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有終完美 (1/3)
※短編『予定調和』や100万打記念企画の続き
※転生系主人公は悪
※クロコダイル氏が外見だけ幼児化しているので注意
※何気にクロコダイルのお誕生日だけど殆どそれ関係ない




 眠りが浅かったのか、室内に響いた物音で誰かが部屋へと入ってきたことに気が付いた。
 ここは誰かさんが俺を連れ込んだ屋敷の一室で、俺がいる時は使用人だって殆ど入ってこない。
 だとすれば侵入者は限られているが、聞こえる足音と何かを引きずるような布ずれの音が、妙な違和感を抱かせる。
 クロコダイルの足音は、こんなに軽かっただろうか。

「おい、おきろ」

 そんなことまで考えたところで、高い声がそんな風にこちらへ向けられる。
 それと共にぺちり、と軽く顔を叩かれ、何かそれなりの重さのものが俺の体の上へと乗った。
 高級なベッドは軋む音すら立てず、ただ俺とその何かの重さを支えている。俺の体の上を滑る毛皮の感触が、いつも『彼』が羽織っている高級そうなコートを思い浮かべさせた。
 漂う香水や葉巻の匂いに、その重みの主が誰であるかを把握してゆっくりと目を開く。

「………………」

 そうして、目の前にあったものに、とりあえず口を閉じたままで目を瞬かせた。
 俺の反応を待つようにこちらを見下ろしているのは、小さな子供だった。
 年の頃は十歳より下と言ったところだろうか。男の勲章のような大きな傷跡がその顔を横断していて、ぎろりとこちらを見下ろすその目は不機嫌そうな色を宿している。
 その片腕がぐいと持ち上げられ、袖口から覗いた無防備な片腕の断面に、あれ、と思わず声が漏れた。

「鉤爪はどうしたんだ、クロコダイル」

 いつも彼の片腕を飾っている、何とも海賊らしい装備が、そこに無い。
 掌が代わりに生えているわけでもなく、痛々しい傷跡が覗く細い腕を見上げた俺の顔を、ぺちりとその腕がもう一度叩いた。

「クハハハハ! おい、ロンテンはそこか?」

 声変わりのしていなそうな可愛らしい声で笑い、それから俺をそう詰った相手は、俺の呼びかけを否定しなかった。
 それを受けて、相手が転がったりしないように支えながら起き上がる。
 そうして見回した室内は、いつもと変わらなかった。
 しいて言うならば、扉がほんの少し空いているというところだろうか。
 いつもならクロコダイルは『能力』を使って隙間から侵入してくるので、わざわざ扉の開閉を行う必要はない。
 それをしたと言うことは『能力』も使えなくなっているのか、と把握して、とりあえず視線を子供へ戻す。
 上等そうなシャツを着込み、長すぎたんだろう袖をめくって俺の体の上に座っている子供は、羽織ってきたんだろう毛皮のコートをするりとその肩から滑らせて、体に触れている俺の掌へその手を添えた。
 体に触れていた片手を離し、少し冷たいその指を捉えて包みながら、ちらりと壁際の時計とカレンダーを見やる。
 時刻は深夜を過ぎていて、まるで夢の中の出来事のようだが、触れた感触からして間違いなく現実だった。
 その隣のカレンダーの日付に、あ、と声を漏らしてから、クロコダイルへと視線を戻す。

「誕生日おめでとう、クロコダイル」

 この屋敷の中に閉じ込められていなかったなら贈り物でも用意したところだが、それは叶わなかったので言葉だけで祝福する。
 俺の発言に『このジョウキョウでそれか』と顔をしかめたクロコダイルがため息を零したので、それを見ながら軽く首を傾げた。

「一体何があったんだ?」

「…………しるか」

 俺の問いかけに、俺の手から自分の手を逃がそうとしながら、クロコダイルは出来る限り低くした高い声でそう唸るだけだった。
 知るか、と言われても、生理的な現象で人間の体が小さくなるわけもないのだから、何処かに何かの原因があるはずだ。
 いつからか、と尋ねた俺に『島へついてからだ』と答えたクロコダイルへ、俺は更に質問を紡いだ。

「悪魔の実の能力者に出会ったとか」

「いいや、おぼえはねェ」

 敵対した誰かに何がしかの攻撃を受けたのではないかと思っての俺の言葉に、クロコダイルはふるりと頭を横に振った。
 子供の力など大した抵抗にもならず、逃さずに冷え切ったその掌を温めるようにしながら、そうは言っても可能性としてはそのくらいなんじゃないのか、と呟く。
 俺の『知って』いる限りでも、人間を子供の姿にする能力者は何人かいたはずだ。
 それとも、何かの病なのだろうか。

「医者は?」

「ことわる」

 俺の提案に、クロコダイルはふるりと首を横に振った。
 体調が悪いわけではないと言葉が続いているが、見た目だけでもこれだけ異様なことになっていたら医者にかかるくらいはしてもいいのではないだろうか。
 しかし、無理やりクロコダイルを引きずって屋敷を出るにしても時間が悪い。
 仕方なく息を吐いて、俺はクロコダイルの片手を見下ろした。

「能力はやっぱり使えないのか」

「つかえたら、いまごろテメェをミイラにしてやっているところだ」

 片手を握ったままで尋ねた俺へそう言いながら、クロコダイルが俺の体の上で身じろいだ。
 跨るような体勢から、こちらへ伸ばされてきた片足が俺の腹へと押し付けられる。
 そのままぐいと足で蹴飛ばされ、放せ、と言外に主張されて仕方なく俺が手を放すと、勢い余ってクロコダイルの体がぱたりと後ろへ倒れた。
 わずかにもがいてすぐさま起き上がり、その目がじろりとこちらを睨み付けてくるが、さすがにこんなにも幼くなってしまっては恐ろしさも感じない。
 それどころか、恐らくは合う服が殆ど無かったのだろう、無理やり着込んだシャツの裾から伸びる白い足から漂う色気めいたものに、俺は軽くため息を零した。
 毎日しっかりとその体を隠しているクロコダイルが、こんなにも無防備な恰好をしているというのは、如何ともしがたい事実だ。
 これは、そろそろ『頼み』をしたほうがいいのかもしれない。
 伸ばした手で毛皮のコートを掴まえて、くるりとクロコダイルの体を巻き込む。

「とりあえず、その格好じゃ動きづらそうだな。服を用意しよう」

「……ヨウイだと? テメェがか」

 体の殆どを毛皮に覆う格好になったクロコダイルへそう言いながらその体を軽く掴まえて、彼をベッドへ残したままでベッドから降りると、俺の行動によって置き去りにされたクロコダイルがじろりとこちらを見据えてきた。
 睨むようなその眼差しに笑いかけるも、その顔は更に苛立ったものに変わるばかりだ。

「どこからチョウタツするつもりだ」

「まあクロコダイルの家の中にはなさそうだし、となれば近隣の住宅から頂くしかないだろうなァ」

 問いかけに答えつつ、俺はそのままクローゼットへ向かった。
 ちらりと見やった壁掛け時計は真夜中から明け方頃を示している。
 クロコダイルのこの屋敷はあまり住宅地に近くは無いが、外へ抜け出して走ればすぐに辿り着くだろう。
 今のクロコダイルに近い大きさの子供を持つ住民がいれば言うことなさそうだが、どちらにしても外を出歩き盗みを働くとすると、今のただの寝巻はあまり具合が良くない。
 服を脱ぎ捨て、足元に落としたそれはそのままに取り出した衣類に身を包むと、ボタンを閉じているところで『おい』と声が掛かった。
 それを受けて視線を向ければ、コートに身を包んだままのクロコダイルがベッドを降りて、俺のすぐそばまで歩いてきているところだった。
 高いだろうに、コートを引きずることに頓着した様子もない彼が、片方の手だけでコートの前を掻き合わせるようにして掴みながら、抜け出したその足でぐり、と俺の足を踏む。

「なんだ、そのビンボウくさいふくは」

「ん?」

 寄越された言葉に、服の前を合わせながら俺は自分の姿を見下ろした。
 この屋敷へ連れ込まれ閉じ込められるようになってから、クロコダイルの前では身にまとうことの無かったその服は、俺がこの屋敷の中を探索する時に入手した使用人の誰かのものだ。
 クロコダイルの用意した服は上等すぎて、使用人の中に混じることすら不可能だったのである。
 いつもやるようについでに取り出した帽子を頭の上に乗せてから、似合わないか、と子供を見下ろして言葉を落とす。
 俺の顔を睨み付けて、にあわねえ、と吐き捨てたクロコダイルの手が毛皮のコートを手放した。
 すとりと体から滑って落ちたコートを無視して、掌のついている方とついていない方、両方の手が俺へ向けて差し出される。
 小さな子供が抱き上げることを求めるようなそれに目を瞬かせつつ、俺はとりあえずクロコダイルへ向けて両手を差し出しながら身をかがめた。
 求めに応じるように子供の体を抱え上げてみても、クロコダイルは嫌がるそぶりを見せない。
 柔らかそうな体を上等なシャツに包んで、両足を放り出した姿の彼は、抱き上げる姿になった俺の肩口に両手を置いた。
 動いた片手に帽子を奪われて、折角の軽い変装が台無しになる。

「そうやってシヨウニンどもにまぎれてやがったのか」

「毎日部屋でぼんやりしてるなんて、ボケた老人でもないのに無理だろう?」

 苛立ったようなクロコダイルへそう答えつつ、俺は両手でクロコダイルの体を支えた。
 クロコダイルに『誘拐』されて、俺はそのままこの屋敷へと連れてこられた。
 殆ど軟禁のような生活を送っていて、クロコダイル以外には食事を運んでくれる人間程度にしか会わない。
 逃げようと思えば逃げられる経路まで確保した後でも俺がここに居座っていたのは俺を『誘拐』したのが『クロコダイル』だからだが、新聞程度を読みこんだって二時間もかからないのだから、さすがに暇なのだ。
 今までにないほど休ませてもらっているが、戻ったらちゃんとやっていけるか、少し不安だ。
 俺の言葉にふんと鼻を鳴らして、クロコダイルの手が俺の肩口から滑り、その片手が俺の服の前を掴まえた。

「どうせならおれがよういしたもんをきろ」

 そうしてそう言いながら、ぐいと引っ張ったその手によって、上のボタンが二つほど飛ぶ。
 体に当たっただろうに顔色一つ変えない相手を抱えたままで、アンタが用意するものは上等すぎるからなァ、と呟いた。

「そんなものを着てちゃ、使用人にまぎれるのは無理だ」

「おれのめのとどくハンイのシヨウニンと、そうかわらねえもんをよういしてやる」

「なるほど、それなら大丈夫そうだ」

 胸元を無理やり肌蹴させられたまま、そう答えつつクロコダイルを抱えた俺の腕の中で、不意にきゅう、と何やら可愛らしい音がした。
 それに気付いて目を瞬かせて視線を向けると、さっきまでずっとこちらを睨み付けていたクロコダイルの目が、そっと逸らされる。
 明らかに音の根源であるらしいクロコダイルの片手が俺の服を離れ、薄いその腹の上にそっと乗せられた。
 その様子を眺めてから、ふむ、と声を漏らす。

「……服の前に、食事の方がよさそうかな?」

 何か作ろうか、と尋ねた俺にクロコダイルは答えなかったが、拒否もしなかった。







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