この世界こそフィクションです (2/2)
「……そりゃ、目の前で人が殺されそうになってたら助けますよ……!」
「それで顔見られて賞金掛けられてりゃあ世話無いよね」
「うぐっ」
確かにその言葉はもっともだったので、俺は小さく唸った。
可哀想な彼女を助けて、盗んだ鍵で首輪を外してやって、あともう少しで逃げきれるというところで俺の顔の写真が撮られた。
その結果があの手配書なわけで、そして首に掛けられた賞金のせいで俺の平穏な生活は無くなったのだ。
俺の名前が新聞に載るのは、大概がああいう『人助け』にも似た自己満足的な行動をとった時だった。
酷いことをこっそりと行っている連中も多かったから、海軍やそういう正義感の強い人間が俺の予告した『お宝』を守りに来ていれば、俺が助けたい相手への拘束やらが少しは弱まると気付いたからだ。
大々的に『奴隷を盗まれた!』なんて言えるのは、シャボンディ諸島から離れた場所では天竜人くらいなものだろう。
しかし、『お宝』自体はいらないので、無理やり誰かから奪われたものならその人へ返すし、そうでないなら正義の味方に届けているのである。
俺の横で軽くため息を零して、でもさ、と青雉が言葉を紡ぐ。
「まあ、その子は無事に返せたんでしょ」
「あ、はい。空島までちゃんと送りましたよ」
俺の『能力』はどうやらどこにでもつながるらしく、手をつないで壁を抜けた先にあった雲の上の島々に、俺が助けた彼女は膝から崩れ落ちて泣いていた。
驚いて慰めようとする俺に抱き着いて、二度と帰れないと思っていたありがとうと泣きながら笑う彼女はとてつもなく可愛かった。
羽も生えてたし天使とはこのことだと思ったのだが、泣く彼女の声を聞いて現れた男たちがとてつもなく怖くて、俺を『誘拐犯』だと思って武器を向けてきたものすごく怖い顔の人が恋人だったらしいので、ワンチャンスは無かったらしい。
誤解されただけだったが、それを解こうにも泣いている彼女は連れて行かれてしまって、このままじゃ死ぬと思ったので逃げた。
まぁ、襲われていなくても、壁にたどり着けなかったら俺は多分高山病で死んだと思う。
「空島か。羽が生えてる奴が多いから、天竜人は人魚の次にお気に入りだからなァ。金に糸目を付けない連中のせいで、人攫い屋にも空島を目指す奴らがいるくらいだ」
「わあこわい」
納得したように声を漏らす青雉に、思わず小さく呟いた。
綺麗なものが好きだと言うのは分かるけど、それで人身売買だとかをした挙句、あんなにもひどいことをするなんて駄目だろう。
ずっと思ってるんだが、何で天竜人というのはああも放置されているんだろうか。俺が読んだところまでの話では、『ワンピース』にもそれは語られていなかったから分からないままだ。
もしかしてこの人なら知っているんだろうか、とカップを持ったままで青雉を見やると、俺の視線を受け止めた青雉が軽く微笑みを浮かべる。
そして改めて伸ばされた手が、何故かガシリと俺の頭を掴まえた。
少しひんやりとした空気を感じるのは、青雉の指先がほんの少しだけ氷づいていたからだろうか。
「あんまり危ないことしてっと、そのうち本当に捕まっちゃうよ?」
優しく寄越された言葉に、気を付けます、ととりあえず一言だけ返事をした。
脅かすようにされているが、青雉がそこまで真面目な海兵じゃないことを俺は知っている。
一度俺の手にそっと海楼石の手錠を片方だけかけてきたときは驚いたが、困惑する俺からそのまま外して、違うみたいだな、とよく分からないことを言っていた。
俺がやっていることが正しいのか正しくないのかは分からないが、少なくとも、青雉には許容できることであるらしい。
さすがだらけ切った正義の男だ。噂すら聞こえる大将赤犬だったら、俺は今頃消し炭だろう。
何とも恐ろしい話だ、なんて思いつつ、頭をしっかりつかまれたまま、見やった先の青雉へ微笑みを浮かべる。
俺のそれを見てぱちりと瞬きをしてから、青雉の手がそっと俺の頭から離れた。
「……本当に、ナマエって……」
面倒くさそうに漏れた言葉が、途中で途切れる。
何ですか、と問いかけると、やや置いてから、あー、と声を漏らした青雉が肩を竦めた。
「…………忘れた」
「言いかけておいて酷くないですか」
何だったんだろうか。
よく分からず首を傾げてから、壁に掛けられた時計が視界に入った俺は、改めて時間を確認してから慌ててカップの中身を飲み干した。
そろそろ戻って寝なくては。明日の朝にはあの宿もチェックアウトなのだ。
空になったカップをローテーブルへと置いてから、ひょいとソファから立ち上がる。
「それじゃ俺、そろそろ」
「ん、帰っちゃうの?」
首を傾げて言われたので、帰っちゃいますね、と返事をした。
『お宝』についてはお願いしますね、と続いた俺の言葉に、はいはい、と頷く青雉を見やりながら、そのまま壁際へと移動する。
掌を壁に触れさせて、ふと何かが動く気配を感じて振り向くと、いつの間にやらだらりとソファに寝転んだ青雉が、そのままの状態でこちらを見ていた。
「あの……俺がそこから立ってからまだ一分と経ってないと思うんですが」
「そろそろナマエが来るだろうと思って慌てて帰ってきたから疲れてんの」
俺の言葉にそう言い返して、あのさァ、と青雉が言葉を続ける。
「そういや、何で毎回、おれのとこに持ってくんの?」
他にも海兵はいるじゃない、と言われて、俺はぱちりと瞬きをした。
何とも今さらな問いかけだ。
俺が何度、大将青雉に『貢いで』いるか、当人なんだから知らないはずが無いだろう。
うーん、と声を漏らしてから、少しだけ思考を巡らせつつ壁にめり込んだ掌を見やる。
俺が『この世界』に来て手に入れた『能力』は、何とも非現実的で、実用性に長けたものだった。
行ったことのない場所だって、その場所を強く望めば行くことが出来る。助けた彼女や彼らを送り届ける時は、『この人の一番安心できる場所』を願って壁に飛び込んでいるから間違いない。
そして、『この世界』で初めて『能力』を使ったあの日、俺が望んだのは『この世界』で『一番頼れる正義の味方』の居る場所で、そうして飛び込んだ先にあったのが、この部屋だったのだ。
俺の願いでたどり着いたのは徹底的な正義を持つ大将赤犬でも、同僚の正義を見比べてどっちつかずを名乗る大将黄猿でもなく、だらけきった正義を背負う相手だった。
もしかしたら、漫画で読んでいる知識だけによる決めつけだったのかもしれないが、俺は自分の『能力』を信用している。『この世界』で生きていくには信じるしかないのだから仕方ない。
つまり、俺にとって一番頼りになるのは、この部屋の主である大将青雉なのだ。
「だって、クザンさんって正義の味方でしょう」
俺の言葉に、青雉が少し変な顔をした。
よく分からず首を傾げた俺の前で、あー、とまた妙な声を零してから、その口がため息を漏らす。
やがてその手がそっとアイマスクを掴まえて、その目元を隠してしまった。
「まあ、いいや。じゃあね」
「? はい。それじゃあ、また」
よく分からないが、自己完結したらしい青雉に頷いて、片腕を沈み込ませた壁へと向けて足を踏み出す。
危ないことはあんまりしないようにね、と後ろから寄越された言葉に、体の半分を壁にめり込ませたところでもう一度動きを止めた。
ちらりと見やってみるものの、青雉はもうアイマスクをしっかりつけているから、こちらを見ている様子もない。
危ないことをしないように、なんて、まるで心配でもしているみたいだ。
俺はいわゆる『悪いこと』をしている『犯罪者』だというのに、青雉はよくその言葉を口にする。
「気を付けます。あっちこっちうろうろするのはいいと思いますけど、クザンさんも体には気を付けてくださいね」
それが何だかくすぐったくて、思わず浮かんだ笑みをそのままに、そう言葉を投げた。
自然系の能力者が怪我をするとは思わないけど、病気はその限りじゃないだろう。仕事をさぼってあっちこっちをうろうろしているらしい青雉のことだから、どこかで流行病にでも感染したら目も当てられない。
俺の言葉にはいはいと返事をする青雉の声を聞きながら、今度こそ壁ヘ向けて体を進める。
「……おれがあっちこっち行ってんのは、最近じゃお前さんからの『貢ぎ物』の入手先を誤魔化すためなんだけど」
青雉がそんな風に呟いてため息を吐いたことなんて、元の春島まで移動していた俺は当然知らなかった。
end
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