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 チョッパーと俺は今、大きな研究施設の中をうろちょろしている。
 子供達の体を脅かしている薬の成分を調べる為に、トラファルガー・ローによって荷物の中身として搬入されたからだ。
 体が動くようにはなったみたいだけど、やっぱり傷が治ったわけじゃないチョッパーが気になったから、無理やり袋に潜り込んでついてきた形だ。
 その分働こうと、現在の俺は必死である。

『チョッパー、鎮静剤ってこれか?』

 ぱたぱたと羽ばたき、目の前にあった薬瓶とそのラベルを確認してから下へ鳴き声を落とすと、下の方を確認していたチョッパーがこちらを仰いだ。
 その目に入るように薬瓶を傾けると、多分そうだ、とチョッパーが目を輝かせる。

「それ、見せてくれるか?」

『分かった』

 両手を差し出してそんなことを言うチョッパーへ頷いて、俺は薬瓶を掴んで棚から舞い降りた。
 ここの薬品棚は随分と間隔が狭くて、チョッパーが人型になって静かに移動するには少し広さが足りない。
 ここの『マスター』であるシーザー・クラウンは確かガスガスの実を食べたガス人間だった筈だし、ひょっとしたらここはあいつが一人で管理している部屋なのかもしれない。
 俺が持って降りた瓶を確認して、くるりと中身を回してラベルをもう一度確認したチョッパーが、それからその場に座り込む。
 背負っていた鞄を広げ、何かを取り出して薬瓶の中身を確認しだしたチョッパーを見上げてから、俺はもう一度ばさりと飛び上がった。
 他に何かめぼしいものが無いかと確認していくつかの棚を彷徨い、入り口近くの拓けた場所にある棚に医療道具らしきものが置かれているのを確認する。
 つんと尖った針の入ったケースからして、恐らく注射器だろう。
 棚の中へと踏み込む形で飛ぶのをやめ、注射器の並ぶ木箱を見下ろしてから、俺はとりあえずその中に折り畳まれて入っていたガーゼを嘴でつまみ出した。
 厚手のそれは結構な大きさだ。
 いい具合だと確認してから、それを持ってチョッパーの方へと戻る。

「……うん、鎮静剤で間違いない」

 中身を検める作業が終わったのか、そう頷いたチョッパーの手が、薬瓶のふたを丁寧に締めているところだった。
 そのすぐ傍へと降り立って、俺はチョッパーの前へ咥えてきたガーゼを差し出した。

『もし持っていくんなら、それでくるんだほうが割れにくくなる?』

 傍らから俺が言うと、そうだな、と頷いたチョッパーがガーゼを受け取り、くるくると器用に薬瓶へ巻き付ける。
 あっという間に完全に包まれた鎮静剤を、鞄の中から取り出した袋へ押し込んだチョッパーは、袋の中の空き具合を確認して、それからこちらを見下ろした。

「なァナマエ、鎮静剤、まだあるか?」

『えっと……あった』

 言われて棚の上を見やり、つい先ほど見た光景を思い返して返事をする。
 それならもう少し降ろしてくれ、とチョッパーが言い放ったので、分かったと答えてすぐに飛び上がった。
 何度か棚の上とチョッパーの前を往復して、鎮静剤をいくつも降ろしていく。
 鎮静剤といいガーゼといい、明らかに泥棒なのだが、これは貴い命のための活動なので仕方ないと言うことにしておこう。

『これで全部だ』

 どうにか降ろして来たものを前にして言うと、ありがとな、と笑ったチョッパーがてきぱきと薬瓶をガーゼで包み、鞄へと押し込んでいく。
 かちゃりとわずかに音を立てるそれを見てから、そうだ、とすぐに視線をチョッパーへ向けた。

『チョッパー、向こうに注射器があったんだ。あれだけの人数を相手に治療するんだし、あっても困らないならあるだけ貰っていかないか?』

「うん、そうしよう」

 頷いて鞄と同じように袋を担いだチョッパーが、それからすくりと立ち上がった。
 まだ少し体はつらそうだが、普段ともうほとんど変わらない。
 何処か教えてくれと言われて、俺はチョッパーの横から歩き出した。
 かつかつかつ、と爪で床をひっかきながら移動して、辿り着いた先ほどの棚を見上げる。
 この上だと教えると、スペースを確認したチョッパーが体を変容させて、人型になってから棚の中身を物色した。
 ほどなくさっきの木箱を見つけて、きちんと蓋をしたそれが袋の中へと詰められる。
 手際よく片付けて、その後でチョッパーがひょいとその場に屈みこんだ。

「ナマエ、ほら」

 そうしてそんな風に声を掛けながら手を出されて、ぱち、と瞬きをする。
 何だろうと考え込む間もなく足元へチョッパーの手が入り込んで来たので、ひょいと足を動かすと、俺の体は簡単にチョッパーの手の上へと乗る形になった。
 人獣型の時はあんなに小さいのに、人型になったチョッパーはとても大きい。
 フランキーほどとは言わないが、ゾロより体格がいいのだから相当だ。
 その掌は随分と大きくて、大きく育った筈の俺が比較的に小さく感じられる。
 重さだってそれほど感じないのか、そのまま俺を持ち上げたチョッパーは、ひょいと俺を自分の帽子の上へと乗せた。
 そして、それと同時に人獣型に戻ったのか、しゅん、と自分のいる高さが変わって、目線が低くなる。

『チョッパー?』

 結局チョッパーの帽子にとどまったまま、真上から声を掛けると、飛ぶのは誰もいないところでだけにするんだろ、とチョッパーが言葉を放った。
 つい先ほど、通路でここの人間と遭遇しそうになった時のことを言っているんだろう。
 確かにあの時は飛んでいたし、そのせいで羽ばたきの音が聞こえてしまっていて、少しばかり怪しまれた。
 それを反省して、その後の通路の移動は基本的に歩いている。
 そのことを示されているのは分かるが、わざわざ俺を帽子に乗せる必要はあるんだろうか。

『俺、重くなっただろ? 歩くのと走るのにも慣れてきたし、さっきと一緒で大丈夫だよ』

「いいんだ、おれの帽子になら」

 俺の言葉に、チョッパーが寄越したのはそんな意味不明な言葉だった。
 どういう意味かと尋ねる前に、よし、と声を上げてチョッパーが歩き出す。

「後は薬の、もっと詳しい資料だな。さっきの通路の左側に行ってみよう」

『……うん、分かった』

 どうやら俺を降ろすつもりはないらしいチョッパーの上で、そう返事をする。
 今羽を広げて羽ばたき、チョッパーの帽子の上から降りるのは簡単だが、それをやっても戻される可能性をひしひしと感じる。
 丸みのある帽子のちょうど真ん中あたりを陣取って、部屋を出る為に通路を窺うチョッパーの上で、俺も周囲を警戒した。
 今のところ、誰も歩いてはいないようだ。
 とても静かだけど、多分もう少ししたら騒がしくなるだろう。
 ここのどこかに巨大化させられた『子供』達がいることを、俺だって知っている。

『……なあ、チョッパー』

「ん? 何だ?」

 部屋の内側で小さく鳴くと、チョッパーが潜めた声で返事をする。
 それを聞き、ぐっと体に力を入れて、俺はぴんと背中を伸ばした。

『俺、頑張るからな』

 きっと、大したことは出来ないだろう。
 ただの鳥でしかない俺に出来ることなんて、すごく少ない。
 だけど、チョッパーと一緒にいたくてついてきたし、これから先だってついていくつもりなんだから、役に立てるよう頑張るんだ。

「……ナマエは今だって頑張ってるだろ。無茶はするなよな」

 気合いを入れる俺の下で、チョッパーが囁く。

『……俺としては、チョッパーが無茶をするかもしれないことの方が心配だ』

「おれは大丈夫だ」

『じゃあ、俺も大丈夫』

「じゃあって何だ、じゃあって」

 俺を頭の上に乗せたまま、そんな風に声を零してから、チョッパーが通路へと飛び出した。
 きょろきょろと周囲を確認しながら歩くチョッパーの上で、俺も引き続き周囲の警戒を行うことにする。
 資料を手に入れて、少し道に迷いながら進んだ先で『モチャ』にもう一度遭遇したのは、それから一時間ほど後のことだ。
 飛び出して視界を塞いだりだとか、怪我をさせない程度につついたりだとか。
 暴れる子供達相手に俺が出来ることなんてほんの少しだったけど、それでも少しはチョッパーの負担を減らせていたなら、嬉しい限りだった。



end



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