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パパの言い分 (2/2)
「あ、あの二人ってそういう関係なのか?」

 思わず声が上擦ってしまうのは、まるで考えが及ばない事態だったからだった。
 ペローナはロロノアを『ロロノア』と呼ぶけど、ロロノアの方は『幽霊女』としか呼んでいるのを聞いたことがない。
 俺の中にある『漫画』の知識で言えば、あの二人は元々は敵同士だ。
 もちろん、今は仲良く共同生活を送っているし、ペローナはロロノアの世話を焼いているが、ロロノアの方はまるで意識しているように思えない。
 まさか、ペローナの片想いだろうか。
 いやしかし、それをまさか、この少し常識から外れた大剣豪が察知したというのだろうか。
 思わず見つめてしまった先で、そうではないが、とミホークが呟く。

「しかし、おれが敗北するのならば、それはおれが認めた男しかいないだろう」

 今のところそれはロロノアただ一人だと続いた言葉が、部屋の中に転がっていく。
 しばらく沈黙してその言葉の意味を考えた俺は、少しばかり逸らしていた体を元に戻してから、恐る恐る傍らの相手へ問いかけた。

「……あの、何の話をしてるか聞いていいか?」

「ペローナの結婚相手の話だ」

「結婚!」

 何とも似合わない単語がその口から出てきた。
 どうしてミホークがペローナの結婚相手を気にするというのか。
 戸惑う俺をよそに、至極当然の顔をして、ミホークが言葉を紡ぐ。

「おれを倒していく気概のない男では話にならん」

「…………なあミホーク、お前って世界一の大剣豪だろう……」

 それはつまり、誰にも嫁にやらないと言っているようなものじゃないか。
 いつかきっとミホークを倒すだろう『主人公』の『片腕』が、もしもペローナをめとらないと言ったら、彼女は行かず後家になってしまう。
 そんなのはあんまりだ。

「大事なのは、相手がペローナを大事にしてくれるか、ペローナが相手を好きかだろ?」

「だが、有事に妻を守り切れぬ男では認められん」

「お前はどれだけペローナが危険な目に遭うと思っているんだ」

 確かにこの世界には危険が満ちているが、ペローナだって多分随分と強い少女だ。
 虫が苦手らしいから、虫さえ足元に出てこなかったなら、あの時だってヒヒに襲われても泣かなかったに違いない。
 それに、ミホークを倒せない強さの人間でも、十分にペローナは守っていけると思う。

「お前がずっと、ペローナをこの城で守り続けていくわけにはいかないだろ?」

 時々きく『モリア様』に会いに行くんだろうから、ペローナだっていつかはこの城を出ていくのだ。
 そうでなくても、ミホークだってこの城を空けることが多い。
 最近はロロノアの修行があるからか滞在期間が長くなったけど、それでも時々はふらりといなくなる。
 俺の言葉にわずかに眉を寄せてから、ミホークが酒瓶を口につける。
 何となく拗ねているような様子を感じて、はは、と笑った俺もとりあえず酒瓶を空けた。
 瓶から漂うアルコールの匂いに、全部は飲めないなァ、なんて呟く。

「余ればおれが飲む」

「うん、そうしてくれ」

 寄越された言葉に頷いて、とりあえず一口分だけ酒を口にした。
 葡萄に似た匂いと渋みと辛さと苦さと、いろんなものがないまぜになった一口を飲むだけで、腹の底が熱くなったのを感じる。
 ミホークが好む酒は大体がアルコール度数が高くて、俺みたいな日本人にはきついものばかりだ。
 それでも毎回付き合っているうちに、少しは強くなった気がする。

「まあ、もしペローナが泣かされたら、その時に相手をお仕置きしにいけばいいじゃないか」

 王下七武海『鷹の目』がそんな脅しを掛ければ、きっとペローナの『結婚相手』だって死ぬ気でペローナを守るし、泣かせたりなんてしないだろう。
 俺の放った妥協案に、なるほど、とミホークが頷く。

「ならば、そのうち彼奴のビブルカードを作らせることにしよう」

「ああ、それいいな」

 それがあればどこにいてもペローナのところへ行けそうだなと考えて笑ってから、そうだ、と声を漏らした。
 殆ど飲めていない酒瓶を持ったままで視線を向ければ、ミホークがどうしたと言いたげにこちらを見てくる。
 相手を見やり、もう一口の酒を飲んでから、俺は言葉を続けた。

「お前のと、俺のも作ってくれないか?」

 高価なものだったら別にいいんだけど、と続けて酒瓶を持ち直す。
 ビブルカードというのは、その人の身の危険を確認することが出来るものらしい。
 俺がそれを頼りにミホークを探しに行くことなんて出来るはずもないけど、手元にあれば、ミホークが大変な目に遭っていないということを確認できるから安心だ。
 俺の思考を読んだかのように、おれのものはわかるが、と頷いたミホークが、それから少しばかり首を傾げる。

「貴様のものもか」

 何故だ、と続いた言葉に、俺は軽く人差し指を立てた。

「ロロノアに持ってもらおうかなと」

 今は一応、毎回ペローナが探しに行ってくれているが、すぐに見つかるものでもない。
 それなら、基本的にこの城にいる俺のものを持たせれば、例えばロロノアがこの島の端っこに行ったとしたって帰ってこれるだろう。
 方角が分からなくなるというのなら、帰る方角を教えてやればいいのだ。
 名案だろ、と言って笑った俺の横で、どうしてかミホークがその目を眇める。
 睨み付けてくるようなそれに、あれ、と目を丸くしてから、俺はそろりとミホークへ体を寄せた。

「ミホーク?」

「……作るのは構わんが、奴にはやらん」

「ええ?」

 きっぱりとした言葉に、思わず声を漏らす。
 戸惑う俺をよそに、俺と同じようにこちらへ体を寄せたミホークが、ぐい、と俺の体を少しばかり押しやった。
 傾きかけた体を支えた俺の傍で、人の体に懐くようにしたミホークが、低く声を漏らす。

「貴様を帰る場所にしていいのは、おれだけだ」

 囁くように漏れた言葉に、その意味を理解して、何だかくすぐったくなった。
 ほんの二口しか飲んでいない酒がミホークに奪われたが、気にせずそれを見送って、すぐ近くにあるミホークの顔を見やる。

「世話をするのはいいのに、それは駄目なのか」

「おれの弟子の世話を貴様がすることに、何の問題がある」

「ペローナは?」

「娘の世話をするなと言えるのか」

 きっぱりとした言葉だが、ペローナとミホークの血のつながりなんて聞いたことも無い。
 まあでも、きっとミホークの中ではそれで片付いているんだろう。
 ある日突然現れた俺をあっさり受け入れて、俺の言い分を全部聞いて受け止めてくれたミホークは、本当に随分と風変わりな海賊だ。

「わかった。それじゃあ、ミホークの分だけ作ってくれ」

 ペローナのは分けてくれると嬉しいなと言葉を続けると、当然だと零したミホークの顔が、こちらへと近付いた。








「……というわけだから、ペローナは安心して結婚相手を選んでくれ」

「お前らは私の父親か!」

 翌朝、朝の鍛練に出てしまったロロノアとミホークのせいで二人きりになった朝食の席で、『何勝手なことを決めてるんだ』と怒鳴ったペローナがばしばしとテーブルを叩く。
 しかしその顔は赤かったので、可愛い彼女はどうやら照れているらしい、と俺は解釈した。


end



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