誰が鬼じゃ、失礼な」

 呆れたような声が落ちてきて、屈んだ相手の手が俺の体を掴まえた。
 ひょいと持ち上げられて、わあとも悲鳴を上げられない俺の顔の前に、大きな牙を晒した顔が寄せられる。

「……軽いのう。お前さん、孤児か?」

 唐突すぎる問いかけに、持ち上げられたままで軽く首を傾げる。

「……さあ?」

 どちらかと言えば親に見捨てられた捨て子の方が近い気もするが、どうだろう。
 俺の返事に、なんじゃ自分のこともよう分からんのか、と呆れた声を漏らした目の前の大きな生き物は、それからじろじろと俺の体を上から下まで確認した。
 そういえば、鬼というのは人間を食べるんだったろうか。
 だとすれば、飢えて細い俺の体は、まるで食料には向いていないだろう。
 それとも、圧力鍋でぐつぐつ煮込めば骨ごと食べられるだろうか。
 いやしかし、どう考えても俺が知っている世界では無いこの世に、圧力鍋や圧力釜といったものが存在しているのかは甚だ疑問だ。

「……よくにこんでからたべてね?」

 先ほど傾けたのとは逆側に首を傾げてそう言うと、俺の言葉に目の前の丸い目がぱちぱちと瞬きを繰り返した。
 それから、やや置いて俺の言葉を理解したらしい相手の顔が、とんでもなく怖くなる。

「誰が煮込むか、馬鹿タレが」

 この鬼は、どうやら生食派だったらしい。
 なんてことだ恐ろしい。
 腹が減って殆ど頭が回らないが、このうえ痛い目に遭って死ななくてはならないのか。とんだバッドエンドだ。
 俺の顔が青ざめたのを見てか、苛立った様子で俺の体を振り回した青鬼が、どん、と俺の腹を攻撃した。
 あまりの衝撃に体を強張らせて丸まろうとしたところで、間に大きな何かが挟まっていると気付く。
 どうやら、俺は何かの上に腹ばいになっているらしい。
 目の前に広がる布は青鬼が着ていたものとそっくりで、どうやら相手の肩に担がれているらしい、とわかった。
 そのまま相手が歩き出したので、ゆらゆらと揺られながら俺も連れていかれる格好になる。
 頭を下にしているからか、ぐらぐらと視界が揺れてめまいが強くなる。気持ちが悪い。
 しかし、暴れる気力も無ければ抗議する元気もなく、成すがままの俺の耳に、全く、といらだった様子で漏れた声が届いた。

「魚人を誤解されたままで死なれては敵わんわい」

 大人しくしとれよ、と続いた言葉に、ぱち、と瞬きを一つ。
 魚人、と聞こえた言葉を口の中でもごりと繰り返してから、俺はもう一度真下を見下ろした。
 時々ちらちらと見える相手の足先は、どうやら下駄のようだ。
 からん、からんと音を立てるそれを踏みつけている足は、やっぱり青い。
 困惑しながら少しだけ身を捩ると、ざりり、と何かが俺のむき出しの腕を擦った。
 それに気付いて視線だけを動かした俺の目に、広い首筋と、そこを横断するように刻まれたいくつかの溝が映り込む。
 傷跡のような、そうでないようなそれに困惑しながらもそろりと指を這わせると、俺がそこに触ったことに気付いたらしい相手が、こら! と声を出して俺の体を勢いよく動かした。
 先ほどまではうつ伏せだったのに、いつの間にか仰向けで、俺の頭と尻の下あたりを支えた青い人が、怖い顔でこちらを見下ろしている。

「鰓に悪戯をするとは、どういう了見じゃ」

 くすぐったいわ、と怒られて、思わず『ごめんなさい』と言葉を零した。
 それから、じっと真下から相手を見つめる。
 ぎょじん。えらがある。あおい。おおきなきばだ。そして、よく見れば着ている服の合わせから、太陽の刺青が覗いている。
 どうしようもなく相手を知っている気がして、しかしその相手というのは『漫画』の登場人物だった。
 飢えすぎて幻覚を見たり夢でも見ているのかと思ったが、それだったらせめて食べても食べてもなくならない食べ物とか、そういうご都合主義なものであるべきだ。
 まるで思い通りにならないのならば、これは現実だろう。
 しかし、そんな筈があるだろうか。

「…………なまえ」

 おしえて、と言葉を紡ぐと、俺の言葉に少しだけ相手が目を瞠った。
 それから、やっぱり怖い顔をして、俺を抱えている『魚人』が言葉を紡ぐ。

「ジンベエじゃ」

 お前さんは何と言う、と問いを寄越して来た『青鬼』は、どうやら間違いなく『魚人』であるらしかった。







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