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※アニマル主人公は鳥



 人の姿で死んで、『この世界』で人間以外の生き物として生まれ変わってから、どのくらい経っただろう。
 生まれ変わったこの体は『鳥』だが、まだまだ成長期だったらしい。
 チョッパーが大きな鞄を使わなかったら、俺はきっと荷物に紛れてついていくことが出来なかったに違いない。
 別れを惜しむようにくっついて鞄に匂いをつけていたからか、チョッパーは『サニー号』の上で鞄を開くまで、俺の存在に気が付かなかった。

『……あ! ナマエ!?』

 慌てたように声を上げて、色々な荷物に挟まれてぎゅうぎゅうになっていた俺を鞄から救出したチョッパーが『どうして』と焦る間に、船はシャボンを広げて海へと沈み、俺はうやむやのうちに『麦わらの一味』の一員になった。
 まあ、補欠要員みたいなものだ。
 実際のところ、俺は少し大きくなったもののただの鳥で、出来ることと言えば空を飛んで物を運んだり、こっそりと敵の様子を窺ったり、敵の前に飛び出して驚かせたりする程度だ。
 それでもチョッパーと一緒にいたかったから、陸へ返してやろうという何人かからの提案を俺は全て拒絶した。
 チョッパー以外には俺の言葉は通じないけど、チョッパーが教えたからあの『麦わらの一味』も俺の名前を呼んで、俺を仲間のように扱ってくれている。
 最初は『非常食か』なんて恐ろしいことを言われもしたが、チョッパーが怒ったらすぐにそんなあだ名も無くなった。
 人魚や魚人のいた海底の島で暴れ回る彼らを見ながら飛び回って、大きな鯨たちの群れと共に海の中を浮上して。
 そして気付けば今、俺は凍えている。

「……ナマエ、大丈夫か?」

『お、おう。平気だ平気』

 傍らから寄越された問いかけにぷるぷると震えながら答えると、そうは見えねえぞ、と困ったような声が寄越される。
 声の主はもちろん俺と会話が出来るチョッパーで、その体はボロボロだった。
 痛々しいくらい包帯が巻かれている。先ほどまでその体の『中身』がフランキーで、めちゃくちゃに暴れてルフィと戦っていた所為だ。
 俺は『中身』が『チョッパー』である『サンジ』と一緒だったからその光景を見ていたわけじゃないが、きっと俺が漫画で読んだ通り、どうしようもなく暴れたに違いない。

『チョッパーこそ、大丈夫か?』

 限界まで羽を膨らませて、それでも足りない熱を補うように震えながら尋ねると、雪の上に座る俺へ手を伸ばそうとしてやめてから、大丈夫だぞとチョッパーは返事を寄越した。
 しかし、自力で起き上がれもしないその様子が、大丈夫なようには全く見えない。
 そして、俺は大きくなった。
 チョッパーと出会った頃の約二倍だ。
 もちろんあの島の巨大鳥のような大きさじゃないが、指先に留まれるような重さでもない。
 ついさっきまでは『サンジ』の姿をしていた『チョッパー』に抱えられて温められていたが、まさかこんな痛そうな姿のチョッパーにくっついて、あんなにたくさんの傷を刺激してしまうわけにはいかなかった。
 俺はただの鳥だから、こんなにも傷付いたチョッパーにしてやれることなんて、ほんの少しもないのだ。
 少しだけ顔を俯かせたのと同時に、びゅるりと風が吹き抜けて、その冷たさにまた体が震えた。
 
「ナマエ、寒いんならおれにくっついてていいんだぞ」

 チョッパーがさっきから何度か寄越した言葉に、大丈夫だと返事をする。
 しかし全く説得力がないのか、チョッパーの案じるような眼差しは変わらなかった。
 これは、俺が何とかしないと、余計な心配を掛けてしまいそうだ。
 そう判断して、きょろりと周囲を見回す。
 何やらルフィ達が話をしている。聞こえる内容が『漫画』に載っていたものなのかそうじゃないのかも、俺にはもうよく分からなかった。
 とりあえず、紳士として、女の子にくっつくのは避けたいところだ。
 ロビンは小さい生き物が好きなようで、俺もその『小さい』方へ入っているらしいが、男なら可愛いと言われるより格好いいと言われたいものだし、俺は自分から甘えに行くのはチョッパーにだけと決めている。
 そして、見た目は『サンジ』だが、中身が『ナミ』である以上、『彼女』も駄目だ。
 ルフィは活動的すぎて抱えていて貰えるとも思えないし、肩に乗っていても振り落とされそうな気がする。
 フランキーはあっちこっちが冷たそうで、くっついても自分が冷えるばかりになりそうだ。
 それならウソップかと思って更に視線を巡らせたところで、俺はとてもいいもこもこしたものを発見した。
 あれは、すごく温かそうだ。

「ナマエ?」

 どうしたんだと訊ねてきたチョッパーへ、ちょっとそこまで、なんて言葉を零して、俺は大きく翼を広げた。
 それと同時に入り込んで来た冷気に体を冷やされたのを感じたが、構わずばさりと羽ばたく。
 そうして飛び上がり、俺が目指して着地したのは、白地に黒のまだらが入った、なんとも柔らかく温かな帽子の上だった。

『うん、よし』

 予想通り温かなそれの上で居住まいを正して、そっと羽を膨らませる。

「…………おい」

 そこで下から声が掛かるが、俺はただ暖を取っているだけなので気にしないで欲しいところだ。

「おい見ろ、王下七武海の頭の上でナマエが巣作りしてるぞ」

 笑いを含んだ声でウソップが言い、あらあらとロビンが笑っている声が聞こえる。
 気にせず体をぺたりと帽子へ懐かせるようにしながらじっとしていると、じんわりと体が温まってくるのを感じた。
 帽子を傾けたり手を使ってこない辺り、帽子の主に俺を振り払う気はないようだ。
 まあ、邪魔だったらすぐに俺を何処かへ移動させる能力をこいつは持っているのだから、今のところは邪魔じゃないってことなんだろう。
 いい感じだと軽く囀ったところで、ちく、と何かが体に突き刺さったような感覚に陥って、俺はゆるりと首を回した。
 フランキーに比べればまだまだにしても、いつもより高い場所に留まっている俺の視界には、その場にいる麦わらの一味や眠っている子供達の姿がよく見える。
 そうして、つい先ほど俺が飛びだってきた場所の傍に横たわっているチョッパーが、丸い目を更に丸くしてこちらを見ているのも見えた。

『……チョッパー?』

 どうしたんだ、と首を傾げてみるが、さすがにチョッパーの方へは声が届かなかったのか、チョッパーは何も言わない。
 そのうちに、眠っている巨大な子供達の方へとローが向き直り、『コイツらか』と呟いた。
 薬漬けになり、巨大化の実験を受けている子供達を『助けたい』とルフィが言って、更に会話が続いていく。
 ルフィの要望が殆ど通る形になって、折れたらしいローが大きく息を零した。

「船医はどいつだ、一緒に来い。シーザーの目を盗む必要がある」

 そんな風に言ったローの言葉にルフィがその目を輝かせて、それと同時にウソップがチョッパーをひょいと持ち上げた。
 近寄ってきたチョッパーは、むっと眉を寄せている。
 気合いが入っているのかと見ていたら、どす、とチョッパーの体が俺の上へと乗せられた。

『ぐえっ』

 何とも言えない声が出たので、慌てて身を捩ってチョッパーの下から抜け出そうと努力する。
 しかしどうしてか、チョッパーの下から抜けたところで俺の体がチョッパーの腕によって捕まってしまった。

『チョッパー、えっと』

 どうしたんだ、と訊ねて見やった先で、厳しい顔のチョッパーがしっかりと俺を片腕で抱きしめる。
 力はあまり入っていないが、逃げ出そうとは思えず、されるがままになりながら傍らを伺った。
 俺の顔のすぐ横で、帽子からはみ出たチョッパーの耳が、ぴるると動く。

「……寒いんなら、おれにくっついてろって言ったのに」

 そうして小さく呟いてから、チョッパーの目が俺から逸らされた。

「わりいな、おれ今動けねえから、よろしくたのむ!」

 そうしてそんな風に放たれた言葉に、後ろの方でルフィ達が笑ったのが聞こえた。
 ウソップは真面目な顔でふかふか帽子にチョッパーを固定しようとしていて、事態が飲みこめないらしいトラファルガー・ローは硬直しているのか身じろぎをしない。
 それを確認してから、ぎゅっと抱きしめられたまま、俺はすぐそばにあるチョッパーの帽子に身を寄せた。
 チョッパーの方からは、やっぱり薬や消毒液の匂いがする。
 いくらチョッパー達でも、受けたダメージを簡単に打ち消すことなんてできないのだからそれは当然だ。
 俺がこんな風にくっついていたら、傷が痛むんじゃないだろうか。
 そう聞いてみようとして、でもきっと『大丈夫だ』と言うんだろうと考えてやめて、その代わりにチョッパーへとそっと体を寄り添わせる。
 ふかふかで柔らかいトラファルガー・ローの帽子も温かいが、すぐ真横にいるチョッパーの温もりはそれ以上だ。あったかい。

『やっぱり、チョッパーはあったかいな』

「……当たり前だろ」

 すり、と頬ずりをしてから呟いた俺に、むっと口を尖らせたチョッパーが言葉を零す。
 少し拗ねたような、何処かくすぐったそうな声にチチチと鳴き声を零した俺の視界に、ぐわ、と近付いてくる影が映り込んだ。

「何がだ……いい加減にしやがれ」

 そして俺とチョッパーは、俺達のやり取りに割り込んで来たトラファルガー・ローの手によって、温かで柔らかな帽子から引き剥がされたのだった。






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