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パパの言い分 (1/2)
※『100万打記念企画sss』『うちのパパのこと』設定
※主人公は何気にトリップ系男子




 俺がこの城へ来て、もう一年以上が経つ。
 すっかり『自分の部屋』らしくなった一部屋で軽く伸びをしてから、ちらりと見やった時計は夜中近い時刻を指していた。

「そろそろ寝るか」

 一年ですっかり慣れた英字ばかりの本へ栞を挟んで、そんな風に呟く。
 読んでいた本は、ミホークの部屋から借りてきたものだ。
 船に乗っている間に読んでいるのか、時折ごわついている紙質のそれをめくると、何となくミホークがどんな航海をしているのかを想像してしまう。
 だから、新しいものの方が読みやすいだろうと言って買って来ようとするのを拒否して、毎回ミホークの本棚から一冊拝借している。
 英語の成績は悪くは無かったが、漫画も無ければテレビも無く、携帯も通じないなんていう状況下の娯楽が英字の本しかなくなると知っていたら、もう少し頑張って勉強したかもしれない。
 たどたどしく文字を追う俺の読書速度はとてつもなく遅いのだが、まあその分時間を潰せているのだからいいだろう。
 やれやれと息を吐き、それから本をベッドサイドのテーブルへ置いて灯りに手を触れたところで、とん、と扉が一度叩かれた。
 あれ、と音の出所へ視線を向けると、俺がそちらを向くのを待っていたかのように、ゆっくりと扉が開かれる。

「ミホーク」

 そうして現れた城の主に、その名前を呼んだ。
 思わず目を丸くしてしまったのは、誰かさんがこの部屋を訪れるのが珍しいことだからである。
 夜中に『酒のつまみ』を求められたりその相手を求められたりすることはあっても、それは大体呼びつけられてのことで、もちろん場所は広間かミホークの私室なのだ。
 片手に酒瓶を二つ持っているから、恐らくは酒を飲みに来たか、飲んでいる途中なのだろうが、酒に強いミホークが酔っているとも思えない。

「どうしたんだ?」

 問いかけた俺の前で、何も言わず部屋へ入ってきたミホークが、勝手に俺のベッドへ座る。
 まあそのベッドだってもともとこの城にあったもので、言うならばミホークの私物の一つなのだから構わないかと、気にせずそれを見ていると、座ったミホークが自分の傍らを叩いた。

「座れ」

 きっぱりとした言葉で寄越されて、とりあえずそこへ座る。
 大人二人分を受け止めてもびくともしないベッドは軋みの一つも零さずに、それを確認しながら座りやすい姿勢を探していると、ぽいと膝の上へ酒瓶が一つ放られた。

「わ」

 膝の上から転がって床へ落ちそうだったそれを慌てて掴まえて、とりあえず持ち直す。
 すぐ隣で酒瓶からコルクを抜いたミホークは、俺より先に酒を呷った。
 間違いなく、誰かさんはここで酒盛りをするつもりだ。

「つまみでも作ってこようか?」

 しかし、酒だけを腹に入れていくのもよくないんじゃないかと思って尋ねると、酒瓶を降ろしたミホークが、いらん、ときっぱりと口にする。
 少し様子のおかしい相手に、俺は首を傾げた。

「ミホーク?」

 どうしたんだ、と先ほど投げたのと同じ問いを向けながら、俺は両足をベッドの外へ放り出すようにして体を安定させた。
 少しベッドがミホークの方へ傾いている気がするのは、ミホークが俺より重たいからだろう。世界一の大剣豪殿は、見た目以上にその体を鍛えている。
 しばらく押し黙った後で、猛禽類を彷彿とさせるその目をこちらへ向けたミホークが、それからようやくその口を開いた。

「……ペローナとロロノアについて、どう思う」

「え?」

 寄越された問いかけに、思わず目を瞬かせてしまった。
 しかし、こちらを見ているミホークの目は真剣だ。
 何が訊きたいのだろうと考えつつ、ひとまずは相手の問いかけに答えることにして、俺はこの城にいる残り二人の『人間』を思い浮かべた。

「そうだな……ペローナはちょっとわがままだけど、面倒見が良くていい子だと思うよ」

 幽体離脱がおてのものという特異能力を持っている彼女は、ホロホロとよく笑う。
 俺の料理に対する注文も多いけど、恐らくはこの城で誰よりも俺に『美味しい』と言ってくれている。
 頼めば手伝いもしてくれるし、俺が一度探しに行ってヒヒたちに襲われてからだったろうか、あちこちへ出かけるロロノアを探して連れ帰ってくれるようになった。
 『お父さん』って呼んでくれたしな、とついこの間のことも思い浮かべて軽く笑うと、それについては異論があるところだが、とミホークが唸る。
 そういえば、ミホークも呼ばれたいと言っていたんだった。
 やっぱりミホークも、子供っぽいところのあるペローナに対して父性を抱くこともあるんだろうか。
 いつだったか、たまたま生身で城の外へ出たペローナをヒヒから助けていたのはミホークだったし、素直じゃないことを言いながらも後でこっそりとありがとうと言いに行っていたペローナを思い出して、また顔が緩む。
 俺のそれを見て、伸びてきたミホークの指がどうしてか人の鼻をつまんだ。

「うわ」

「だらしのない顔だ」

 驚いて身を引いた俺へそんな風に言って、こちらから手を離したミホークがまたその手にあった酒瓶を呷る。
 それから、もう一人はどうだ、と問いを重ねられて、俺はロロノア・ゾロを思い浮かべた。

「ロロノアは……頑張り屋さんみたいだけど、よく体を壊さないなって思ってるよ。ミホークが加減してやってくれ」

「手加減をしていては、真剣に挑む男に対して礼を欠くことになるだろう」

「手加減じゃなくて加減だって。たまには休んでろって『師匠命令』してみるとかさ」

 見たところ、ロロノアの毎日は鍛練の繰り返しだ。
 一応ロロノアの食事は多めに作っているし、全部平らげて酒を飲んで寝るのがいつものロロノアの様子だが、今だって多分ベランダかどこかで素振りしているだろう。
 あれがもはや日常なんだとは思うが、やっぱり体が心配だ。
 俺の言葉に分かったような分かっていないような顔をするミホークを見やり、それと、と言葉を続ける。

「あの方向音痴って、もう治らないのか?」

 広いからか、数か月を過ごしているこの城の中でも、時々迷っているのを見かける。
 食事の時は匂いを辿ってきているらしいが、口頭で説明しても部屋の場所を覚えられないから、何度か一緒に部屋へと付き添った。
 廊下にはロロノアの目の高さに目印を付けるようにもしているのだが、多分目に入っていないに違いない。
 俺が知っている限り、『メリー号』は小さな船だったから大丈夫だったのかもしれないが、あんなに迷っていては日常生活を送るのも大変なのではないだろうか。

「それはおれには分からんな」

 『師匠』なのにそんな冷たいことを言って、ミホークが酒瓶を軽く揺らす。

「そんなに迷っているか」

「この間、お前が庭で呼んでるって言ったらまっすぐ階段を昇っていったよ」

 普通、庭だと言ったのだからせめて階段は使わないと分かりそうなものだ。
 慌てて追いかけたけど間に合わず、ロロノアはそのまま屋根裏へ出て、窓から屋根の上へと足を進め、そして庭へと飛び降りて行った。唖然としながらその背中を見送ったのは、確かつい数日前のことだった。
 なるほど上から奇襲を仕掛けて来た時か、と勝手に解釈していたらしいミホークが頷く。
 ミホークはミホークで平然としていたが、やっぱりあれは予定外の行動だったらしい。

「まあ、今のところは外に出掛けたらペローナが探しに行ってくれているから大丈夫だろうけど、あと一年したら一人でシャボンディ諸島に行けるのか不安だな」

 そういえば『漫画』ではペローナが送ってきたようなことを言っていたけど、あの時ミホークも一緒にいたんだろうか。
 送っていってやってくれよと言うつもりで視線を向けると、ミホークがまた一口酒を飲んでから口を動かした。

「そのことだ、ナマエ」

「え?」

「ロロノアは、ペローナとうまくやっていけると思うか」

「…………え?」

 言葉を重ねられて、理解をするのに少しかかった。
 ぱちぱちと目を瞬かせてから、ええ? ともう一度声を漏らして、俺は思わずきょろきょろと周囲を見回す。
 部屋の中は俺とミホークの二人だけで、ペローナがよく飛ばしているゴーストの姿もない。




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