恋の非科学
※このネタから
※注意:主人公はTS(異世界トリップ時に性転換)で元腐女子→現行腐男子
※一人称は『俺』
※微妙にキャラCP話(妄想)が出ます
※もろもろ終わったけどシーザーが麦わら一味状態という捏造設定
恋に落ちるというのはたちの悪い麻薬を手放せなくなるようなもので、繁殖を促す本能の延長に存在する。
そして、その本能を主題に置くのならば、当然として『恋』の相手は異性であるべきである。
両性具有であったり、分裂して増える単細胞であったりといった分かりやすいイレギュラーな存在なら話は別だろうが、シーザーは雌雄のある種族の男だ。
下等な動物達の中には同性愛をものともしない種類がある程度存在していることは知っているが、シーザーの所属する人間というくくりにおいてそれは通用しない。
だからこそまったく、シーザーには理解が出来ない。
「いい加減にしろクソナマエ!」
甲板で何だかんだと騒いでいた青年を怒鳴りつけた声に、シーザーは思わず自分の口を片手で抑えた。
無意識のうちに相手を怒鳴ってしまったのかと思ったが、シーザーの傍らでとてつもなく楽しそうに話をしていた理解しがたい青年の目は、シーザーがいるのとは別の方向へ向けられている。
きちりと服を着込んだコックがそこに佇んでおり、怒りのあまりまなじりをつり上げているのが、離れた距離でも見て取れた。
ずかずかと近付いてきた相手がトレイを片手に足を上げ、踏みつけられると気付いた青年が慌ててシーザーを突き飛ばしてころりと逆へ転がる。
唐突な行動に反応が出来ず、ころりと転がる格好になったシーザーが慌てて体の一部をガスに変えながら受け身をとる。
その状態で視線をやると、がん、と今先程までシーザーと青年のいたあたりに足を踏み出し踏みつけているコックが、傍らへ逃げた青年をじろりと睨み付けた。
「サ、サンジくん落ち着いて、話せばわかる!」
「話せばだァ?」
「そう、女装した攻めがどれほど素晴らしいか!」
「うるせえ!」
つい先ほどまでシーザーの横で述べていた理解不能な言葉を口にしたナマエへ、コックの追撃が仕掛けられた。
激しく動いているというのに、その手の上にあるトレイの上の飲み物はまるで零れていない。
どういう体幹筋だと呆れつつ、すい、とコックへ近寄ったシーザーの手が、コックの掌からトレイを取り上げた。
「シュロロロロ、これは預かってやる」
「おう、悪いな。よしナマエ、今日こそおれがレディの良さを叩きこんでやる」
「シーザーの裏切者!」
コックを手助けする格好になったシーザーを詰りつつ、慌ててナマエが立ち上がる。
それをコックが追いかけ始め、時折見かけるようになった追いかけっこを見送ったシーザーは、ひとまず彼らのいる甲板より一段上の場所へと移動してから、トレイの上のグラスを一つ持ち直した。
限られた食料しか乗せられない船の上で、きちんと昼食と夕食の間の軽食や茶の時間を持っている船というのは、一体どれほどあるのだろうか。
しかも規律に厳しい海軍では無く、昨晩も船長とコックがキッチン前で死闘を繰り広げ最終的にコックが折れていた海賊船だ。
相変わらずわけのわかんねえ奴らだと考えて、グラスの中の冷たい紅茶を一口飲んでから、シーザーは甲板の上を走り回るナマエとコックを見やった。
よく分からないが、ナマエは変態で変人だ。
この船の上でいうならば新参者でしかないシーザーにはまるで分からないが、男同士の恋愛がどうのと言った話を随分とシーザーに聞かせてくる。
生々しい描写がないことが救いだが、殺し合う二人にも高飛車な上司に健気に尽くす部下にも、そりが合わず顔を合わせればすぐに喧嘩をしでかす連中にも、生き別れ敵対して再会した兄弟にもどこぞの船長とクルーにも、愛が溢れているというのがナマエの妄想なのだ。
同性同士で恋愛など、全く理解できない話だ。
もちろん、事実でないことは重々分かっている。
出てくる名前にはシーザーの知っているものも知らないものもあるが、組み合わせはあまたにわたる。
もしも全てが事実だったならば、ナマエの知り合いは飛んだ尻軽ばかりだ。
時折シーザーのことまで巻き込む妄想話にはさすがに怒鳴りつけもするが、もはや聞き流した方が精神衛生上よろしいだろうということもシーザーは把握していた。
今日のナマエの話は、『女の恰好をした男が男を口説いたらもえる』と言った内容だった。
何が発火するのかは分からないが、とりあえずあのコックの中の何かを刺激したことだけは確かだ。
「ディアブル……っ」
「わあ待ってサンジくん! それはダメ! サニーが火事になる!」
「馬鹿サンジ、やるんならナマエだけにしろ!」
「ウソップがひどいー!」
ついでに言えば間違いなく発火しかけているコックの攻撃を逃げ回りながら、ナマエが悲鳴を上げている。
そこに狙撃手まで加わって、甲板は更に騒がしくなった。
呆れてそれを眺めつつ、ひとまずグラスの半分を飲み干したところで、ことんと傍らで足音が響く。
それに気付いて視線を向けたシーザーは、自分の傍らに麦わら一味の考古学者が近寄ってきていることに気付いて思わず身を引いた。
シーザーの警戒に微笑みつつ、恐らくは先にコックから配られていたのだろう飲み物を手にした考古学者が、シーザーが先ほどやっていたように甲板の上を眺める。
「今日も元気ね」
「……どう見てもありあまってんだろうが、生け簀にでも蹴落としてやりゃあいい」
寄越された言葉にそう答えつつ、シーザーはついと傍らの考古学者から顔を逸らした。
あら、ふふふと笑う考古学者の何もかもを見通すような思慮深い瞳は、シーザーの苦手とするものの一つだった。
シーザーは自分が世界で一番賢いと知っている。
シーザーの理解できないものを理解する生き物は、それだけでシーザーにとっては理解できぬ化物だ。
いつもなら、考古学者の彼女がいるときはシーザーの近くにナマエがいて、大体はシーザーと考古学者の間に割り込んでいる。
そして行われるあの変な話を、どうしてか考古学者は興味深そうに聞いているのだ。
変な話をする男とそれを聞く女、お似合いってやつじゃねェのかと言ってはみたが、ナマエは『女の子は範囲外』だと言っていた。男の身で何を言っているのか、まったく意味が分からない。
『ロビンちゃんがシーザーの可愛さに気付かないように』と真面目な顔で遠ざけられたのまでを思い出し、シーザーの眉間のしわが深くなった。
男相手に可愛い可愛いと言い放つ辺り、あのナマエという名前の青年はとてつもなく頭がおかしい。
同じ口振りでこの船の船医のことも褒めていたが、シーザーをあの人型トナカイと同じくくりに入れているのだとすれば何とも失礼な話だ。
「それにしても、最近あの二人は随分と仲が良いわ」
傍らでふと思いついたように寄越された言葉に、ああ? とシーザーは声を漏らした。
その目でじろりと傍らを見やれば、気にした様子もなく優雅な仕草で飲み物を口にした考古学者が、微笑んだままで言葉を紡ぐ。
「サンジもナマエも、とても楽しそう」
何かを含むように笑いかけながら、そんな風に続いた言葉に、シーザーの目が何となく芝生を敷いた甲板へと向けられる。
「てめェが二度と馬鹿みてェなことを言わねえよう、おれが躾けてやる!」
「ごめん! ごめんなさい! サンジくんが女装男が口説くんじゃなくて口説かれる方が好きだっていうんなら、そっちにするから! 俺リバ平気だから!」
「何が川だ! そういう話してんじゃねェよこのクソ野郎!」
「ぎゃー!」
ぎゃんぎゃんと騒ぎながら、未だにナマエはコックの追撃から逃げ回っていた。
シーザーの知る限り、あのコックは悪魔のごとき強さを誇っているはずだが、その前から逃げ回れているとなると、少なくともナマエの逃げ足は評価してやるべきだろう。あまり強くないことは、つい先日の一件で知っている。
馬鹿みたいな様子に呆れ、持っていたグラスの中身を飲み干したところで、ふとシーザーはナマエが話していた馬鹿馬鹿しくも気色悪い妄想の一つを思い出した。
『顔を合わせるとすぐに喧嘩をふっかけてしまうのは、相手をそれだけ意識しているから』
瞳を輝かせ力説してきたときのナマエがあげた名前はあのコックともう一人だったが、思えば今のコックの激しさは、件の剣士相手に喧嘩をしでかしている時よりも随分と激しい。
楽しそうと形容するにはあまりにも鬼気迫る表情だが、はた、と思い至ってしまったものに、わずかにシーザーの胸に過ったのは不快感だった。
毒されたものだと、馬鹿馬鹿しさに舌打ちを零してもそれは消えてなくならない。
「…………」
「あら、それはナマエの分ではないの?」
胸につまったような何かを押し流すべく、空いたグラスを置きもう一つのグラスを掴んで中身を飲み干したシーザーの横で、考古学者がそんな風に言葉を零す。
うるせェなとそれへ言葉を投げてやって、つんと顔を逸らしたシーザーの手が中身のなくなったグラスをトレイへ戻した。
ふふふと笑い声を零した考古学者は、それきり何も言わない。
まるで観察しているかのような相手に居心地が悪くなり、ふわりと体の一部をガスへと変化させたシーザーは、傍らの彼女から逃げるようにその場を移動した。
ふわふわと、煙のように漂って甲板へと滑り降りたところで、シーザーの接近に気付いたナマエがぱあっと顔を輝かせる。
「シーザー! 助けて!」
「シュロロロロ! 仕方のねェ奴だ」
シーザー自身を求める言葉に、そんな風に声を漏らしたシーザーが放った毒ガスでナマエの声帯を痺れさせて封じてやったのは、話せなくさせてこれ以上コックを刺激させないためだ。
シーザーの攻撃を受けたナマエに驚いたコックはそれ以上の追撃を止め、船には何の損害も無かった。
「お前なー! 仲間に何てことするんだ!」
そして軽い神経毒は数日で分解されるものでしかなく、何より被害者のナマエは話せなくても元気にシーザーの傍に張り付いているのだから、トナカイ船医にぷんすかと怒られたのはとても心外である。
end
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